解放
あたしが目を覚ました時、医務室のベッドに寝かされていた。体を起こすと、デイジーがベッドのあたしの寝ている横に突っ伏して眠っているのが見えた。デイジーの脇で寝ていたキィが、頭を上げてあくびをひとつする。
「デイジー?」
「ジョアン! 目を覚ましたんですね、よかった」
ベティの声がした。あたしは、どういう状況なのかわからなかった。
「ジョアンは、丸二日目を覚まさなかったんです。もう、気が気じゃありませんでしたよ……」
ベティが泣き声をあげる。くそ……、ベティにあたしを医務室で介抱させちまうとは不覚だった。
「泣くなよベティ、あたしは大丈夫だから。それより状況を説明してくれないか」
あたしは、あたしとクリスがデイジーを助けに行った日のことを、ベティに説明してもらった。あたしとクリスは、どうやらクリスの故郷を襲った
「クリスを置いて行かなくてはならなかったのは、辛かったのですが……」
ベティは、少なくともすぐにラスタマラ家の連中や例のイマジナリーズが、すぐにクリスに危害を加えることはないと判断、あたしとデイジーの保護を最優先としてその場を離脱、ジャンヌ・ダルク号に戻ってからは、最速で出港の手続き、準備を済ませて、ラスタマラ家が宇宙港をおさえる前にジャンヌ・ダルク号を宇宙港から出港させたそうだ。
さすがベティ……。クリスを置いて行かなくてはならなかったのは、さぞ辛かっただろう……。
「ここは、どの辺りなんだ?」
あたしは、ジャンヌ・ダルク号の現在地が気になって聞いた。
「この辺りは、ファナから300マイルほど離れたフェルディナ星の公海上です」
あたしは、思い切って聞いた。
「今、クリスはどうしてるんだ?」
「クリスは、ジョアンが目を覚ます少し前に目を覚まして、今はラスタマラ家専用の医療施設に収容されています」
ベティは、感情を込めない声で言った。あたしは、続けて聞いた。
「クリスは、これからどうなるんだ?」
ベティは、少し苦しそうに言った。
「ファナからは移動させるそうです。そのことについては、少し気になることが……」
「なんだい?」
あたしは、ベティの口調が気になって聞いた。ベティは、泣くのを我慢しているような声で言う。
「クリスを移送するのに、
あたしは、驚いて言った。
「クリスを他の星に移すっていうのか?!」
「まだ
ベティはそう言ったが、あたしは、その意味がわからなかった。
「あたしを?」
「はい、古いイマジナリーズの記録にあるんですが、イマジナリーズ能力者の間には、相性のようなものがあるんです。
ベティはそう言ったが、わたしはますますわからなくなった。
「天敵? だって、あたしはあいつの
ベティが説明してくれる。
「まず、能力の発動速度なのですが、面と向かった場合、
なるほど、面と向かった場合なら、"風"の方が早いってわけだ。
ベティが続ける。
「それと、頼りにしてよい情報かはわかりませんが、
「あの……」
デイジーが目を覚まして、あたしに声を掛けた。
「よう、デイジー。あたしを看病してくれてたのか? ありがとな」
デイジーは、涙で顔をくしゃくしゃにしながら首を振った。この子は、あたしのことも、クリスのことも、自分のせいだと思っているのだ。
あたしは、デイジーに言った。
「デイジー、お前はまた自分のせいだと思ってるな? 悪い癖だぞ? あたしやクリスに起こったことは、全てあたしらが自分たちの責任でやったことなんだ。デイジーが気にすることじゃないんだよ」
「はい……」
デイジーは、静かに頷いた。
「さて、クリスの救出作戦を考えないとな。ベティ? 何かアイデアは?」
ベティは、比較的いつものベティの口調に戻って言った。
「ラスタマラ家専用の医療施設にいる間は、警備が厳重すぎて手を出せません。クリスを救出できるとすれば、やはりラスタマラ家の
「相手もそれを待っている可能性がある、か……」
あたしは、ベティに続けて言った。
「あの……、実は、今まで黙っていたことがあるんです……」
デイジーが、おずおずと話し出した。さっきまでのデイジーとは雰囲気が違って見えたので、あたしは少し興味を持った。にやっと笑って言う。
「なんだい? 怒らないからいってみな?」
デイジーは、口を尖らせて言った。
「いじわる言わないでください……。母さんが言ってたことなんですけど、母さんや僕のようなタイプの能力者にはいくつか特徴があって、その一つは、相手が同じ
あたしは、前にデイジーから聞いていた、同じ村の子に
「ということは、やつに触ることさえできれば、
