デイジー

「あの子はどうしてるんだ?」

 あたしは、食堂でベティに入れてもらったコーヒーを飲みながら、後から食堂に入ってきたクリスに聞いた。ファナの貧民街スラム近くで見つけたイマジナリーズの子どもをジャンヌ・ダルク号まで連れてきたあと、クリスがその子を医務室に連れて行ったんだ。


 クリスの代わりにベティが答えた。

「鎮静剤を投与して、眠ってもらっています。頭部は少し切れていましたが、大したことはありませんでした。脳波も取りましたが、異常なしです。でも、背中にたくさん打撲痕だぼくこんがありました。相当殴られたように見えます。貧民街スラムの近くとはいえ、どうしてあんなことになったのでしょう……」

 クリスが続ける。

「あの子が眠ってから服を脱がせて体を拭いたのですけれど、ひどいアザでしたわ。あれは、しばらく痛むでしょうね」


 あたしは、改めて頭に血が上りかけたが、ふと思い出して言った。

「あの猫は、どうしてるんだい?」

 ベティが答える。

「あの子どものそばを離れようとしません。流動食をあげてみたのですが、手をつけようとしませんでした」


 あたしはベティに言った。

「ミルクをあげたりしないあたりが、さすがだね」

 ベティは、ふふん、という感じで言った。

「もちろんです。子猫にミルクなんてあげたら、お腹をこわしてしまいますから」


 クリスも加わって言った。

「あら、私だったらミルクをあげちゃうところでしたわ。いけませんの?」

 あたしは、答えて言った。

「猫は、ミルクの……なんとかって成分をお腹で分解できないんだってさ、昔、母さんから聞いたんだ」


「乳糖ですね」

 ベティがフォローしてくれた。クリスが関心したように言う。

「知りませんでしたわ。ジョアンは、猫を飼ったことがありますの?」

「ああ、あたしのうちには、たくさん猫がいたよ。ほとんどの子は母さんになついてたけど、あたしになついてくれてた子もいたよ。兄弟みたいなもんだった」

 あたしは、故郷で一緒に暮らしていた猫たちのことを思い出しながら言った。


 クリスが、珍しく羨ましそうに言う。

「それは、ちょっと羨ましいですわ。私は、犬が飼いたかったんですけれど、両親が許してくれませんでしたの」

 あたしは、クリスの珍しく微笑ましい話にくすりと笑った。すると、クリスがふと思いついたように言った。

「嫌なことを言うようですけれど、あの猫は、あの猫自身の意思で、あの子のそばにいるのかしら……」


 あたしは、ハッとした。まだ確実ではないのかもしれないが、あの子どもは支配ドミネイトのイマジナリーズだという話なのだ。クリスがうめくように言う。

「味方にしたい、とは言いましたけれど、正直、イマジナリーズの中でも、支配ドミネイトの能力は、私にはとても恐ろしく感じますわ……」


 クリスの言葉を聞いて、あたしは考えないようにしていたことを改めて意識せざるを得なかった。クリスの故郷を滅ぼした支配ドミネイトの能力を持ったイマジナリーズを、仲間として受け入れることができるかについてだ。


「クリス……、そのことは……」

 あたしが言いかけると、クリスが遮るように言った。

「わかっていますわ。あの子に言ったりしませんわよ」

 クリスは、そう言って唇を噛んだ。あたしは、クリスの気持ちを思って少し苦しくなった。クリスだって、あの子が自分の故郷を滅ぼしたわけじゃないことくらい、わかってるんだ。でも、自分の故郷を滅ぼした能力と同じものが目の前に現れたら、誰だって動揺するんじゃないか?


