基幹ステーション
「あれが基幹ステーションか、大きいな……」
あたしが一人で部屋にいるときに、ジャンヌ・ダルク号は基幹ステーションを光学センサで捕捉できるまでの距離に近づいた。ベティが解説してくれる。
「はい。どこの基幹ステーションでも、概ね中継ステーションの8倍以上の質量があります。航宙政学的な位置づけとしては、銀河連邦が本部を置くいくつかの星系と、銀河連邦に加入している各星系の星々をつなぐ拠点としての役割を持ちます。そして、各基幹ステーションの間にいくつもの中継ステーションが置かれ、星間宇宙軍が影響力を行使するための網の目のようなネットワークを形成するのです」
あたしらは、2日前に途中に立ち寄った星で補給を済ませたあと、星間宇宙軍の巡洋艦でも追いつけるぐらいの速度で移動して、ミネルバ大佐のいる基幹ステーションまであと半日って距離までやってきた。ベティによれば、フランク少佐のいた中継ステーションから追尾してきた巡洋艦などはいないようだった。
「巡洋艦などで直接追尾されていないとはいえ、補給に立ち寄った星を含めて、いくつか星間宇宙軍の監視宙域を通ってきてはいますから、こちらの動きは軍に捕捉されていると思いますよ」
あたしは、ベティに聞いた。
「その捕捉されてるってのも、一応わざとってことなんだろ?」
ベティが苦笑して言う。
「もちろんです。これからは、ジャンヌ・ダルク号の性能については、推進性能だけでなく、ステルス機能なども、使う場面はかなり選ばないといけなくなるでしょうね。ジャンヌ・ダルク号が星間宇宙軍の所属になれればのお話ではありますが」
あたしは、ちょっとその辺りが気になってきた。
「ベティ? ジャンヌ・ダルク号が軍に所属できれば、あたしらは軍の仕事を一緒にできるってことになると思うけど、もしジャンヌ・ダルク号がそうなれなかった場合ってどうなると思う?」
ベティが少し困ったように言う。
「クリスがこの件について話してくれないので、何か言うのも難しいのですが、こういう時のクリスは、大抵思ったとおりの結果を持ってきますから、私はそれほど心配していません。まあ、ジャンヌ・ダルク号が軍に所属できなくても、何らかの形で皆さんをサポートすることはできると思いますよ」
そうなのか……、そういえば、クリスの叔父さんの話の時もそんなことを言ってたっけ。クリスとベティは、割と何でも情報を共有している
「……実は、クリスが初めてジョアンと会った時も、クリスはそのことを前もって私に話してくれなかったんですよ? まあ、理由はわかりもするのですが……」
そうか、クリスは、あたしと会う前はイマジナリーズの味方が欲しいと思ってはいても、それができるとは確信がなかったってわけだ。もし前もってベティに話しておけば、あたしを仲間にするために必要な情報を色々と補足してくれただろうが、同時にベティに『新しい仲間が増えるかもしれない』という期待を持たせてしまうことになるだろう。そして、それが叶えば問題はない、実際にあったことのように。でももし、叶わなかったら? ベティの味わう失望は、あたしなんかが
あたしは、ベティに言った。
「ベティ? きっとあたしがクリスでも、同じことをしたと思うよ。ベティが大切だから、言えることと言えないことがあるんだよ」
「はい……、そうですね。私もクリスやジョアン、デイジーが大切ですから、今ならそういう感じがわかる気がします」
ベティは落ち着いた口調で言った。あたしは、ベティがクリスの他に家族と思える存在を得て、精神的に成長しているように感じた。大切な存在ができたり、増えたりすると、きっと人は成長できるんだ。AIだって関係はない、誰かを大切だと思える意思さえあれば、AIだって人と同じように成長できるんだ。
「そろそろお食事のお時間ですよ。今日はジョアンの好きな草食獣のステーキと、デイジーの好きな根菜の煮物、クリスの好きな緑豆のポタージュ、それにサラダです。デイジーは、もう食堂で待ってますよ」
