捜索
「ちょっと、もう少し落ち着いて……、何を言っているのか、わかりませんわ」
クリスが困った様な声を上げる。しかし、困っているのはこっちも同じだった。
崖の中継地点まで戻ってから、あたしはテリエス家別邸でのことを何とかクリスに伝えようとしたのだが、頭がこんがらがっちまって、うまく伝えられなかったんだ。
「だから、いなかったんだよ、イマジナリーズは……。ああ、今まではいたらしいんたけど、あたしが潜入したときには、いなくなっちまってたらしいんだ」
あたしは、何とか落ち着こうとしながら言った。クリスがため息をついて言う。
「とにかく、一度ジャンヌ・ダルク号に戻った方が良さそうですわね。あなたは一度、深呼吸でもしなさいな」
あたしは、ハッとしてクリスに言われた通り、ゆっくり深呼吸をした。そんなことも思いつかなかったんだ。そして、ようやく少し落ち着いてからクリスに言った。
「待ってくれ、クリス! あたしの話を聞いてくれ」
あたしは、テリエス家別邸で聞いたことを話した。
「逃げた? ガキ??」
クリスは、混乱したようだったが、
あたしは、今まで思っていても聞けなかったことをクリスに聞いた。ここいらが聞き時だと思ったんだ。
「クリス、おまえはこのイマジナリーズが、クリスの故郷を襲った奴だと思ってたんじゃないか?」
クリスは、ハッとしたような顔をした後、厳しい顔つきになって言った。
「可能性の一つとしてですけれど……、そうですわ」
あたしは続けた。
「クリスが、故郷を滅亡させたイマジナリーズを探し出して、どうしようとしていたかは、一旦置いとくぜ。とにかく、今回の
クリスは、躊躇せずに答えた。
「敵でないのなら、味方にしたいですわ」
こんなことも、クリスには想定内ではあったようだ。あたしは、にやっと笑って言った。
「OK! じゃあラスタマラ家の奴らより、先にそのイマジナリーズを確保……、いや保護するってことでいいんだな?!」
クリスも、にやっと笑い返して言った。
「もちろんですわ」
そして続けて、クリスとあたしは、ほぼ同時に言った。
「ならイマジナリーズを保護するのは、今が
「そのイマジナリーズを保護するなら、今が
「待ってください!」
ベティが口を挟む。
「五分程前から、ラスタマラ家の業務回線が大騒ぎになっています。逃亡したイマジナリーズを追って、かなりの数の追手を出しているようです。かなり混乱していて、なりふり構わないような状態です。今彼らに出くわすのは、とても危険です!」
こんなに動揺した感じのベティは初めてだった。あたしら二人が心配なようだ。
ベティの言葉を受けて、クリスが言った。
「そうですわね……。ベティの言うことはもっともですわ。やっぱり一旦、ジャンヌ・ダルク号に戻って作戦を練り直しましょう」
あたしは、
「では、ジャンヌ・ダルク号に戻りましょう。できるだけ目立たないように」
中継地点とした場所が別邸から遠かったこと、そして動き出したタイミングが早かったことが幸いし、海岸沿いの崖からジャンヌ・ダルク号までの道程で、あたしらはラスタマラ家の連中に出くわすことはなかった。
そして、ジャンヌ・ダルク号まで戻ってきたあたしらは、食堂でこれからのアクションについて、意見を出し合うことにした。
あたしは言った。
「すぐに行動を起こすべきだ。そのイマジナリーズは、まだ子どもなんだろう。すぐにラスタマラ家の奴らに取っ捕まっちまうぞ。今、ビースト・ハンターはどうしているのか、情報はないかい? ベティ」
ベティが答える。
「ラスタマラ家の要請に応える形で、ビースト・ハンターらしい人物が呼び出されています。どうもそのイマジナリーズが別邸からいなくなったときには、ビースト・ハンターはテリエス家別邸にいなかったようですね」
クリスがベティに尋ねる。
「
「はっきりと言及されていませんが、ビースト・ハンターが所有しているように聞こえます。ただ、一つ一つの会話が混乱気味なので、真偽を判定しにくいですね」
ベティは、慎重に答えた。この辺りは、どうしてもベティの情報が頼りなので、ベティも随分気を使っているようだ。
あたしは、少し考えてから言った。
「あたしの考えが間違ってなければ、そのイマジナリーズが別邸からいなくなったこと以外、今も別邸潜入前と状況は変わっていない。それなら、基本的な方針は同じでいいんじゃないか」
