【アラウコの叫び】〜南アメリカ近世の歴史〜
ヘロヘロデス
第1章「紡がれし兆し」
プロローグ
第1話「予兆」
今から約500年前、世は大航海時代の只中にあった。
地中海の利権にもありつけなかったヨーロッパ西端の小国は、外へ利を求め世界で隆盛を極める強国となった。
彼の国の者達は、強い欲望や野心を携え、世界各地を征服していった。
その最中、征服が難航した地域がある。そこは「アラウコ」と呼ばれた。
諸説あるが、激突は300年の長きに渡り、世界史上最長の戦争と捉えられている。
この物語は、当時のチリ、ペルーの先住民達やコキンスタドール達が生きた激動の時代を描いたものである。
-南のマプチェの地-
ドカッ!
1人の少年が殴られ尻餅をつく。
エプレフ「この前の借りを返しに来たぜ。」
少し千切れた耳に手をやるエプレフ。
エプレフは身体が大きな少年で、日焼けした肌、筋骨隆々、薄い眉、見るからに強そうである。
対して一方的に殴られている少年は、中肉中背の体格をしており、赤いバンダナを身につけていた。
目の鋭さが印象的な彼の名はラウタロという。
エプレフ「立てよ。」
立ち上がり向かっていくラウタロ。
エプレフは難なくラウタロの攻撃を躱し、一撃を加えラウタロを跪かせた。
エプレフ「やっぱり、たいしたことねーな。なあ、みんな?」
エプレフは、得意げな顔をして取り巻きの方へ振り返った。
その隙をついて、ラウタロはエプレフの背後に迫る。
サッ、ブン!
しかしエプレフは、察知していたかの様に
難なくラウタロの攻撃を振り払った。
エプレフ「ふん、何度も同じ手が通用するかよ。」
エプレフを睨みつけるラウタロ。
エプレフ「しかし、相変わらず気に食わない目つきだな。」
エプレフがラウタロに殴りかかる。
ドカッ!
2人の争いを遠くから目にした連中がいた。
ナウエルとツルクピチュンといい、彼らはラウタロの友人だった。
ツルクピチュン「大変だ!ラウタロが殴られてる。助けに行かなきゃ。」
ナウエル「待て!」
今にも駆け出しそうなツルクピチュンを静止するナウエル。
ツルクピチュン「どうして?!しかも、相手は仲間まで引き連れているよ。」
ナウエル「今ラウタロを吹き飛ばしたのは、エプレフだ。」
ツルクピチュン「エプレフ?・・エプレフって言ったら、僕らの世代では君の次に強いと言われてる奴じゃないか。なおさら加勢に行かないと。」
ナウエル「いや、平気さ。」
ツルクピチュン「・・このままでは奴らにラウタロが袋叩きにされちゃうよ。」
ナウエル「それはないさ。エプレフは僕の父さんに憧れているんだ。だから、1人を大勢で痛ぶる様な事はしないさ。」
ツルクピチュン「なるほど。」
ツルクピチュン「・・・彼はきっとラウタロの事が気に食わないんだね。」
ナウエル「そそ。父さんに憧れてくれるのは嬉しいんだけど、その手のタイプは大体ラウタロを嫌いだね笑」
ツルクピチュン「・・けど、友達としてこのままここで何もしないでいるわけには・・」
ナウエル「うーん。まあ、ラウタロはどちらにしても僕らの加勢を望んでないよ。きっと。」
ツルクピチュン「?」
エプレフはラウタロに馬乗りになり、殴り続けている。
エプレフ「姑息な事ばかりしやがって。戦士として恥ずかしくないのか?!」
ラウタロ「・・・」
エプレフ「ロンコの息子だからって、勘違いするなよ。」
ボガっ!