「もうそんな時間か、そういえば腹減ったな」
ベティの言葉を受けて、あたしは食堂へ移動した。ちょうどクリスも食堂へ入ってきたところだった。クリスは、あたしの顔を見て笑顔を浮かべた。あたしも右手の親指を立てて答える。
3人が夕食が並べられたテーブルに着いてから、クリスが言った。
「明日は、いよいよ基幹ステーションです。星間宇宙軍での私たちの立場がどうなるかはまだわかりませんが、それがどんなものであれ、軍に所属することが私たちの目的ではありません。軍への入隊は手段です。私たちの目的は、あくまで私の叔父を止めること、叔父を妄想から解き放って、私たちの銀河を守ることです」
クリスは、座ったまま水の入ったグラスを持って言った。
「我らの銀河に」
グラスを持ったあたしとデイジー、それにベティも続けて言った。
「我らの銀河に」
草食獣のステーキはうまかった。ちょっと変わったソースが掛けてあったんだ。
「この肉にかかってるソース、初めてだよね。うまいよ、すごくうまい」
「有理江さんからいただいた調味料を使ってみたんです。デイジー曰く、お肉料理にも合うそうなので」
ベティが教えてくれた。なるほど、そう言われてみれば、根菜の煮物の味にちょっと近い味だ。
デイジーが説明してくれる。
「その調味料は、野菜とか魚に使うことが多いんだけど、お肉にも合うんだって母さんが言ってた……、って話をベティとしてたんだよ」
なるほど、この肉ソースは有理江さん風なわけか。
「有理江さんが作ってくれた焼き魚はうまかったけど、デイジーの村では、肉もよく食べてたのかい?」
あたしが聞くと、デイジーは答えて言った。
「ううん? お肉は特別な時以外、食べなかったかな、お祭りの時とかね。草食獣は何種類か村にいたけど、お乳をとったりするためだったから。普段は、湖でとれた魚を食べることが多かったんだ。湖は大きかったし、魚もたくさんいたから」
クリスも話に加わって言った。
「私の故郷の集落だと、お肉とお魚が半々くらいだったかしら。お肉は、その為の草食獣をたくさん飼育しておりましたわ。お魚は、海や川が遠かったから、どうしても冷凍した状態のものしか手に入りませんでした。私は、お肉の方が好きで、お魚のときは、食事を用意してくれた母に文句を言ったりしましたわ。今にして思えば、バカなことをしたものだと思いますけれど……」
少し遠い目をしたクリスに、あたしは言った。
「まだ子どもだった頃だろ、あたしだってそんなもんさ。あたしの故郷の渓谷だと鳥を食べることが多かったけど、やっぱり貴重だったからいつも食べれたわけじゃなかった。食事に肉がでないときは、母さんに文句を言ってたよ。それで母さんに毎度言われてた、『黙って食べなさい』ってな」
あたしとクリスは、顔を見合わせてくすくす笑った。クリスが笑いながら言う。
「それにしても、有理江さんが出してくださったお魚は衝撃的でしたわ、おいしくって。新鮮なお魚があんなにおいしいとは、初めて知りましたもの」
あたしもクリスに同意して言った。
「そうだよな? あたしもそう思ったよ。あんなにうまい魚を食べたのは初めてだった。野菜料理もそうだったけど、有理江さんは料理がうまいよな。デイジーは、有理江さんに料理を教えてもらったりはしなかったのかい?」
デイジーが答えて言う。
「教えてもらってはいたけど、あんまり上手じゃないんだ。今も少しベティに教えてもらってるんだけど、やっぱりベティには敵わないよ」
「デイジーは、優秀な生徒ですよ、きっとすぐに私と同じように料理ができるようになると思います」
ベティがデイジーをフォローして言った。
その日はそんな感じで、みんなリラックスした夜を過ごした。星間宇宙軍への合流を目指して、英気は充分に養えたってわけさ。
to be continued...
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