 ベティが声をあげる。

「あの子どもが目を覚ましました。薬が効きにくい体質のようですね……。こちらへ呼びますか?」

 あたしは、ベティに言った。

「いいよ、あたしが行く」

 あたしは、医務室に向かった。クリスは、食堂に残っていた。


 医務室に向かいながら、あたしはベティに言った。

「この宇宙船ふねに医務室があるなんて知らなかったよ。まあ、ないわけないんだよね」

 ベティが、少し困ったように答える。

「すみません……。こんなことをいうのもなんですが、私、医務室って好きじゃないんです。必要とか、不要とかっていうことではなくて……」


「わかってるさ。あたしが医務室がどこか知らなくたって、あたしに何かあれば、クリスやベティは、医務室であたしを介抱してくれるだろうってことくらいはね。ベティはただ、あたしやクリスが、医務室が必要になるような事態になる可能性を考えたくなかっただけなんだよな」

 ベティは答えなかった。でも、あたしには充分だった。


 あたしが医務室に入ると、その子ども……、デイジーは、ベッドのそばにしゃがんで猫がご飯を食べるのを見ていた。頭に巻かれた包帯が痛々しい……。あたしは、できるだけそっと声を掛けた。


「やあ、デイジー。けがの具合はどうだい?」

 デイジーは、こちらに顔を向けることもしないで、そのままこくんと頷いた。あたしは、予想以上にデイジーの反応が渋かったので、どう話しかけたらよいのか、わからなくなってしまった。


 ご飯を食べ終わった猫の頭を撫でながら、デイジーが口を開いた。

「どうして、僕を助けてくれたんですか?」

 感情のこもっていない感じの話し口だった。警戒してるんだろう、無理もない。

「助けたのは、反射的にっていうのが本当のところさ。あたしゃ弱いものイジメが大嫌いだからね」


 デイジーは、少し驚いたように顔をあげてこちらを向いた。

「僕が支配ドミネイトのイマジナリーズだから、助けてくれたんじゃないんですか?」


 あたしは正直、その辺については、あまり詳しく話したくなかったのだが、観念して話した。

「テリエス家につかまっている支配ドミネイトのイマジナリーズを探してたのは本当さ。でも、デイジーを助けたときは……、子どもが大人に棒で殴られているのが見えたもんで頭に血が上っちまって……、あんときゃ、弱いものイジメをしているやつを懲らしめることしか頭になかったね」


 きょとんとした顔で、デイジーが言った。

「もし僕が探しているイマジナリーズじゃなかったら、どうするつもりだったんです?」


 いい突っ込みだ。あたしは、左右の手の平を上に向けて言った。

「お手上げさ。もちろん、デイジーがイマジナリーズじゃなくたって、ちゃんと手当てはしたぜ。でも探してたイマジナリーズじゃなかったってんなら、デイジーの手当てをしたあと、どこに行っちまったかもわからなくなったそのイマジナリーズを改めて探しにいくはめになってただろうね。ああ、その頃はもう、ラスタマラ家のやつらに先を越されてたかもな……」


 デイジーは、ぷっ、と吹き出して言った。

「変なの!」

「うるせ! わかってら!」

 あたしとデイジーは、顔を見合わせて笑った。あたしは、初めてこの子の笑った顔を見たと思った。子どもらしくて、かわいらしい顔だ。ひとしきり笑った後、少し沈んだ顔でデイジーが言った。