鈍くて重い音が響き渡る。
エプレフは強烈な一撃をラウタロに加え、立ち上がった。
エプレフ「まあ、こんぐらいにしておいてやるよ。卑怯者。」
エプレフ「みんな行こうぜ。」
エプレフの取り巻きA「トキが戦のリーダーだとしたら、ロンコってのは戦以外のリーダーだろ?」
エプレフの取り巻きB「らしいな。てか、ロンコって女がやるもんじゃないのか?」
エプレフ「ああ、そうかアイツの母親がロンコだったかなぁ?笑」
エプレフの取り巻きA「はは、冗談キツいぜ。確かにアイツの母親の方が親父より強そうではあるな。」
エプレフ「うはっ!お前の冗談もなかなかキツいぞ笑」
エプレフの取り巻きC「まあ、ラウタロの親父もきっと弱いんだろ。息子に似て、悪知恵が効くからロンコなんかやってんだろな。」
エプレフ「ははは、違いねぇ。」
刹那、ラウタロの目が変わり、身体を起こそうした。
ラウタロ「痛っ」
ラウタロの手に小石が当たり砕け散った。
ラウタロが顔を上げた時には、エプレフ達はすでにその場から見えなくなっていた。
ナウエル「随分とやられたなぁ。ただ、見かけ程大した事なさそうだな。流石だねぇ。」
ラウタロ「さっき小石を投げたのはお前だろナウエル。」
ナウエルは微笑んだ。
ラウタロ「助かったよ・・」
ツルクピチュン「?」
ナウエル「ああ、あそこで君が彼らに襲い掛かったら、君は殴られ損だ笑」
ラウタロは声のトーンを落としナウエルに詰め寄った。
「ただ、強く投げすぎだ。エプレフの一撃より痛かったぞ。」
ナウエル「ごめんごめん。軽く投げたつもりだったのになぁ。」
ツルクピチュン「え?石を投げた?どういう事?」
ナウエル「この前の訓練でラウタロはエプレフをみんなの前で、一方的に叩きのめしてしまったんだ。」
ツルクピチュン「あのエプレフを・・」
ナウエル「ああ。しかし、あの日なんであんなにも苛立ってたんだ?」
ラウタロ「あの日は血が滾ってしかたなかったんだ。
ただ、エプレフの様に本質が見えてない者に分からせようとする衝動にかられてしまったのは事実だ。」
ナウエル「そうか。しかしラウタロらしくなかったよな。」
ラウタロ「ああ、最近妙な胸騒ぎが時折止まらなくなるんだ。」
ナウエル「胸騒ぎ??」
ツルクピチュン「なるほど、今やられたのは何度も報復に来られても困るからわざとやられたって事か。」
ツルクピチュン「しかし不意を狙ったり、睨んだりするのも演出だったなんて・・全く気づかなかったよ。」
ナウエル「僕ぐらいでないと、そこら辺は気付けないさ。」
ツルクピチョン「確かにラウタロの戦い方だと、特に格上相手の場合は、何度もやり合えば互いに無事で済まないだろうな。」
ナウエル「流石に同胞を殺す訳にはいかないしね。」
ツルクピチュン「だったら、なおさらその訓練でエプレフを倒すべきでなかったね。」
ツルクピチュン「普段の冷静なラウタロがらしくないね。
フタウエ様に相談してみたら良いんじゃないかな?」
ナウエル「フタウエ様ってあのマチの人か。なんか得体が知れないんだよなぁ、あの人・・」
ラウタロ「そうだな。今から会いに行ってみよう。」
ナウエル「フタウエ様って女の人にも見えなくないけど、声が爺さんみたいだし男の人だよな?」
ツルクピチュン「そうだよ。」
ナウエル「確かマチって、女の人がなるもんなんじゃなかったっけ?」
ツルクピチュン「そうだね。フタウエ様は元々軍人だったんだ。」
ツルクピチュン「インカ帝国と戦った【マプチェの五大樹】の1人でもあり、生ける伝説とも言われているよ。」
ナウエル「えっ?!そんな凄い人なの?」
ツルクピチュン「確かに軍人としても凄いけど、マチとしても伝説的な方と言っても過言ではないよ。」
