SPLATTER FANATICS AND A LITTLE LOVE, THAT'S ALL
桜盛鉄理/クロモリ440
001 クソ雑魚オタクのバラッド
昭和99年の7の月、空から恐怖の大王が降ってくる。そんな説を最初に言い出したのはゴシップオカルト誌『NO FUTURE』だったと思う。何で和暦なんだよ?
今度の恐怖の大王が巨大隕石かグランドクロスの天変地異か、それとも宇宙人の襲来か神罰かは分からない。でもそんな知識ことはもうどうでもいい。だってクソ雑魚オタクのぼくは今から死ぬんだから。思えば15年余りの短い生涯だった……。
このぼく、
市町村合併に最後まであぶれた酒と女と博打と喧嘩しか娯楽のないイナカ。
小ずるく立ち回って人を嵌めるのとでかい声で人を黙らせるのが偉さだと信じて疑わないオトナ。
それを手本に猿山の集団で生き残るために人の弱みや欠点を突くのに何のためらいも罪悪感も感じないトモダチ。
それが成長の証しだそれが競争社会だと黙認するセンセイと、ガッコウという名前の虎の穴。
家に帰ればそこでも死んだ先妻の子供というだけでぼくをいびる日妹家の後妻と連れ子。そして父親は見事なまでに空気。酔えば豹変する酒乱。
指を折って数えれば余裕で満貫確定するくらいのド不幸だった……。
ぼくは
母さんの結婚生活は聞くだけで地獄のようだった。当時の様子をぼくに語ってくれたのは母方の祖父だ。
日妹家で母さんは義母という鬼婆にずっといびられ続けていた。自分より学のある女が許せなかったのだろう。そして慣れない農作業を強いられ母さんは体を壊した。加えて食事に殺鼠剤でも入れられていたのかもしれないと祖父は言った。
夫である父親は鬼婆の言いなりで母さんを庇うことは一度もなかった。役場職員で外で酒を飲んで帰ると母さんに暴力を振るった。ひどいときは鬼婆も危険を感じて逃げ出すほどだったという。
そんな中で母さんは3年我慢したが、最後は子供ができなかったことを理由に離婚させられた。しかし皮肉なことに母さんは離婚後にぼくの妊娠を知る。離婚が決まって毒を盛られることがなくなった母さんを、泥酔した父親がこれが最後とばかりに襲って犯したせいらしい。赤裸々なぼくの誕生秘話だ。
だが鬼婆は父親の世間体を気にして認知することを許さなかった。その時にはすでに後添えを迎えていたというのもあっただろう。
母さんがぼくを生んでくれたこと、貧乏な生活の中でも大事に育ててくれたことには感謝しかない。祖父の粗末な家での3人暮らしだったが物心ついたぼくは確かに幸せを感じていた。
しかしぼくがそれに報いる前に母さんは死んでしまった。パート先のスーパーで女の子をかばって車に轢かれたのだ。ぼくが中学に上がる直前のことだった。
中学に上がって2年目の夏に今度は祖父が死んだ。夏祭りの折り詰めの食中毒が原因で入院していたのだが、ある日容態が急変してそのまま死んでしまった。それで一人取り残されたぼくは日妹家の世話になることになった。
ぼくが日妹家に引き取られたのは愛情からではない。葬式に乗り込んできて家を漁る人間のどこに愛情を感じろというのか。
それを画策したのは父親の後妻だった。彼女は結婚しても都会にいたころの豪奢な生活を変えなかった。そんな金を湯水のように使う暮らしを役場職員の給料で賄えるはずがない。善意の振りをして母さんの生命保険や祖父の遺産を狙っているのはぼくにも分かりすぎるくらいだった。
その当てにしていたぼくのお金は郵便局に定期預金になっていて、18歳になるまでは月に一定の金額しか引き出せない仕組みになっていた。祖父が懇意の郵便局長と相談してそういう手を打ってくれていたのだ。
それを知った後妻はぼくをボロアパートに押し込み、家賃だ食費だと言って金をむしる方針に作戦を切り替えた。アパートに格安で
唯一感謝することがあるとすれば、懲りずに嫁いびりをしようとした鬼婆を反対に追い込んで殺してくれたことぐらいだ。
その飼い殺しの状況が変わったのは連れ子が事故に遭ったせいだ。
後妻はぼくと同い年の連れ子を溺愛していて見栄を張って隣町の私立中学に通わせている。朝夕は送迎のため黒塗りのクラウンが田舎道を疾走している。
その連れ子が怪我で角膜を損傷して視力が低下した。下手をすればそのまま失明するおそれもあるという。そこで後妻はぼくに角膜移植の手術を受けるように迫ってきたのだ。