「でも、僕の支配ドミネイトの能力って、思ってもらっているほどすごいものじゃないと思います。きっと、がっかりしますよ」


 あたしは、急に子どもらしくない顔になったデイジーの頭を、くしゃくしゃと撫でまわして言った。

「子どもがそんなこと気にするんじゃねぇって! 子どもは大人に甘えてりゃいいんだよ」


 デイジーは、くすりと笑って言った。

「変わった人なんですね、ジョアンさんって」

「"さん"づけはいらないよ、ジョアンでいい。でないとデイジーのことも『デイジーちゃん』って呼んじまうぞ?」

 あたしとデイジーは、また顔を見合わせて笑った。


 あたしは、デイジーにできるだけ安心してもらいたいと思って、まずは自分のことを話すことにした。

「これまでのことを話そうか。あたしは、変化チェンジのイマジナリーズなんだ。あたしの故郷は、辺境の銀河の、さらに辺境の星にある、とある渓谷でね……」

 あたしは、まずこれまでのことを、クリスの故郷の話を除いて、全て話した。


 デイジーは、目を輝かせて言った。

「僕、支配ドミネイト以外のイマジナリーズに会うのって、初めてなんです。"風"になれる能力って、見せてもらってもいいですか?」

 あたしは、にっこり笑って言った。

「いいとも。でもここじゃちょっと狭いから、広いところへ行こうか。おっと、その前に」


 あたしは、ベティを紹介しないといけないと気が付いて言った。

「ベティ? 話したくてうずうずしてただろ? 自己紹介をどうぞ」


「初めまして、デイジーさん……。私は、自立自由思考形AIのベティって言います。この宇宙船ふね、ジャンヌ・ダルク号を始め、いくつかの乗り物の制御コントロールと、クリスやジョアンの身の回りのお世話をしています。よろしければ、デイジーさんと、お友達の猫ちゃんの身の回りのお世話もさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」

 ベティは、随分自信がなさそうに言った。自分を受け入れてもらえるか、不安のようだ。


 デイジーは、にっこり笑って言った。

「初めまして、ベティ。こちらこそ、よろしくお願いします。面倒じゃなかったら、是非、僕とキィのお世話もお願いしたいです。キィは、僕の大事な友達なんですよ。あと、ジョアンじゃないけど、僕も"さん"づけはいらないです、ベティとも友達になりたいですから」


「ジョアンん……」

 ベティは、とてもうれしかったようだ。なるほど、こういうときにクリスがくすくす笑っていた気持ちが、あたしにもわかったと思った。あたしは、ベティに言った。

「なんて声出すんだい。でも、よかったね」


 デイジーは、とてもやさしい子のようだ。どちらかというと、子どもらしくないくらいだと思った。子どもが子どもらしくないときは、それなりの事情があるもんだ。その事情がどんなものかはわからないが、あたしは、デイジーのことが少し心配になった。


「トレーニングルームへ行こう」

 あたしは、立ち上がって言った。デイジーは、キィを抱いて立ち上がった。


 あたしは、デイジーを案内して広い方のトレーニングルームに来た。そして、ベティに、空き缶を一つ持ってきてもらって、トレーニングルームの中央あたりに置いてもらった。


「それじゃ、いくよ」

 あたしは、能力を発動して、"風"で空き缶を巻き上げた。空き缶は、くるくると巻き上げられて舞い上がった。あたしは、一旦空き缶から離れてから、くるくると回りながら落下している空き缶に狙いをつけた。

「カマイタチ!」

 空き缶は、落ちきる前に真っ二つになって吹っ飛んだ。あたしは、能力を解除してトレーニングルーム中央辺りに降り立った。


「ざっと、こんなもんさ」

 あたしが、ふふん、というように言うと、デイジーは目を輝かせて言った。

「すごい! ジョアンの"風"、すごい! 缶が真っ二つになっちゃった!」

「ありがとう。能力をここまでにするには少し苦労したから、褒めてもらえるとうれしいね」

 あたしが言うと、デイジーは、少しうつむいて言った。

「それに比べると、僕の能力は、随分見劣りがする感じなんです。僕のことなんて、いらないって思うかもしれません」


 あたしは、慌てて言った。

「おい! そんなこと気にしなくっていいんだ! 能力なんて関係ないんだよ、そんな心配すんな!」


 子どものする心配じゃない……、あたしは、堪らなくなった。これまでのこの子に、何があったっていうんだ?