クリスがあたしに尋ねる。
「その状況っていうのは、『どういう状況かわからない』ってことですわね。 つまり、どういうことですの?」
ベティが、あたしの代わりに答える。
「ジョアンがいいたいのは、まずはジョアンのイマジナリーズ能力で状況の把握、つまり捜索を行うということだと推測します。いくつか方法はありますが、最も現実的なのは、車を移動拠点にする方法です」
クリスがベティに尋ねる。
「具体的には?」
今度は、あたしが代わりに答えた。
「あの装甲車みたいな車から、あたしが能力を発動して、車を中心に周囲を捜索、能力の発動時間いっぱいになったら車に戻る、というのを繰り返す。それを移動しながらやるってことだ」
クリスが口を尖らせて言う。
「私は?」
あたしは、肩をすくめて言った。
「車に同乗して、そのイマジナリーズが見つかった時のフォローを頼むよ。あたしは、能力の発動中はインカムをつけられないから」
クリスは、ため息をついて答えた。
「また私は控えですのね。まあ、確かにその方法なら、二人とも敵に姿を見せないでイマジナリーズを探せますわ。ベティ? この方法なら、あなたも納得しますの?」
ベティが心配したような声のまま答える。
「はい、今考えられる中では、最も危険の少ない策だと考えます。でも充分注意してくださいね、ジョアン」
あたしは、できるだけ優しくベティに言った。
「大丈夫だよ、ベティ。あたしは、大事な妹分を泣かせるようなことはしないよ」
ベティが答える。
「はい、ジョアン……」
泣かせないと言ったばかりなのに、涙ぐませてしまった……。
クリスが口を挟む。
「車の走るコースについては?」
ベティがクリスの質問に答えて言う。
「はい、私は、そのイマジナリーズの逃亡に手を貸した協力者がいた可能性が高いと推測しています。その場合、そのイマジナリーズは、テリエス家別邸を出たあと、
あたしは、逃亡の方向が
「そのイマジナリーズは、
クリスが代わりに答える。
「この街は、中心地に近いほど、ラスタマラ家の影響が強くなるところですわ。つまり……」
あたしは続けて言った。
「中心地から一番遠いところ、
ベティが説明してくれる。
「危なくないとはいえませんが、大抵の星に比べれば、ファナの
なるほどね、誰だって重い刑罰は怖いだろう。逆を言えば、そこまで追い詰められてはいないということなのかもしれないが。
あたしはクリスに聞いた。
「クリスの意見は?」
クリスは即答した。
「異存ありませんわ」
あたしは続けて言った。
「それじゃあ決まりだ。ベティ? 車の準備を頼むよ」
ベティが答える。
「お任せください。3分で出発できます」
クリスと二人で車に乗り込んだところで、ベティに聞いた。
「よし、乗り込んだよ。今何時くらいだい?」
ベティが答える。
「まだ宵の口です。子どもの足では、まだ
「急ごう」
あたしは二人に言った。
車は、別邸から少し離れた通りに入った。途中、ラスタマラ家のものらしい、高級そうな車何台かとすれ違った。あたしは、ベティに聞いた。
「今のは、ラスタマラ家の車かい?」
ベティが答える。
「はい、こちらに気付いてはいますが、まだ逃亡中のイマジナリーズとは結びつけられていません。ただ、あまり頻繁に出くわすようだと、怪しまれる可能性はあります」
どちらにしろ、急いだほうが良さそうってわけだな。あたしは、二人に言った。
「よし、そろそろ行くよ。クリスたちは、これ以上別邸に近づかない方がいい。ベティ? ルーフを開けてくれ」
あたしは能力を発動して、車の屋根にあるルーフから飛び出した。クリスが出掛けに声をかける。
「くれぐれも無理はしないで!」
あたしは、それに答えるように、車の上を一周して少し風を鳴らしてから、テリエス家別邸の方に向かった。
あたしはまず、テリエス家別邸の庭を改めて回ってみた。ほとんど人の気配はない。そのまま、テリエス家別邸の周りの家々とその庭の様子を見て回る。以前来た時も思ったのだが、この辺りの家々は、不思議なほど人の気配がない。イマジナリーズを監禁する家を選定するのに、人の少ない地域の家を選んだのか、それとも、別邸にイマジナリーズを監禁後、周囲の家から人を遠ざけたのか?
