第19話 ダンスバトル

 各々がコインを入れ、大島さんが曲を選ぶ。

 筐体に据えつけられた矢印のパネルのステージに二人は凛として立った。


「滝人、ブレザー持ってて」


「私のも」


 大島さんと神崎さんは上着を脱いで俺に放り投げる。キャッチした上着からは甘酢いっぱい女の子の香りが漂う。やばい、これだけでクラクラする。

 曲を待つ二人の後ろ姿も絵になっている。右足で小さくビートを刻む大島さん、肩幅に足を開いて不動な神崎さん。真新しいブラウスとミニスカートで踊らんとする様子はアイドルさながらで全く目が離せない。


 ドキドキしながら見守っているとスピーカーからイントロが流れ出し、ディスプレイには曲に合わせた矢印が表示される。


 曲は2007年にヒットしたアイドルグループのポップス。アップテンポとインパクトのあるサビが懐かしさを感じさせる。

 踊るのは難しそうだが果たして……。


 イントロが流れ出した。ディスプレイには曲に合わせて矢印が上から下に流れ落ちる。


 矢印がカーソルに入るのと同時に二人はステップを踏み、二人の身体が躍動した。細くて白い肢体がダイナミックに舞い、胸が揺れ、スカートがヒラヒラとなびく。


 見ているこちらも胸踊る光景だ。音楽に合わせて肢体がダイナミックに舞い、髪が跳ね上がる様は圧巻である。


 一方でなんというか……目のやり場に困るな。大島さんはスカートを短くしたままだし、神崎さんは足が長いから相対的に丈が短い。派手に踊るとその度にパンチラして直視出来ない。

 一応大島さんは黒い見せパンだから良いとして、神崎さんはスポーツショーツで肌着だから見ちゃいけないよな。


 そんなドギマギな気分で勝負を見守っていると不意に大島さんがこちらを振り向いた。


「いえい! 滝人、私のダンスはどう!?」


 まるでゲームなんてどうでも良いと言わんばかりに安全柵から身を乗り出した彼女は、キラキラした眼差しを向けてきた。


「す、すごく上手ですよ。でも早く戻らないと」


 くしゃっとした笑顔は問答無用に楽しい気分を分けてくる。だがそうしている間にも大島さんのミスがカウントされ、神崎さんと点差が開いていく。


「今が私の一番若い時、一番可愛い時! だから滝人、私だけを見て! 私が一番輝いてる瞬間を目に焼き付けて!」


 クラブでリキュールに酔いしれたように、大島さんは恍惚を浮かべていた。

 未だ幼さの残る顔に大人の色香を滲ますギャップに俺の胸は高鳴った。


 それから彼女はダンスに戻ったものの、スコアなんてそっちのけで派手に踊った。ゲームの勝負にしては無駄で無謀なダンスだが、そんな挑発的な大島さんに俺の視線は釘付けだった。


 扇状的なダンスを見続けること一分半。アウトロが終わりゲームセット。二人の得点が集計される。結果は……


「ふ、私の勝ちね」


 神崎さんに軍配が上がった。

 結果はなんとパーフェクト!

 ノーミス・オールクリティカルで満点の快挙である。


 一方の大島さんのスコアは酷いものだ。クリアノルマになんとか乗せた程度。あれだけ画面から視線を外して踊ってれば無理もないが……。


「それじゃあ、約束通り日曜日のデートは私がもらうわよ」


 神崎さんは勝ち誇った微笑を浮かべる。これで日曜日は彼女とのデートが確定した。


 だがなぜか大島さんは余裕の笑みを浮かべていた。

 なぜ負けたのに笑っていられるのだ?

 てっきり悔しくてのたうち回ると思ってた。それとも思い切り踊って満足なのか。


「あら、誰がゲームのスコアを競うと言ったのかしら?」


「は?」


 俺も神崎さんもキョトンと首を傾げる。

 苦し紛れの負け惜しみか?

