人魚姫を釣り上げたおはなし
@Yakidaruma
第一話「夏の始まり」(1/4)
水飛沫と、太陽で影になったシルエット。巨大な魚の下半身と、若い女性の体つきをした肌色の上半身。赤色の長髪と、海のようなブルーの瞳。
全てがスローモーションのように見えて、唯斗は現実を疑った。そんなはずがないのだ。二人の前に現れたそれは、誰がどう見ようとも人魚姫そのままの姿をしていたからだ――。
「タイさんになんてことをするんだ! この人でなし!」
その瞬間は夢のようで、当たり前の日常を過ごすところへ――非日常は突然訪れる。
0.
寝息を立てて机にへばりつき、組んだ腕を枕にして担任の言葉を現実へと置いていく。
「唯斗、起〜き〜ろ」
担任が語る夏休み前の注意事項をよそに、後ろの席に座る
苗島によって起こされた唯斗は、同じく小声で瞼を擦りながら気怠そうに体を起こす。
「ん……まだ終わってなかったのか……てか、夢じゃねえのなこれ。悪夢見てるような授業だ……」
幸いにも、前の席は体の大きい
いつも話が長えよな、と小声で語る苗島に、唯斗も顔をぶら下げるようにして頷いたりしている。
「聞こえてるぞ」
突然の担任の言葉に、唯斗と苗島は反発した定規のように体をピンっと伸ばした。
「すんません!」
しかし、注意が向いていたのは別の同級生で、どうやら同じことを考えていたらしく、運悪く担任にその話を聞かれてしまったらしい。
唯斗と苗島の二人は安堵の息を漏らすと、何事もなかったように長たらしい担任の話を聞くフリを始めた。
――チャイムが鳴り響いたことで、学校という場所から解放された生徒たちが、次々と校舎を離れていく。担任も仕事があるのか、解散するとすぐに職員室へ向かってしまった。クラスメイトもそれぞれの輪で会話をしながら、次々と教室を離れていく。
残していた持ち帰りのものを手提げカバンに詰め込んでいると、苗島が後ろから声をかけてくる。
「唯斗、今日予定はあるか?」
「いや、今日はバイトも何も入れてないけど。どうした?」
「おっしゃ、そんなら釣り行かねえか?」
手提げカバンを肩に回して提案してくる苗島に、唯斗もチャックを閉めると手提げカバンを肩に引っ掛けて答えた。
「釣りか、しばらくしてなかったな」
「期末テストで忙しかったしなぁ、唯斗が」
「俺はお前みたいに頭良くないから、マジで勉強しとかないとすぐに赤点取んの」
「オレは頭良いから、毎日がゲーム三昧だったぜ?」
ニシャニシャと笑う苗島にグーパンチが飛んだが、あっさりと受け止められてしまった。
「まぁまぁ、その分夏休みは楽しもうぜ!」
苗島の容姿は、金髪でやんちゃそうに見える。チャラい部分は容姿通りだが、勉強の方はぶっつけ本番でも平均点を取れるほどに頭は良い。
唯斗にとっては妬ましい存在でもあったが、人との関わりも少ない唯斗にとってはこれ以上にない存在でもある。唯斗の放つグーパンチも、苗島なら必ず受け止めてくれると信じての行動だ。
「わかったよ」
1.