あたしは、一旦上空高くまで上がって、クリスたちの車を探した。すると、車が海岸線を
そして、車の周りを一周して屋根のルーフに飛び込んでから、二人に捜索の報告をした。
「はあ、はあ……、別邸の周りを見てきた。逃亡者が逃げ込んだような感じのする家はなかったよ。少し気になったのは、あの辺りの家には、ほとんど人が住んでいる感じがしなかったんだ。あれはなんだろうね?」
ベティが、ほっとしたような声で答える。
「まずは、何事もなくてよかったです。別邸の周りの家についてですが、イマジナリーズ監禁後に人を遠ざけた可能性が高いですが、もしかしたら、『
なるほどね、意図せず、ああなった可能性もあるということか。それからあたしは、
ベティが声をあげる。
「もうすぐ、
あたしも答えて言った。
「OK、行ってくるよ!」
まだ
「くそっ、こいつ、何をしやがったんだ……。ガーニィ! スヴェン! しっかりしろ!」
まずい、誰かに襲われているのか?! あたしは、声がする方へ急いだ。
角を曲がったところであたしが見たのは、うずくまっている長い黒髪の小さな女の子、そして、その女の子に向かって何か棍棒のようなものを振り上げている男だった。あたしは、頭に血が上るのを感じた。弱いものイジメは、あたしがこの世でもっとも嫌いなものの一つだ!
あたしは、車の方に緊急用音波を一つ送ってから、棍棒を振り上げてる男のそばで能力を解除して、その棍棒を掴んだ。その男に声をかける。
「お前、何をやってるんだ?」
男が驚いて振り返って言った。
「ひっ……、何だお前は……」
あたしは、同じことを繰り返して男に聞いた。
「お前は何をやってるんだって聞いてるんだよ」
「ひ! ひいぃぃぃぃ!」
男は、恐怖の表情を浮かべて、棍棒を振り上げ直してから、あたしに向かって振り下ろしてきた。あたしは、一瞬だけ能力を発動して棍棒をやり過ごしてから、手刀で男の延髄の辺りを打った。男は気を失って倒れた。
故郷の谷でいじめっ子を見つけたときなんかには、そいつをボコボコにしてやったもんだったが、今回はこのくらいにしといてやる、あたしも成長したもんだ。……ちなみに、故郷の谷でいじめっ子をボコボコにした日の夜は、あたしが母さんにボコボコにされたんだけどね……。
「ジョアン! 大丈夫ですの?!」
クリスが駆け寄ってきた。取り合えず、あたしが何ともなさそうなので、安心したようだ。
「とりあえず、無事で何よりですわ。でも、どういう状況ですの?」
クリスが、その辺りを見渡して言う。頭から血を流してうずくまっている長い黒髪の女の子が一人、その周りに倒れている野郎が三人。その内の一人は、あたしが倒した奴だ。
「あたしもまだよくわかってないんだよ。それより、その子だ!」
あたしは、うずくまっている女の子に駆け寄って言った。
「あんた、大丈夫か? 頭から血が出てるじゃないか!」
その女の子は、ゆっくり体を起こした。すると、小さな黒猫を抱いているのが見えた。うずくまっていたのは、この黒猫をかばっていたからのようだ。
「よかった、けがはない? キィ……」
キィ? その猫の名前だろうか。それとも、女の子の名前だろうか? 女の子は、そのまま気を失って倒れてしまった。猫は女の子の懐から飛び出した後、女の子のそばで鳴き声を上げている。
「この人たち、外傷がないのに、気を失っているようですわ。けがをしているのは、その子だけのようですわね」