当然だがぼくは手術を拒否した。「二つあるんだから」などと言われても強欲な後妻がそれで済ますとは思えない。祖父の急死ような不幸がまた今度も起きる可能性だって無くはないだろう。麻酔で眠っている間に内臓なかみが空っぽの死体になるなんてことは考えたくもない。
すると後妻はさらにぼくに圧力をかけてきた。自分が身寄りのない先妻の子の面倒を見てやっていることを美談に飾り立て、周りのオトナ連中も巻き込んで「その恩に報いるのが人の道だろう」などと情に訴えて脅迫してくる。「何故うんと言わない!」と殴られることもあった。
オトナだけでなく周りの誰もが偏見に満ちた目でぼくを見ていた。離婚された欠陥品の母親が生んだ私生児。離婚された家にお情けで養われている
身の危険を感じたぼくは最後の手段を取ることにした。貯金を全部引き出して遠くで一人で暮らす、それしかないと思った。
しかし新しく赴任した郵便局長が事情を知らないままそれを家出と勘違いし後妻に連絡したせいで計画は破綻した。
そしてあろうことか後妻は嘘をでっち上げて郵便局長を丸め込み、その場でぼくの貯金を自分の口座に移し替えさせたのだ。「子供が大金を持っているのはよくない」などと諭す郵便局長のいかにも自分は良いことをしたと言いたげなその笑顔は、しかしぼくにとっては悪魔のそれにしか見えなかった。
そのことを警察に相談しても、彼らは子供のいうことなど
まんまと貯金を強奪した後妻は、18才になったら返すことを交換条件に手術に応じるようぼくを脅してきた。そして誰も味方になってくれないことで心が折れたぼくは言われるままに手術の同意書に署名してしまったのだ。
それに追い打ちをかけるように、ぼくは夏休み前の放課後、Aクラスの委員長をつとめる
鍾子はぼくにとって幼なじみという以上に特別な存在だった。それは母さんが庇って死んだ女の子が彼女だったからだ。
最初は鍾子の謝罪を素直に受け取ることができなかったが、ぼくも次第に彼女を許していつしかほのかな恋心を抱くようになった。厳しい境遇に何とか耐えていたのは鍾子が寄り添ってくれていたからだ。
しかし2年生になるとぼくは鍾子と距離を置くようになる。いじめが日に日にひどくなっていく中で、彼女をそれに巻き込みたくなかった。
ぼくの態度を感じ取って彼女も次第に疎遠になっていった。それでもどこかで繋がっていると信じていたくて、ぼくは知らずに鍾子のことを目で追っていたのだろう。
噂は事実無根だと釈明する前に、上倉晴子が連れてきた花札トリオが見せ場とばかり勢いづいてぼくを容赦なく痛めつけた。結局ぼくは土下座して迷惑な噂を
皆が教室を出ていくとき花札トリオの
「教えといてやるよ。村瀬は神崎と付き合うらしいぜ。クソ雑魚オタクのお前なんかじゃ足元にもおよばねえよ」
ぼくは村瀬鍾子を信じていた。信じるというよりももう彼女に縋るしかなかった。
しかし否定も言い訳もしないからにはそれが彼女の答えなのだろう。一瞥もくれず無言で背を向ける姿を見れば悔しさも泣く気も失せてしまった。
ひとり取り残された教室にぼくの心が砕ける音が響いた。そんな気がした……。
……そして夏休みの初日の夜、今まさにぼくは自宅の納屋で自殺しようとしている。後は梁から吊したロープに首をかけて2階の吹き抜けから下に飛ぶだけだ。
みっともない死に様にならないように完全マニュアルを読んでちゃんと対策もした。自室に遺書も残してきた。ついでにお祈りもしてみたが懺悔することはぼくには……断じてない。懺悔するべきはあいつらだろう!
脚立に登ってロープを手にする。しかしそのとき突然納屋が大きく揺れた!
地震なのか、何かがぶつかったのだろうか?
それよりも問題なのは落ちるぼくの首にまだロープが掛かってないということだ!
……コンクリートの土間に叩き付けられたぼくの口から血と一緒に自嘲の笑いがこぼれる。
これじゃあ満貫どころか裏ドラ乗って跳満まであるだろ?
できたらもう一度死ぬとこからやり直させて欲しいんだけど……ダメかな、神様?
人生をやり直したいなんて贅沢は言うつもりは、ない……から……
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