いつもと違う、女王様な彼女と奴隷の僕



「……」


「い、一条さん……?」


「……」


「あ、あのー……?」


「……」


 授業の終わった放課後のこと。僕―――犬塚一人いぬづかかずとは学校の図書室にて、目の前で足を組んで座る金髪サイドテールが特徴の生意気そうな女の子―――一条有栖いちじょうありすさんに見下ろされていた。彼女は椅子の上で偉そうにふんぞり返っていて、対する僕は床の上で正座している状態だ。


 もう何度となく見てきた様な光景。しかし、いつもと違う点が一つだけある。それは……何故か一条さんが何も言ってこないという事だ。わざわざ図書室に来いと自分から呼び出しておいて、なおかつ僕に正座までさせているというのに、当の本人は不機嫌そうにそっぽを向いて僕を見ようともしない。


 一体、どうしたというのだろうか……? これがいつも通りなら、ここぞとばかりに僕の事を馬鹿にしつつ、煽り散らかしてくる定番のメスガキムーブをかましてもいいというのに、今日は本当に何も言ってこない。何で?


「え、えーっと……」


「……」


「な、何か……何か僕、失礼な事でもしたでしょうか……?」


「……」


「そ、そろそろ、何か言ってくれないと、足が痺れて……」


「……」


「あ、足を崩しても、いいでしょうか……?」


「……ダメ」


「あっ、はい……」


 ようやく答えてくれた一条さんだったけど、僕の訴えはどうやら棄却されてしまった。ふぅ……もうちょっと、足の痺れを我慢しないといけないのか。


「……と、ところで、一条さん。今日は、この私めに何か御用でしょうか?」


 このままでは僕のか細い両足が、限界を迎えてビックバンを起こしそうな予感しかしないので、僕は速やかに本題に入ることにした。


 すると、僕の言葉を聞いた一条さんは少しだけこちらに向き直ると、腕を組み薄目でじぃっと見つめてきた。


「ポチ、あんたさぁ……」


 そしてジト目のまま、不機嫌そうな声で尋ねてくる一条さん。そんな彼女を前にして僕は恐怖に震えるしかなかった。


 ……いや、だってしょうがないじゃん? 正直言って、めっちゃ怖いんだもん! なんかいつもと違うし、めっちゃ不機嫌そうだし!! 僕、何もしていないのに!!! そんな僕の心情など知るはずも無い一条さんは、今度は深々とため息を吐いていた。


「……」


「は、はい、何でしょう……?」


「……プイッ」


「あ、あれ……?」


 何か言ってくるのだろうと思って僕は身構えていたんだけど、一条さんは何も言わずにまた視線を僕から外してしまった。え、えーっと、本当にどういう事なの? 何? これ、ドッキリだったりする?


 僕を焦らせている間も一条さんは何も言わず、図書室の天井のどこかを見ているだけだった。そんな彼女の姿を見て、僕は思わず首を傾げる。


「あの、一条さん……?」


「……」


 しかし、それでも彼女は何も答えず沈黙を貫いていた。その態度が逆に不安にさせるのだけど……僕、ここまで一条さんを怒らせる様な、そんな悪い事でもしてしまったんだろうか?


 そうして長い時間、学校の図書室内にて椅子の上で腕組み足組みをしながらそっぽを向く不機嫌な一条さんと、ずっと正座をしたままで限界を迎える寸前となった苦しい表情をしている僕。そんな奇妙な光景が繰り広げられている。


 しかも、場所が場所だからか、周りからめっちゃ見られている。学年クラス関係無く、図書室に訪れた全員が、先生たちも含めて僕らの事を遠目で眺めている感じだ。足の痺れも厳しいけど、みんなからの視線も厳しい……。


 ちなみに、僕の知り合い兼クラスメイトである図書委員の二階堂さん(眼鏡を掛けた文学女子)も遠巻きから心配そうに僕らの事を見ていた。でも、声は掛けてくれないんだね。まぁ、巻き込まれたくないだろうから、そうだよね。


「……はぁ」


 そして、しばらく経った事に一条さんはまたため息を吐いた後、組んでいた腕や足を元に戻すとスッと立ち上がった。


「……―――る」


「えっ?」


「……帰るって、言ったの」


 え、えええええぇぇぇぇぇぇっ!!!??? 何でっ!? 急にどうしてそんな事になっちゃったの!? というか、自分から呼び出しておいて、何も言わないままいきなり帰るって……一条さん、それはちょっとあんまりなんじゃあ……?


「ちょ、ちょっと待ってください! まだ何も聞いてないですよ!?」


「……やっぱり、いい。今日は無し」


 は、はぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!!!??? 何じゃ、このメスガキがぁ!! ふざけてるのか!? ずっと待たせておいて、放置プレイさせて終わらせるとか、どんだけ性根が腐った性格しているんだよっ!!


「ほ、本当に……本当に、帰っちゃうんですか!?」


「……じゃあね」


 僕の言葉に気のない返事をした一条さんは、踵を返してドアの方へと向かっていった。僕はそんな彼女を追い掛けようと、立ち上がろうとして―――


「って、いたたたたたたたたたたたっ!?」


 長時間の正座が響いてか、僕は立ち上がる事が出来ずにその場で四つん這いになってしまい、結果、顔を床に打つけてしまった。その衝撃や痛みに耐えながらも何とか僕は顔だけを上げて一条さんの方を見たけれど……彼女はもう既にいなくなっていたのだった。


「あいたたた……」


 痛む体をさすりながらも立ち上がれない僕は、うずくまりながらその場でどうして一条さんがいつものムーブをしなかったのか、どうして急に帰ってしまったのか、そして……何故、僕は正座をさせられて放置プレイまでされなければならなかったのかと、考えを巡らせていた。


「う、うーん……」


 しばらく考えてはみたものの……結局、何も思い浮かばなかった。……うん、まぁ、いいや。もうね、気にしない事にしよう。どれだけ考えたって、僕に一条さんの気持ちが分かる訳が無いんだもの。


 そんな風に結論付けた後、僕はまだ痺れが治まらないプルプルした足取りで、そそくさと図書室を出て行った。その間、なおも僕は周りから変な目で見られ続けてたりしたのだが、特に何も言わずに足早に出て行くのだった。


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