――二人は小学校からの親友であり、唯斗にとっては数少ない同級生の話し相手であった。
元々孤立気味であった唯斗は、校庭にあるスロープの横の階段に座り、ひとりぼっちを決め込んでいたところへ、後ろからドッジボールが飛んできたのだ。
飛んできたボールは唯斗の頭に当たり、突然の痛みで頭を押さえた。すると、ボールの飛んできた後ろの方から苗島が声をかけてきた。
「悪りぃ、大丈夫か⁉︎」
「う……ん――」
唯斗が顔をあげると、覗き込んだ苗島が驚いた表情を見せた。
「やべえ、鼻血出てる! 保健室行くぞ!」
そこからうんとも言わせず、苗島に手を引かれるがまま保健室へと連れて行かれる。
頭か鼻を押さえたいが、右手を引っ張られているので仕方なく左手で鼻だけを押さえることにした。
苗島は酷く焦っているが、唯斗は思っていたよりも冷静であった。それがなぜか面白くて、唯斗はクスッと小さく笑い始めた。
気が付けば保健室に辿り着いており、扉を開けると保健室の先生がこちらへ顔を向ける。
苗島が状況を説明すると、先生は椅子を用意して唯斗へここに座るように手招きした。その横にもう一つ椅子が用意され、苗島も座らされる。
説明を受けながら、ティッシュで鼻を押さえる。その間に後ろを向くように言われ、唯斗は自身の回転する椅子を利用して反対を向いた。
特に怪我もないことがわかると、先生はすぐに鼻栓の用意を始めた。その辺りで苗島による説明も終わる。
「もう。なんでそんなところでボール遊びなんてしてるのさ」
唯斗は保健室の先生に鼻栓をしてもらいながら、苗島への説教を静かに聞いていた。
「ごめんなさい」
「謝るならこっちじゃないでしょ」
「ごめん! 唯斗」
回転する椅子に座りながら、苗島が両手を合わせて謝ってくる。
「大丈夫、思ったよりも痛くない」
「外傷はないけど……頭に当たったのは間違いないから、しばらくは注意してね。気分が悪くなったらすぐに報告すること」
「ありがとう、先生」
「どういたしまして」
唯斗は感謝を伝え終わると、椅子を降りて扉を開ける。
「行くよ、苗島くん」
「……おう」
保健室の先生は、扉が閉まるまで微笑みながら優しく手を振っていた。
「苗島くん」
「なんかむず痒いな、呼び捨てでいいよ」
「苗島」
「おう」
「昼休み、俺もボール遊びに入れてくれない?」
二人は教室まで廊下を歩きながら、会話を始めた。
「いいけど、大丈夫か?」
「なにが?」
「頭だよ」
「大丈夫だよ。それよりも、苗島のことが知りたくなってきた」
唯斗にとって、この行動の意味は分からない。他者への興味が向いたのは、人生で一度だけだったからだ。それも、同級生へ向けての興味はこれが初めてであった。
「オレのこと……? 不思議だな、おま――唯斗は」
苗島にとって唯斗は、隣のクラスに居る無口で孤立している不思議なやつであった。だからこそ、友だちの投げたボールを手で払った時に、そのボールが唯斗の頭へ直撃した時は本当に焦っていたのだ。
なんとなく、近寄りがたさを感じていた。唯斗に何かあった時、どんなことが起きてしまうのか想像もつかなかったのだ。しかし、当の本人は思ったよりもケロっとしており、大泣きをすることも、怒りをあらわにすることもなかった。
「いいぜ、昼休みな」
だからこそ、苗島にとっても興味が湧いた。もしかすれば唯斗は、苗島の想像していたような存在ではないのかもしれない。
階段を登り終え、角を曲がると二人の教室が見えた。
「じゃあな」
「うん、また後で」
ひょんな出会いで繋がれた少年二人の縁は、気が付けば高校生になるまで続いていた。
◇◆
――校門を出ると二人はまず、唯斗の家へ向かって荷物を置いてから苗島の家に向かう。苗島の家は漁師の家系で、釣りの道具はいつも倉庫の中に置いてあった。
「日差しがキチィなぁ。唯斗、お前日焼け止めとかあるか? 炎天下の中、堤防の上でお日さんに晒されながら魚が食いつくのを待ち続けるのに、何もなしでこれじゃ死んじまうぞ」
「日焼け止めか……姉さんなら持ってるかもしれないけど、多分貸してくれない」
倉庫にあったっけな〜、と頭を掻く苗島の斜め前を行く唯斗が、自身の自転車を止めた。遅れて苗島も自転車を止める。
「どうした?」
「……いや、心当たりはあるけど、普通に買った方がいいかなって」
「そっか。じゃあオレ先に家行ってるから、唯斗日焼け止め買ってきてくれ」
「わかった」
すると、苗島は近道である別のルートへ向けて自転車を動かし始めた。
「家で待ってる〜!」
「あぁ!」
前方は船の浮かぶ海、周りは山で囲まれたこの町で、苗島の家は海側から見て手前にある左の山の入り口にある。唯斗の家は、その反対側である右側であった。
苗島の向かった方向とは反対の方へ、唯斗は自転車を走らせた。
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