あたしは、考えながら言った。しかし……。
「でもそれは、デイジーがあのラスタマラ家のイマジナリーズの至近距離にいる必要があるということです。あまり現実的ではないのでは……」
ベティが言う。あたしも同感だが……。
「デイジーのその能力は、ラスタマラ家のイマジナリーズには知られてないのかな、デイジー?」
デイジーは、あまり自信のなさそうに答えた。
「多分……、母さんは、このことをお祖母ちゃんから聞いたって言ってました。その他は、誰も知らないはずだって……」
あたしは、デイジーを抱きしめて言った。
「デイジー……。こちらに相手の知らない能力があるっていうのは、すごく大きな
デイジーは、あたしをぎゅうっと抱きしめ返して言った。
「ありがとう、ジョアン。僕を守ってくれるって言ってくれたもんね。でもクリスティーナさんは、僕を助けてくれたもの……。あの時のクリスティーナさん、かっこよかった……」
あたしは、自分を不甲斐ないと思いながら言った。
「そうだろう? クリスは格好いいだろう? でも、やっぱりデイジーを危ない目に合わせるのは……」
おずおずとベティが口を挟む。
「敵の知らない要素を保持することは確かに大きな
「よし、じゃあまず、ジャンヌ・ダルク号でラスタマラ家の
あたしがそう言うと、デイジーは、またおずおずと口を開いた。
「あの……、実はもう一つお話していないことが……」
あたしは、またにやっと笑って言った。
「なんだい? 怒らないから言ってみな?」
デイジーは、また口を尖らせて言う。
「もう、いじわるですね、ジョアンは。……実は、僕の本当の能力は、
「なんだって? どういうことだい?」
あたしは、どういうことかわからずに聞いた。デイジーは説明して言った。
「それは…………」
あたしは、デイジーの話を聞いて驚いた。イマジナリーズにそんな能力者がいたと聞いたことがなかったからだ。
「驚いたぜ、そんな話は初めて聞いた。ベティは?」
「いえ……、私が持っている記録にもありません。確かにその能力を監禁されているクリスに対して使えれば、
ベティも驚いたようだ。あたしは言った。
「よし、作戦に目途が付いたな。まず、あたしが敵船内を調査した後、改めてデイジーの能力を考慮に入れた作戦を考えるってことだ。いいかい? ベティ?」
ベティは、心配しているような声で答えた。
「はい、ただ、いずれの場合でも、作戦全体を考えれば、
それから、ベティがラスタマラ家の
「まっすぐクリスを他の星へ移送することを考えた場合、
「よし、それならジャンヌ・ダルク号は、クリスを乗せたラスタマラ家の
そして、あたしらは、ラスタマラ家の
「ところでベティ……、ジャンヌ・ダルク号って、どのくらい遠くなら相手のレーダーに引っかからないでいられるんだ?」
ベティは、えっへんと言った様子で答えた。
「この
あたしには少し難しい話だった……。まあ、気を付けるに越したことはないってことだな。
「来ました! ラスタマラ家の
ベティが声をあげる。ジャンヌ・ダルク号のブリッジに緊張が走る。あたしは、ブリッジ正面のモニタに映し出されたラスタマラ家の
そして、ベティが驚いたような声をあげた。
「甲板に……、クリスが……」
あたしとデイジーは、モニタに映し出されたラスタマラ家の
「クリス……」
あたしは、そう呟いた後、デイジーに聞いた。
「ベティ? わかる範囲でいいから、クリスの状況を教えてくれ」
「ラスタマラ家の
なるほど……、隠れるところもない甲板上にクリスを置いて、助けに来た人間をハチの巣にしようってことか……。
「クリスは、あのままじゃ向こうのイマジナリーズに
「僕も行きます!」
デイジーが言う。
「ここまで来てこんなこというのもなんだけど、やっぱりデイジーが行くのはあぶないよ」
あたしは、やっぱりデイジーを作戦に参加させることに躊躇したんだ。
「あの、多分、向こうのイマジナリーズの人、僕を傷つけないと思います」
デイジーがそんなことを言ったが、あたしは信じられなかった。
「ほんとか? いきなりそんなこといわれても信じられないよ」
「本当かもしれません」
ベティが口を挟む。
「デイジーを医務室で診察した時、ファナで負ったけがの治療をしましたが、それ以外のけが等は全くなくて、栄養状態もとてもよかったんです。テリエス家では、かなり健康にも配慮されて監禁されていたのではないでしょうか」
ベティは説明してくれたが、あたしは首をひねった。
「同じ
デイジーが言う。
