真っ白な福祉作業所

羽弦トリス

第1話A型施設の面接

10月だと言うのに、暑い日が続く。

武田誠はスーツに身を包み、滝のように吹き出る汗をハンカチで拭きながら、ハローワークの書類に書いてある面接場所に向かっていた。

武田は普通の人間ではなかった。見た目は、普通の太った中年だが、障がい者である。

精神障がい者。

統合失調症を患っている。統合失調症とはひと昔前は、精神分裂病と呼ばれていた。

武田は、ハローワークで見付けた福祉作業所、いわゆるA型施設での勤務を始めようとした。

A型施設は作業所と雇用契約を結び、最低賃金かそれに少し毛の生えた程度の賃金で基本的に1日4時間働く。

休日は月のマイナス8日までと決めてあるので、祝日出勤や土曜日出勤がある。

雇用契約を結ばずに、給料ではなく工賃をもらうのはB型施設。

武田はもう7箇所目の福祉作業所の面接である。病状が安定せず数ヶ月で退所したり、2箇所は作業所自体が閉所したり、不安定な生活を送っていた。

今回は新しく出来たばかりの施設の面接だ。


武田は毎回だが、面接は緊張する。その緊張感は統合失調症だからと言うものではなく、ごく一般的な緊張感だと思う。

面接の30分前に場所を確認してから、近くのファミマのイートインで缶コーヒーを飲んだ。

涼しい店内なので、汗がいくらか引いたような気がする。

もう、何回も面接を受けて来たので、面接官の様々な質問に対する正しい解答は用意している。

中年太りと言うか、肥満体の武田は自分のビジュアルに辟易していた。

今に始まった事では無いが、精神安定剤を飲み始めてから、30㎏も体重が増えた。

精神安定剤の副作用が出ないタイプもいるが、武田は太った。


ファミマのトイレで髪型をチェックしてから、履歴書を読み直し、時間になったので面接場所に向かった。

大学中退の理由、団体職員の退職理由、病気に対する現在の症状、志望動機。

頭はそれでいっぱいであった。

再び汗をかき始めた。ここで暫く働き、働きながら就職活動しようと考えているので、A型施設の本来の目的に沿っている。

A型施設は次のステップアップの訓練施設なのだ。

だから、長く働くのは行き場所が無いか、とても酷い障がい者と言う事になる。

武田は、ここで体力を付けて直ぐに転職しようと考えていた。まだ、受かりもしないのに、転職を考えている。

自信があるのだ。自分がA型施設の面接を失敗しない事を。

2時からの面接予定だったので、15分前に面接場所のインターホンを鳴らした。

誰も出ない。2回押したがダメ。武田は焦った。場所を間違えたのか?と。

ハローワークの面接票に書かれている所に、電話した。

面接官が出て、15分程持つように言われた。武田は、この福祉作業所の質を知った。

面接官が遅刻するとは。

声を掛けられた。振り向くと、Tシャツ姿の若い男が立っていた。

その男が施設の鍵を開けて、椅子を準備した。

冷たい麦茶を出され、お礼を言って飲んだ。

いよいよ面接が始まった。

若い男は名刺を渡した。そこに代表取締役と印字されていて、施設は大丈夫なのかとちょっと不安を武田は覚えた。

名前は、田村真一郎とある。

予想通りの質問をされ、淡々と返答した。その場で、明日からここで働きましょうと言われた。

武田はホッとした。自信はあったのだが、万が一と言う事がある。

田村に丁重に面接のお礼を言って、施設から出た。

その日晩は、1人で焼き鳥屋に行き、キンキンに冷えた生ビールを飲んだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る