第2話 異世界の初日
暗い。真っ暗だ。ああ、また夢の中か? そうか、全部夢だったのか。俺は、ほっとした気持ちになった。あれ? 誰かが体を揺らしているぞ。母さんか? 俺は、寝ぼけた感じで、うっすらと目を開けた。目の前に俺の体を揺らす美姫がいた。今日の夢は違うな。いい夢だと思い、良い気分になる俺。夢だから何でもありだな。そう思い心が大きくなる。
「おはようのキスは?」
俺は、むにゃむにゃの寝ぼけ声で呟いた。美姫は顔を赤らめて、少し
「何、新婚ごっこしてるのよ! こんな時に!」
その声と同時に俺の後頭部に軽い衝撃が走る。由衣の平手のツッコミだった。俺は逆に感謝した。美姫との
「蓮ちゃん、気が付いたかい?」
そう聞く猿ヤンの方向を見ると猿ヤンと犬養と先生が立っていた。戸部が見当たらない。俺は周りを見回した。森の中の道の様だ。
「皆、取り敢えずは落ち着いて」
先生が言った。流石、先生。その
それから俺達は少しの時間、話し合いをしたが何も分からなかった。
俺達が移動すると決断し、道なりに少し進んだ。すると、道の右側の森から何やらガサガサと近づいて来る気配がする。俺は、戸部であることを期待したが、現れたのは二人の知らない人間だった。一人は男性でリーゼントにした髪に黒色のスーツ姿、靴は高そうな黒の革靴だ。もう一人は、女性だ。ミディアムでパーマの茶髪、女性用のジャケットとスカート姿で高級ブランドのバッグを持っていた。
「
男生が
「ここに居るのは、学生さんと変な服の女が一人だ。大丈夫だよ。
「はい」
返事をして徹也と呼ばれる男は、この場を離れ、森に入って行った。
「ちょっと、そこの仮装パーティーのあんた」
そう言って姐さんが先生を手招いた。
「ふふふ」
「はははは」
姐さんの、先生に対する呼び方に思わず笑う俺と猿ヤン。先生の頬が
「私を変に言わないで下さい! 教師なんです!
先生は手を大きく振って姐さんへと近づいた。
「あんた先生だったの? それは失礼したね。私は
それから、先生と麗香さんは少し離れて何やら話している。
「みんな、私、お化粧直しに行ってくるね……」
美姫が、もじもじとしながら言った。
「ええ、何で? スッピンじゃん」
猿ヤンが真面目な顔をして言った。猿ヤンの言葉が美姫の顔を赤く染めさせた。
「この、バカ猿!」
由衣が
「うぁー!」
呻き声を上げ、お尻を押さえて、しゃがみ込む猿ヤン。由衣ウイン! だな。
「バカは、ほっといて一緒に行こうよ美姫」
そう言って美姫の手を取り、由衣は森の方へ歩いて行った。由衣ならトイレと言うだろな。
「何だよー。いてぇーよー。由衣もスッピンだろ……?」
猿ヤンは、しかめっ面で泣き言を漏らした。俺の心が叫ぶ。経験を積んで大人に成れ!