 あたしは、自分が吹き飛ばした空き缶を片付けながら言った。

「デイジー? あたしの部屋へ行こう。落ち着いて、もう少し話をしたいんだ」


 ベティが口を挟む。

「ええと、ジョアンのお部屋に暖かい飲み物を持っていきますよ。ジョアンはコーヒーでいいですか? デイジーは、紅茶とコーヒー、どちらが好きですか?」

 デイジーは、おずおずと答えて言った。

「もし、緑茶があるなら……」

「もちろん、ありますよ。それでは、コーヒーと緑茶をジョアンのお部屋に持っていきますね」


 あたしは、ベティに感謝して言った。

「ありがとう、ベティ。今回はあたしも緑茶がいいかな、頼めるかい?」

「はい、緑茶二つですね、持っていきます!」

 ベティが答えて言う。あたしは、かわいい妹分がいることをとてもありがたく思った。


「どうぞ入って。遠慮しないでいいからさ」

 あたしは、部屋へデイジーを招き入れて言った。デイジーが驚いたように言う。

「広い……」

「だろ? あたしもこの宇宙船ふねに来る前は、もっと狭い部屋しか泊まったことがなかったからさ、最初の頃なんかは、落ち着かなくって困ったよ」

 あたしがそう言うと、デイジーは、少し固い表情でくすりと笑ったが、そのまま少しうつむいてしまった。


「こっちへ来て、座らないか?」

 あたしは、ベッドに座ってから、デイジーを自分のとなりに呼んだ。デイジーは、うつむき加減で猫を抱いたまま、ゆっくり歩いてあたしの隣に座った。


 ベティの声がする。

「お茶を持ってきました……」

 ドアが開いて、ポーターロボットが入ってくる。

「ありがとう、ベティ。ベッド脇のテーブルに置いておいてくれ」

 ポーターロボットが、無駄のない動きでベッド脇のテーブルに緑茶の入ったカップを置き、そのまま部屋を出て行った。


「あの、あたしもお話を聞いていていいですか?」

 ベティが、おずおずと聞いてきたので、あたしはデイジーに聞いた。

「ベティにも、聞いててもらっていいかい?」

 デイジーは、こくんと頷いた。


「なあ、デイジー……」

 あたしは、ベティの淹れてくれたお茶を飲みつつ、できるだけデイジーに安心してもらえるように気をつけて言った。


「デイジーさえ迷惑じゃなかったら、あたしにデイジーを守らせてくれないか? 無理にとは言わないよ。でもあたしは、デイジーみたいな子どもが、そんな暗い顔をしているのが堪らないんだ。なんとか力になりたいんだよ」

「僕を守ってくれるって……、ジョアンになんの得にもならないのに……」

 デイジーが、沈んだ声で言った。


 あたしは、心の中で誰だかもわからない相手に悪態をついて言った。くっそ、誰だ! この子にこんなことを言わせるようにしちまった奴は!

「得か……、あたしは、デイジーが笑ってくれてた方がうれしいんだ、それがあたしの得なんだよ、それじゃだめかい?」


 デイジーは、少し表情を柔らかくして言った。

「ほんとうに変わった人なんですね、ジョアンは……」

 そして、デイジーもお茶をすすりながら、ぽつりぽつりとではあったが、これまでのことを話してくれた。


「僕は、ここからすごく離れた星の、深い森の奥にある村で生まれたんです。そこでは、支配ドミネイトのイマジナリーズ能力を持った人たちがたくさん住んでいました。村の人たちは、支配ドミネイトの能力で大きな獣を使役して、狩りをしたりしていました。でも、僕はそれができなくって、村ではいつも馬鹿にされてたんです」


「そのときのデイジーには、まだ支配ドミネイトの能力がなかったってことかい?」

 あたしは、不思議に思って聞いた。デイジーは、首を振って言った。

「いえ、いっそ支配ドミネイトの能力なんてなかった方がよかったのかもしれないのですが、あることをきっかけに、僕にも能力があることがわかったんです」


「あること?」

 あたしが聞き返すと、デイジーは、少し苦しそうに話を続けた。

「あのとき僕は、ある村の子から、少しいじわるをされてたんです。その子は、もう獣を何頭も使役できていて、才能があるって評判の子でした。少し言い合いになって、その子が大きな声を出して僕の腕をつかんだんです、そうしたら……」