 だがそれは違った。


「これはダンスバトル。数字じゃなくてどちらが見てる人の心を掴んだかの勝負」


「つまり?」


「勝敗はオーディエンス、つまり滝人に決めてもらおうじゃないの」


 な、なんですってーー!?


 突然ぶち上げたルール変更に俺達は言葉を失った。


 最初から狙ってたのか、それとも土壇場の奇策か分からないが、それなら勝負は覆せる。それが余裕の理由か。

 だがしかし審査員の大役を俺に託すのは予想外に重なる予想外だ。意外性の塊みたいな人だけどこれには度肝を抜かされた。


「何を言ってるか分からないけど、ゴネたところで結果は覆らないわ」


「それはどうかしらね。滝人、審査をお願い」


 大島さんは余裕綽々に、神崎さんは無言でジャッジを待った。


 リザルトは確かに神崎さんに軍配が上がってる。神崎さんは満点なのに対し、大島さんはミスが多く、なんとかノルマ達成の乗せたところ。

 数字の上での勝敗は明らかである。だがダンスを評価するとなると……。


「この勝負……大島さんの勝ちです」


「な……」


「ふふん。そうでしょうね」


 機械とは真逆の判定を下すのに勇気がいったが、躊躇いはなかった。


「滝人さん、なぜです!? スコアは私が圧倒してます! 納得がいきません!」


 神崎さんは筐体から飛び降り、吊り上げた目で詰め寄った。近い近い! 背が高いし目が怖いし顔綺麗だしいい匂いするし。

 俺は尻込みしたが、納得してもらえるよう説明した。


「神崎さんのスコアは確かにパーフェクトです。ノーミス・オールクリティカルなんて見たことがありません。お見事というほかないです」


「そうでしょう?」


「ですが、ダンスという点では落第かと」


「は?」


 どっちのダンスが心を掴んだか。それを基準とするなら神崎さんに白星は上げられない。そもそも神崎さんは


「神崎さんはパネルを踏むために足を動かしてるだけでした。あれはダンスではなくただゲームをプレイしてるだけです。一方の大島さんはすごくダイナミックで情熱的で……ドキドキさせられました」


 神崎さんはスコアを追いかけるために機械的に足を動かしていたに過ぎない。スコアこそ伸びたが見応えはなかった。

 一方の大島さんは曲に合わせて腕を振り、脚を上げ、お尻をフリフリ。情熱的な表情で俺の心をかき乱した。


 俺にダンスの良し悪しは分からないが、芸術点の差は明らかである。


「そん……な……」


 ガクン、と膝から崩れ落ちる神崎さん。確定した勝利が判定で覆るのは悔しかろう。だが審査員としてこの判断は譲れない。


「ふふん、滝人ってば、私のダンスに見惚れてたもんね」


 図星だ。妖艶な表情とダイナミックな振り付けはまさに求愛行動。


 こんなに可愛い女の子が俺のためだけに踊ってくれるなんて……。


 あの時間、俺は大島さんの情熱に浮かされていた。


「と、いうわけで日曜日のデートは私が頂くわよ。ごめんあそばせ〜」


「…………ぶよ」


「え?」


 神崎さんの口から低い声が溢れでる。真っ暗な谷底から吹き上げる冷たい風のような声に、俺と大島さんは何事かと固まった。


「三本勝負よ! 二本先取した方が日曜日にデートする!」


 神崎さん、往生際が悪い! ルール変更にはルール変更で立ち向かうとは。


「それ、私が受けるメリットないけど」


「あなたが勝ったら私に対して命令していいわよ」


「神崎さん!?」


 それは譲歩しすぎでは……。


「その勝負、乗った! 私が勝ったら……そうねぇ……滝人を諦めるというのはさすがに飲まないでしょうから、GW終わりまで滝人に一切接触しないこと。これでどう?」


「いいでしょう。その代わり、二番目の種目は私が決めるわ」


 ゴゴゴ、と二人の闘志がぶつかり合う。

 楽しくゲームセンターで遊ぶはずがガチンコ対決になってしまった。


 この勝負、どうなっちゃうんだろう?

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