クリスが、周りで倒れている野郎どもを調べて言った。あたしは答えて言う。
「状況分析は、後でいいだろう。それより、この子を
あたしが、女の子を抱き上げてからそういうと、女の子のそばにいた猫が一声鳴いた。あたしは、ふふ、と笑って言った。
「お前も来るかい? なら、こっちへおいで」
あたしがそう言ってしゃがむと、その猫は、あたしに抱えられた女の子の上に乗った。クリスがベティを呼ぶ。
「ベティ? そこから二つ先の通りの奥ですわ。急いで!」
ベティがよこしてくれた車に乗り込んでから、あたしは一息ついて二人に言った。
「あー、悪い。いきおいで助けちまったけど、この子、例のイマジナリーズの子かどうかって、よくわかってないんだ、本当に悪いね……」
クリスが、ベティに声を掛けつつ言う。
「ベティ? ジャンヌ・ダルク号へ向かってもらってよいですわ。……まあ、そんなことじゃないかとは思いましたわ。どちらにしても、けがをしてるのは確かですし、助けてあげたのは、間違いではありませんわ」
あたしは、苦笑いをして言った。
「そういってもらえると助かるよ。いや、この女の子が襲われるの見かけたら、頭に血が上っちまって……。あたしゃ本当に嫌いなんだよ、弱いものいじめってやつがね」
ベティが、くすくす笑って言う。
「うふふ、ジョアンらしいです。私は、そんなジョアン姉さまを誇りに思いますよ!」
「姉さまは、やめてくれって」
あたしは、くすぐったくなって言った。すると、あたしに抱えられていた女の子が、口を開いた。目を覚ましたようだ。
「キィ? よかった、一緒だね。……あの僕、女の子じゃありません、男です」
あたしは、驚いて言った。
「目を覚ましたのか?! 大丈夫か? どこか特に痛むところはないか?」
その子は答えて言った。表情は暗いままだ。
「助けてくださったんですね。ありがとうございます。特に痛むところはありません。……あなた方は、テリエス家の方々ですか?」
あたしらは、その子が"テリエス家"と言ったので確信した。やはり、例のイマジナリーズの子どもだったようだ。そして、できるだけ優しい話し口になるように気を付けて言った。
「安心してくれ。あたしたちは、ラスタマラ家や、テリエス家のものじゃない。あたしたちもイマジナリーズなんだ」
その子は、初めて少し安心したような表情を見せた。
「そうですか、よかった。でも、どうして僕を?」
あたしは、この場で詳しい話をすることは諦めていた。きちんと伝えないといけない上に、あたしはこういう時に整理して話すってことが苦手なんだ。
「まあ、話すと長いんだ。詳しい話は、後でゆっくりさせてくれよ。どちらにしても、あんたが嫌がるようなことはしないと約束する。あたしは、ジョアン、そっちにいるのは、相棒のクリスティーナ、車を運転しているのは、妹分のベティ、AIなんだ。ああ、ごめんよ、あんた男なんだって? 名前は?」
その子は、健気な笑顔を見せて言った。
「初めまして、皆さん。助けてくださって、本当にありがとうございました。僕のことは、デイジーと呼んでください」
デイジー……、かわいらしい名前だねぇ……。
to be continued...
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