「うん、そうしたら?」

「その子が、急に意識を失って倒れてしまって……。普通、支配ドミネイトの能力は、同じ支配ドミネイトの能力を持っている相手には、効きにくいそうなんです。なのにその子には、僕の能力が効いてしまったので、よほど僕がその子の支配ドミネイトを強く念じたんだって、周りの大人の人たちから、たくさん責められました」


 あたしは、黙って聞いていた。デイジーは続けた。

「村の人たちの間で色々話して、そのとき僕は母さんと二人で暮らしていたんですけど、僕と母さんだけ、村から出なくちゃいけなくなったんです」


「そんな無茶な……、気を失ったって子は、そんなにひどいことになったのかい?」

 あたしは、驚いて言った。デイジーは、また首を振った。

「いいえ、その子は、少ししたら目を覚まして、自分がどうして気を失ったのか、覚えていないって言っていたそうです」


「それなら……」

 あたしが言いかけると、デイジーはそれを遮るように言った。

「村には厳しいルールがあって、人に対しては、決して支配ドミネイトの能力を使っちゃいけないって言われていたんです。僕もそれは母さんから言われて知っていました。ただ、僕は自分に能力があるなんて思っていなかったので……」


「つい、能力を使っちまったってわけかい?」

 あたしがそう聞くと、デイジーは答えて言った。

「そんなつもりはなかったんですけど……、あの時は、腕を掴まれてびっくりしたんです。それで、やめて欲しいって思っただけだったんです……」


 あたしは、あたしが初めてデイジーを見たときの光景を思い出していた。あの時、デイジーの周りには、既に二人の男が気を失って倒れていた。ただ、なるほどと思う一方で、腑に落ちない点もあった。


「村から出て、どうしたんだい? ちゃんと暮らせていたのかい?」

 あたしは、その時のデイジー親子が心配になった。デイジーは続けて言った。

「はい。村から出なくちゃいけなくはなりましたけど、お母さんは定期的に村に行って、色々助けてもらっていたみたいです。僕は、母さんを助けたくって、獣を使役しようともしたんですけど、うまくいかなくて……」


 「差し支えなければ教えて欲しいんだけど、支配ドミネイトのイマジナリーズ能力って、どうやって使うんだい?」

 あたしは、デイジーのことが知りたくて聞いた。デイジーは教えてくれた。

支配ドミネイトの能力者は、対象とする獣や人の近くに行くと、能力発動前の状態として、相手のことをある程度感じ取れるんだって聞いています。意思や感情を感じ取れる相手には、自分の意思や感情を相手が受け入れるようにイメージすることで、文字通り支配ドミネイトできるんだって、母さんから教わりました」


「いいにくかったら答えなくてもいいんだけど、デイジーも近くの人間の意思や感情なんかを感じ取れたりするのかい?」

 あたしは、慎重に聞いた。デイジーは、苦笑いして言った。

「いいえ、それがさっぱりなんです。僕個人としては、それでよかったのかもしれないって思ってますけど……」


 あたしは、デイジーが、自分に対してあたしらががっかりするだろうと言ったことの意味が分かったように思った。そうだ。デイジーがあたしの意思や気持ちを感じ取れるなら、こんなに自分を卑下したりしないんじゃないか。うまくいかないもんだと思ったとき、同時に、これならある程度クリスの故郷のことを話しても大丈夫なんじゃないかとも思った。


 デイジーは話を続けた。

「普通、支配ドミネイトの能力者は、離れている相手でも支配ドミネイトできるそうなんですけど、どのくらい離れている相手にそれができるかは、能力者次第なんだそうです。僕の場合は、相手に触っていないと支配ドミネイトできないタイプなんだって、母さんは言っていました。ただ、どちらにしても僕……、能力を使おうと思うと、どうしても村の子を気絶させてしまったときのことを思い出してしまって、怖くて……」