「大丈夫か?」
俺は、そう猿ヤンに聞きながら横に座り込んだ。
五分位経っただろうか。由衣と美姫が入った森とは対称の方から物音がする。こっちへ近づいているのが分かる。獣か? 音の感じから沢山いる感じだ。そして、その音の主達は、姿を現した。出て来たのは、革の鎧を着た胡散臭そうな感じの男達が九人。髪の毛はバサバサの長髪、一人がモヒカン刈り。手には、短剣、背には、弓と矢筒など武器を持っている。一人、二メートル超えているだろうか? スキンヘッドの大男が目立っていた。なんだ……こいつらは? 日本人じゃあ、無いな。猿ヤンを見ると何故か笑顔だ。な、何故だ猿ヤン?俺は困惑する。男達は無言で近づいて来た……。
「カッコイイなぁ。映画の撮影っすか? ファンタジー系っすよね?」
猿ヤンがそう語りかけ、モヒカン刈りで
「猿ヤン!」
俺は叫び、猿ヤンに駆け寄った。
「何だ? この猿みたいなガキは? 俺様に馴れ馴れしいんだよ。意味の解らないこと言いやがって!」
「へへへへ、お頭も気が短い」
男達の誰かが言った。映画撮影で無いのは確かだ。でも、言葉が通じる。何故? 俺は必死に状況を把握しようとした。先生達も俺と猿ヤンの近くに集まった。
「あなた達、うちの生徒に暴力は止めてください! 何なんですか!」
「女だ。久しぶりの、お宝だ!」
「うひょー。たまらねぇー!」
先生の言葉を気にもせずに、男達が歓喜の声を上げた。顔に傷が有る男が先生に近づく。
「この女どこの貴族の娘だ? 俺は、こんな女をヒーヒー言わすのが夢だったんだ」
そう言うと、顔に傷の男は、先生の服の上から乳房を掴みムニュムニュ揉んだ。
「きゃあ!」
先生が悲鳴を上げた。顔は、
「先生に汚い手で、触れるな!」
犬養が強い声で叫び、飛びかかった。傷男は、反応して犬養の腹に蹴りを入れた。
「ぐはぁぁぁぁ……」
呻く様な声を出し、腹を押さえ、口から
「ちょっと、あんた。いい加減にしなよ。もう動けないじゃないか」
見かねたのだろうか? 麗香さんが止めに入った。直ぐにモヒカン男が麗香さんへ寄る。
「気の強そうな女だ。俺様の好みだぜ……。いい尻だ」
モヒカン男が笑みを浮かべ、麗香さんの体を見詰めると、お尻を撫で回してから鷲掴んだ。麗香さんの体が一瞬仰け反る。
「俺様の女にしてやる。そして俺様の子を産ませてやる。たっぷりと楽しんでな」
「甘く見るんじゃないよ!」
麗香さんが叫んでピシャリとモヒカン男の頬を張った。モヒカン男の顔が無表情になり、麗香さんの頬を張り返した。麗香さんの口から血が細く流れている。麗香さんは、目を細くしてモヒカン男をにらんでいた。
先生を見ると、傷男に舌で頬を舐められていた。駄目だ。俺が戦っても勝ち目は無い。どうする? 俺の心の会議は、直ぐ答えを出した。
「うおおおおお!」
俺は叫ぶと革鎧の男達が居る方と反対に少し走り、森に逃げ込んだ。そのまま走りながら後ろを振り返る。追っては来ない。俺は心で
「はぁ、はぁ、はぁ」
口から心臓が飛び出しそうだ。俺は木に手を突いて息を整えていた。
「あの学生が、その仲間か?」
「はい、兄貴。おい! どうした? 何かあったのか!」
その声のする方向に顔を向けると、二人の男が立っていた。一人は、徹也と呼ばれていた男性。もう一人は、角刈り頭、白のストライプのスーツに白のネクタイ。下のカッターシャツは、黒色だった。俺は、二人の所に寄り、あの出来事を二人に話した。
「話は、大体分かった。で、坊やは、逃げてきた訳だ。仲間を置いて……」
兄貴さんは、空を見る様に顔を上げた。
「は、はい……」
「バカ野郎!」
兄貴さんが俺の頬を張った。俺はぶたれた頬を押さえてうなだれた。
「ぶって悪いか? パパにも、ぶたれたことなかったってか?」
そう言われたが、不思議と痛みは余り感じなかった。
「心に残る傷は、将来に、もっと大きくなるんだぜ。坊や」
兄貴さんの言葉に俺は頷いた。
「よーし! それじゃ、けじめ付けさせに行くぞ! 徹也!」
「はい!」
「坊やも来な。
俺は大きく頷き、二人の後をついて行った……。
俺達は、先生達が居る場所の近く迄戻って来た。森の木陰に隠れ様子を