「見た目も雰囲気も怖い人で、ほとんど口も聞きませんでしたけど、僕をこの星に連れてきたとき、一言だけ言ったんです、『もっと他の世界を見る必要がある』って」
それは賛成だが……、どちらにしても、あまり迷ってもいられない。
「クリスの話に戻そう。対人武装なら、あたしのカマイタチで壊すこともできるかもしれない。ただ、あたしがクリスが繋がれているワイヤを切断できたとしても、クリスが逃げるまでに使える時間は最大でも2秒ってとこだろう。クリスとデイジーは、海に向かって飛び出す以外にできることはなさそうだぞ」
「それでいいです。クリスティーナさんと海に飛び出して、クリスティーナさんに僕の能力を使います」
デイジーが、妙に自信のあるような感じで言った。
「デイジーの本当の能力ってやつか……。ぶっつけ本番っていうのがな……」
あたしがそう言うと、デイジーは答えて言った。
「母さんは、この能力を、『不可能を可能にする力』って言っていました。どうなるかは、正直僕にもわかりませんが、何とかなると思っています」
くそ! 他に手段がない上に時間もない。うかうかしていると、ラスタマラ家の
「予備のパラシュートを忘れずに持っていくんだぞ。それじゃ、作戦決行だ!」
あたしとデイジーは、ジャンヌ・ダルク号の後部ハッチ前にいた。あたしは、デイジーに言った。
「一緒に飛び出た後、10数えたらパラシュートを開くんだ。そしたら、あたしが"風"になってデイジーをクリスの近くまで運ぶ。デイジーは、あたしがクリスの繋がれているワイヤーを切断したら、すぐにクリスと一緒に
デイジーは、何も言わずに、グッと親指を立てた。
「それじゃ、いくぜ!」
あたしとデイジーは、ジャンヌ・ダルク号を飛び出した。
少しして、デイジーがパラシュートを開く。あたしはデイジーのパラシュートを"風"で包んで、できるだけ直線距離でデイジーをラスタマラ家の甲板に運んだ。
「クリスティーナさん!」
デイジーが、クリスと
しかし、ラスタマラ家の
「どけ! 邪魔だ!」
デイジーが言い返す。
「どきません! 僕は、この人たちと行きます!」
あたしは、その間にクリスが繋がれているワイヤーを切断する。
「カマイタチ!」
"風"の状態が解除されたが、甲板の上には降りられないので、そのまま海に向かって落ちていく。
「切ったぞ! 逃げろ!」
デイジーは、クリスを促して海へ向かって飛んだ。クリスがあきれたように言う。
「なんて無茶を……、ジョアン! この子のパラシュートを開いて! 早く!」
あたしは、落下しながら二人を見ていたが、再び能力を発動して二人のそばまで行った。デイジーのパラシュートは、ぐるぐると絡まったまま開きそうにない。デイジーが叫ぶ。
「クリスティーナさん! 時間がないんです、何も言わずに、僕の言うことを受け入れて、復唱してください!」
クリスは、デイジーが初めて見せた気迫に感じ入ったようだ。にっこり笑って言う。
「わかりましたわ、デイジー、あなたに任せます」
デイジーは、クリスをぎゅうっと抱きしめてから、叫び声をあげた。
「
クリスがデイジーの後に続けて言う。
「
ドクン!!
あたしは、そのときクリスの体が光ったと思った。その時、クリスは子どもの頃に触れた白い大きな鳥のことを思い出していたそうだ。
「なんてこと……、今なら……」
クリスはそう呟いた後、また何やら口ずさみ始めた。
「組成と構成、骨……、筋肉、皮膚……、そして羽根……」
クリスとデイジーは落下し続けている。ラスタマラ家の
そして、クリスが叫んだ。
「形状は、翼!」
クリスの背中から、長く伸びる骨が形成されていって、その周りを筋肉と皮膚が覆っていった。そして最後にそこから白くて美しい羽根が生えた。
あれは……、翼だ! クリスの背中から白くて大きな翼が現れた!!
クリスが言う。
「ジョアン! ラスタマラ家の
クリスは、生成されたばかりの大きな翼で何度か羽ばたいて、デイジーを抱えたまま、ものすごい速さで飛び始めた。
「これが私の翼……、夢みたい……」
クリスが文字通り夢を見ているような表情で言った。どうやらデイジーの能力を使った作戦は、うまくいったようだ。あたしは、クリスと一緒に飛びながら言った。
「よかった! クリス! デイジー! 早く帰ろう、ベティが待ってるぜ!」
その頃、ラスタマラ家のイマジナリーズは、こんなことを言っていたそうだ。
「まさか、まさか……あの子は、
to be continued...
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