 この子はやっぱりやさしい子なんだ。お母さんがいい人だったんだろう。あたしは、デイジーのお母さんについても聞いてみた。

「これもいいたくなかったら答えなくていいんだけど……、お母さんは、支配ドミネイトのイマジナリーズ能力は使えなかったのかい?」


 デイジーは、くすりと笑って答えた。

「そんなに気を使わなくっても大丈夫ですよ。母さんは、僕と同じタイプなんだって聞いたことがありますが、能力を使ったのを見たことはないですね。獣を使役してもいなかったので、村にいたときから、村の人たちに随分助けてもらっていたんです」


 気を使わないでいいと言われて、鵜呑みにするのは危険なものだ。あたしは、言葉を選ぶようにして改めてデイジ-に聞いた。

「村の人たちから追い出されたっていうから心配したが、結構助けてもらえていたのかい? お腹をすかせてたりはしなかったのかい?」

「はい。村から出て行けば、それ以上のことを村の人から求められることはなかったようです。どちらかというと、村の人たちは母さんに同情してくれてたみたいです……」


 あたしは、デイジーが自分を卑下する理由がわかってきたように思った。自分のせいで、母親が村にいられなくなったと思っているのだ。それなのに、母親の役に立つこともできなかったと……。

「デイジー? お母さんが村にいられなくなったのは、デイジーのせいじゃないよ」 

 デイジーは、目に涙を浮かべて言った。

「でも……」

 あたしは、デイジーをぎゅうっと抱きしめて言った。

「きっとお母さんだって、そんなことを思ってやしなかったさ」

「……はい」


 こんな風に話したって、デイジーの心は簡単に癒えたりしないのかもしれない。でも、話さないよりはずっとマシだとあたしは思う。そして、デイジーとクリスのために話しておかないといけないことがある。

「デイジー……。これもデイジーのせいじゃないことなんだけど、聞いておいてもらった方がいいことがあるんだ」

 デイジーは、あたしに抱きしめられながら言った。

「はい……。なんでしょう」


 あたしは、クリスの故郷に起こったことをデイジーに話した。デイジーは、黙って聞いていた。

「クリスの故郷に起こったこととデイジーは無関係だってことくらい、あたしもクリスも、ベティだってわかってる。それでもクリスから見たら、動揺するようなことがあるもんなんだ」

「……そうですね、そう思います」

 デイジーは、小さな声で言った。


 あたしは、たっぷり考えてから言った。

「今日だけ、別々に食事をする。明日からは、一緒に食べよう。今日の内にクリスと話をするよ」

「……わかりました。でも、クリスティーナさんの気持ちを尊重してあげてください。僕は大丈夫ですから」

 デイジーの子どもらしくない言い方に、あたしは堪らなくなって言った。

「……ありがとう、デイジー。でも、できるだけ気にしないでくれ。頼むから」


 頃合いと見たのか、ベティがデイジーに声を掛けた。

「デイジー? デイジーのお部屋へご案内します。お腹は空いていませんか?」

「ありがとう、ベティ。キィと僕のご飯をお願いします。でも、お部屋は広くなくていいですからね」

 ベティは、ふふ、と笑って言った。

「お食事の方は、お任せください。すぐにお部屋へお持ちしますね。お部屋の方は、ちょっと遅かったです、クリスやジョアンと同じ間取りのお部屋を、もうご用意しちゃいました」


 あたしは、ベティに感謝して言った。

「ありがとうベティ。クリスは食堂かい?」

「いいえ。お部屋へ戻りました」

 ベティはそう言ってから、続きをあたしの耳元でだけ聞こえるように、ひそひそ声で言った。

「食欲がないって言ってました……」


 あたしはこっそり頷いてから、デイジーに声を掛けた。

「それじゃ、デイジーは部屋へ行って、しっかりごはんを食べてくれ。食べ終わったら、一緒に風呂に入ろう。この宇宙船ふねの風呂は、結構すごいんだぜ」

「僕は男なんですから、女性のジョアンと一緒にお風呂に入ったりはしないんですよ!」

 デイジーは、そう言いながら手を振って部屋を出て行った。



to be continued...

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