次に先生を目で捜した。先生は、少し離れた所で一人に羽交い絞めされ、もう一人には、下半身のパニエスカートに顔を突っ込まれている……。
「麗香は、あそこか」
兄貴さんの見ている方向で、麗香さんが仰向けにされて、モヒカン男に上に乗られている。ジャケットとシャツのボタンが外されて、ブラジャーが見えていた。残り五人の姿が無かった。何処にいるんだ? 俺は、変な胸騒ぎがした。
「野郎め……よし、行くぜ。坊やは、少し待機だ」
「はい」
兄貴さんは、ドスと呼ばれる短刀を手に持った。徹也さんは、黒い自動式拳銃のスライドを引いた。俺は、驚いた。奴らは、出て来なければやられなかったのになぁ。と自分に、いい聞かせた。
「徹也、分かってるな」
「はい、兄貴」
そう言うと二人は森を飛び出した。兄貴さんが走りながらドスを抜き、鞘を放り投げた。そして一目散にモヒカン男に向かって行く。俺も様子が分かる所まで近づいた。
「俺の女にのってんじゃねぇ! このボケが!」
兄貴さんが、タックルの様にモヒカン男に、ぶつかった。モヒカン男の背中から、血しぶきが飛んだ。そして、ドスを持った右手を少し回した様だった。
「ぬあぁぁぁぁぁぁ! ガキ共以外にもいたのか!」
モヒカン男は、口から血を垂らしながら叫ぶ。兄貴さんは、ドスを奴の背中から抜いた。
「
そして、兄貴さんは、左手でモヒカン男のトサカの毛を掴み、ドスを喉元に突き刺した。
「大丈夫か? 麗香」
兄貴さんは、モヒカン男が被さらないように横へ倒した。麗香さんは涙目の様だ。
「あんた、来てくれたんだね」
「ああ。危ないからさがってな」
麗香さんを助けた兄貴さんは、猿ヤンのいる方へ向かっているようだ。
一方、徹也さんは、先生の所の奴等を対処するきだな。奴等が離れないので拳銃が撃てないのか? 先生のパニエスカートに潜り込んでいる奴が出てきて、短剣を抜いた。あれは、顔に傷の男だ。そして、構えて襲い掛かって行った。徹也さんが奴の間合いに入られそうになる。
ドキューン、ドキューンと大きな銃声が鳴り響いた。周りの木に留っていた鳥が、羽ばたいて逃げて行く。革鎧の胸の部分に風穴が二つ開いて、血が流れだしていた。撃たれた顔に傷の男は、前方に倒れた。先生を羽交い絞めしていた男は、慌てて、先生を突き飛ばすと、肩に背負っている弓を手に取った。矢を取り、狙う構えに入った。徹也さんも拳銃を構えている
男が弓を発射すると同時ぐらいに、銃声が
「す、凄い」
俺は、思わず唾を飲んだ。
「うがあー! お、おまえだぢ、こ、殺す! ゆ、許さだーい!」
スキンヘッドの大男が仲間を殺されて怒り狂ったのだろう。叫んでいる。柄の長いバトルハンマーを持って振り回している。兄貴さんは、中々近づけないでいるようだ。
俺は、隙を見て猿ヤンの元へ全力で駆け寄る。猿ヤンは、四つん這いのまま、遠くへ行こうとしていた。
「猿ヤン、大丈夫か? 立てるか?」
「蓮ちゃん……」
猿ヤンは、涙を流していた。俺は、戻って来て良かったと心の底から思った。
「泣くな、猿ヤン。まず、パンツとズボン履け」
「うん」
猿ヤンと俺は先生の所に歩いて行った。先生は、こっちを見ている。
「せ、先生、ただいま」
「おかえりなさい」
先生は、その言葉だけで、俺に何も聞いたりしなかった……。
それから、俺達は近すぎない所で、大男との戦いを息を呑んで見守っていた。
徹也さんは、大男の背中側にいた。大男は兄貴さんを追っているような動きだ。
「徹也、ぶっ放せ!」
ドキューンと鳴る銃声が五回轟いた。大男は体が血に染まり、膝をついた。
「兄貴! 弾丸が切れました!」
兄貴さんが大男に近づき様子を伺っているようだった。
「徹也、もう、いいだろう……。うっ!」
兄貴さんが呻き声を上げた。背中に矢が三本刺さり、スーツが血で赤く染まっていた。
「兄貴ー!」
「来るんじゃねー!」
兄貴さんが徹也さんに大声で叫ぶ。兄貴さんの後方からロングボウを構えている五人組がいた。その横に由衣と美姫がそれぞれ、手と体を縛られているのが見えた。くそ、胸騒ぎが当たるなんて! 俺は、不幸を恨んだ。
「うがぁー!」