ナウエル「マチって儀式を行う人でしょ。特別な人ってのは分かるけど・・」
ツルクピチュン「もちろん儀式も行うけど、フタウエ様は憑依、治癒、予言など様々な事も出来るんだ。」
ツルクピチュン「実際不世出のマチと評されていて、この辺りだけじゃなくて、全土に名が轟いている程なんだ。」
ナウエル「なんかエルネイみたいだな。
しかし、ほんとにそんな事ができるものなの??」
ツルクピチュン「きっとラウタロの問題も解決してくれるよ。」
ツルクピチュン「フタウエ様のルカが見えてきた!」
※ルカとは、テントの様な物でマプチェ族の住まいでもある。
ナウエル「さ〜て、入りますかぁ。」
落ち着きのないナウエルを先頭に、フタウエのルカに一行は入っていった。
中では火が焚かれており、四方八方に不思議な道具が立てかけられている。
ナウエル「なんて怪しげな・・」
ナウエル達の背後に、各々の耳に斧を備えている不思議な出立の老人が浮かび上がった。
フタウエ「よく来たな、未来の希望達よ。」
ナウエル「大袈裟な笑」
フタウエ「はは、大袈裟ではない。ヌシ達は、特別な者達よ。」
フタウエ「ん?!ナウエル、ヌシは東の祭壇に祀られていた食物を食べたであろう。」
ナウエル「え、なんでバレてるの・・」
先ほど小石を当てたラウタロの手を指差しながら、フタウエが口を開いた。
フタウエ「君の背後に大地の精霊の影が見える。いつもより力が出ただろう。」
ナウエル「はは・・ほんとかよ・・」
フタウエ「供物を取ってしまった事で、邪気が入り込み、結果君の友に災難が降りかかったのじゃ。」
ツルクピチュン「・・それってエプレフ達に邪気がって事・・?」
フタウエ「ナウエル、ヌシも友人を悲しませたくないだろう。
腹が空いたら、祭壇ではなくワシのとこへ来い。」
フタウエ「見たこともない美味しいものを馳走してやるぞ。」
ナウエルは辺りを見渡し、普段食べない様な動物の丸焼きが所々にあるのを確認した。
ナウエル「はは・・・そーその時はよろしくお願いします・・」
フタウエはナウエルに微笑み、ラウタロに顔を向け話しかけた。
フタウエ「で、今回来たのはヌシの心に関してであろう。」
ラウタロ「そうです。」
フタウエ「胸騒ぎがして落ち着かなくなったり、血が滾り時に我を忘れてしまうのであろう。」
ラウタロ「その通りです。なぜそんなにも正確に分かるのです?」
フタウエ「ラウタロ、ヌシは特別な使命を授かっている者。
そして、ワシもヌシと同様に心が揺れておる。
これは近い未来の脅威に対する反応じゃ。」
ラウタロ「心が揺れるのは何かの前触れだとでも言うのですか?」
フタウエ「そうだ予兆じゃ。
まもなくワシらの地にカイカイとテルンテルン以来の災厄が訪れる。」
《太古の大いなる双蛇》
ある日 海より巨大な蛇が立ち上がった
「カイ、カイ、カイ」と叫びながら
雨を呼び 嵐を生み 洪水を引き起こした
その様は 世の全てのものを飲み込むが如く
人々は逃げ惑い 丘を目指した
突如 大地が揺れて 地の底から
「トレン、トレン、トレン」という叫び声がし
新たな蛇が現れた
2頭の大蛇はぶつかり合い
さらに辺りには水が溢れ 数多の大地が沈んでいった
一方の大蛇が倒れ 海の奥へ姿を消し
また一方の大蛇は地の底へ帰って行った
大蛇達は2度と姿を現わす事はなかった
やがて世は静寂に包まれ
現世の智利が形を成した
・・・幾千もの時が流れ
海から再び災厄が押し寄せる
が、それは蛇ではなく人だった
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