004 錬金術師と秘密基地

 そうしておれは裏山の納屋にやってきた。南京錠を外して中に入る。

 土間のコンクリートに血の跡は残っていない。あのあとゼロワンが【抽出】して【吸収】したのだ。そのせいで私おれが昨日ここで死のうとしたのがすっかり嘘のようだ。


 この納屋は居場所の無い私おれが誰にも邪魔されない避難場所だった。言ってみれば秘密基地だ。カンフー映画を真似て特訓の装置を作り、サンドバッグに見立てて肥料袋を吊した。アパートに置くと盗まれたり壊されたり破いて捨てられる宝物もここに隠してある。プラモとかエアガンとかヌンチャクとか、『NO FUTURE』のバックナンバーとかマンガとかマンガじゃないやつとか。

 ここに来たのはゼロワンの能力スキルを把握して共有するためだ。

 ゼロワンは偉大な錬金術師アレックス=クロウディが作った助手・・だ。そしてゼロワン自身も錬金術師であり特に<鉱物>の扱いに長じている。なに? 偉大な錬金術師という枕詞は必ず着けろ? 気が向いたときにはな。


 錬金術師といえば黒いローブに身を包んで呪文を唱えながら紫の液体を大釜で煮込んでいるようなイメージだが(偏見はやめろって?)おれが思うに彼らは医者や発明家や技術者と同義の存在だ。根底にあるのが魔法か科学かの違いだけで。

 またそうでなければロボットであるゼロワンが錬金術を使える説明がつかない。

 錬金術はその星が放出するエネルギー、魔子マミを、変換して使用するらしい。原子、電子に倣ってそう呼んでいるのだと。

 いわば魔子マミは気とかマナとかオーラ、フォースなどと同じものだろう。そしてゼロワンもそれを取り込んで使える能力スキルを持っている、それだけが錬金術師の資質ということなのだろう。ならば種族や存在の成り立ちを問わないということか。


 ゼロワンの持つ能力スキルは【収納】【分析】【分解】【再構成】とその組み合わせだ。おれもそれを試してみようというわけだ。

 納屋には古い耕耘機や田植機といった農機具、使えなくなったテレビや家電、古いバイクなんかが押し込まれている。リサイクル? そんな考えはこの世界にまだ根付いていない。年寄り連中なんかは廃品回収は泥棒の下調べと思っているくらいだ。

 日妹家も祖父母が生きていたころは専業農家で田も畑もそれなりにやっていたのだが、恭太郎が大学を出て役場勤めになり現金収入が得られるようになると、誰も農業に向き合わなくなった。祖父が死ぬと田は人を頼んで作ってもらうようになり、畑は面積を減らした。

 その時には残った畑も単に鬼婆が母さんをいびるだけの場所になっていた。鬼婆は教養も趣味も無く、下の人間に威張るためには農業にすがるしか無い残念な頭の持ち主だったらしいからな。実際にはおれが物心つく前に死んで文字通り鬼籍に入っている。大喜利かよ。


 おれはまず手近にある壊れたでかいテレビに触れ【収納】してみた。テレビは周辺ごと亜空間に切り取られ、ゼロワンが乗ってきた作業用宇宙船の『クラポー』に転送される。『クラポー』は探査採集が目的なので亜空間収納庫を持っているのだ。容量はかなりある(としかいいようが無い)。なので納屋のガラクタや宝物を片っ端から【収納】してみる。

 そして【分析】を開始。テレビを例にすると構成する部品、部品を構成する素材、素材に含まれている元素が系統樹のように頭の中に展開される。外観の木材、画面のブラウン管、スピーカー等々。


 系統樹はそこから素材に注目して逆追いすることもできる。ブラウン管のガラス、スピーカーの磁石、コイルの銅線といった具合に。

 その点で言えば【分解】は派生した【抽出】の方が使いやすい。バイクからタイヤを分けるだけで無くタイヤからゴムを取り出すことも可能だ。当然消費する魔子マミの量も段違いなのだが。


 【再構成】は【現出】と違い、取り出すだけではなく【収納】したものを修理、加工、合成することができる。ただし明確なイメージが必要だ。簡単な方法はすでにある完成品を【分析】して【複製】することだ。

 そこで私おれはふと思いついたことを試してみる。サイフから500円硬貨を取り出して【収納】、【分析】し、素材を【抽出】して【複製】してみた。


 ……おお、これはいける! 魔子マミの消費量も思ったほどじゃ無い。だったら複雑な現物を作るよりこれで金を貯めて欲しいものを買えばいい。

 偽造といってもこれはちゃちな偽造とは違う。刻印だけじゃなく素材やその含有率までそっくり同じなんだからな。世の中に無いものは作るしかないが、それもまた錬金術のいいトレーニングになるだろう。

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