大男が突然叫び、兄貴さんに抱きついて立ち上がった。奴は、体を締め上げてるのか? そして、さらに幾つかの矢が兄貴さんの体全体を襲った。大男の手にも矢が刺さる。なんて、奴らだ! 仲間ごと狙ってやがる! 俺の心が憤る。
「あんたー!」
麗香さんの絶叫が辺りに響いた……。
「兄貴ー!」
「徹也! 麗香を……頼んだぞー!」
そう叫び、口の中を血で溢れさせた兄貴さんは、ドスを大男の脳天に突き刺した。大男の頭から血しぶきが上がる。
「ぶぇっ」
大男が最後の言葉を発して、兄貴さんを圧し潰す様に倒れこんだ……。
「兄貴ー!」
徹也さんの声が辺りに響いた……。
俺と徹也さんで犬養を急いで、森の入り口まで運んだ。皆で一旦矢を避けて、様子を窺うことにしたのだ。麗香さんは、静かに泣いていた。徹也さんは、近くの大木を拳で殴った。やりきれないのだろうな。俺の気持ちも沈んでいく……。
俺は、革鎧の奴等の観察をすることにした。一人の男が由衣を立たしている。男が由衣の顎を押さえた。男が顔を近づけていく。あの野郎! 由衣の唇を奪うつもりか? こっちへの挑発行為なのか? 俺の心が憤る。由衣が首を振り顔をそむけ抵抗している様だ。
男は、頭にきたのか? 由衣のスカートを脱がし、パンティー姿にさした。パンティーは、どうもキャラクターの絵柄付きに見える。男が笑い、よろけた。由衣がすかさず、男の股間を蹴り上げ、こっちに向かって走り出した。男は、少しの間のたうち回ったが、置いてあった斧を手に取った。
「小娘がぁぁぁぁぁぁ! 許さねぇー! こ、殺す! ぶっ殺すぅー!」
男が喚いた。声の感じで異常な怒りと分かる。男は、置いてあった斧を手に取った。
そして、男は斧を振りかざしながら、由衣を追いかけだした。や、やばい。由衣が殺される。ここからじゃ、間に合わない。俺の心が焦りまくった。男と由衣の距離が攻撃間合い迄あと少しとなっていた。
「嫌ぁー! 助けて! 神様、助けてー!」
由衣が泣きながら絶叫した。
「死ねぇぇぇぇー! げぶっ……」
男の叫びが突然止まる。男の、側頭部に矢が刺さっていた。男は転がる様に倒れた。
男の仲間たちが騒いでいる。ロングボウを手に取り、仲間をやった敵を捜している。だが、何処からか飛んで来る矢は、男達を次々と襲った。四人の男達は倒れて動かない……。
美姫は、縛られたまま、へたり込でいる。由衣に矢が飛んで来ることは無い様だ。俺は、ほっとした。
「由衣! 俺達は、ここだ!」
走ってくる由衣を手招いた。由衣が来ると俺は、直ぐ縄をほどいてやった。
「はぁ、はぁ、わ、私。ファーストキス守ったんだからね」
「頑張ったな。無事で良かったよ」
息を切らしながら涙目で語る由衣に俺は、照れながら答えた。
「きゃっ! 見ないでよ。エッチ」
我に返ったのか、由衣が顔を赤らめて、キャラクターパンティを手で隠した。俺は、慌てて、由衣に背中を向けた。
「ご、ごめん……。俺、美姫の所へ行ってくる。その時、由衣のスカートを拾ってくるから」
「ありがとう。気を付けて」
由衣の言葉を背中で聞いて、美姫の所へ走って向かった。
美姫の居る場所の手前に転がる男達の屍は、見事に急所を矢で貫かれていた。
美姫は、相変わらず縛られた姿で、へたり込んでいた。近くに寄ると泣いているのが分かった。無理もない。女子高校生が想像も出来ない体験だもんな。俺も泣きたいくらいだ。
「美姫、大丈夫? 怪我は、ない?」
「蓮輔。き、来てくれたんだね。わ、私、怖くて動けなくて……」
「今、縄をほどくから」
「うん。お願い」
俺は美姫の縛られている縄をほどきにかかった。きつく縛ってあり、ほどけない。
「あっ」
美姫のその声に反応して、俺は美姫の向いている方向を見た。
沈みゆく夕日に照らされて、金色の長い髪に大きな尖った耳の女性が立っている。その女性は、緑色のワンピースのような服の上に同色の革鎧、腰に茶色いベルトをしている。あと、腰には剣を装備して、矢筒を背負い大きな弓を左手に持っていた。彼女は、ゆっくりと近づいて来る。
美しいその女性の存在は、この場所が異世界であることを俺に確信させた……。
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