第3話
戴冠式は厳かに終わった。
荘厳な教会で、枢機卿から女王の宝冠を頭に戴いたア=ラン女王は、すごく堂々としてて誇らしげだった。
ピンと伸びた背中、ふらっとも揺れない頭。周辺各国からの賓客を前にしても、ちっともプレッシャーを感じてなさそう。女王の中の女王って、評判通りだなと思った。
見事な縦巻きロールの黒髪に、黄金の宝冠がキラキラ映える。
首回りにふわふわのファーのついた儀式用のマントのお陰で、ノドボトケも見えないし、広過ぎる肩幅も目立たない。
顔立ちの男らしさは隠せないけど、女王陛下のご尊顔を近くでじろじろ見つめるのは不敬だろうし、あからさまに怯む人はいなかった。
女王をじーっと見つめられるのは、夫になるオレだけの特権だ。
その特権、特権? は、正直あまり嬉しくないけど、そんな気持ちを国賓の方々の前で顔に出す程、オレも愚かな訳じゃなかった。
オレだって一応、王族だし。平気な顔して堂々と立ってることくらいできる。
大きなルビーの
宰相に促され、まっ先に女王の御前に向かい、
「ふふふ」
低い声で笑うのが聞こえて、ひぃぃって悲鳴を上げそうになったけど、意志の力で踏ん張った。
「ディード様、次は結婚式ですわね」
響きのいい声で囁かれ、「はっ、い」と返事がうわずった。
玉座から立ち上がった女王が、白い手袋をはめた大きな手で、オレの手を掴み、立ち上がらせる。
打ち合わせ通りに手を繋ぎ、2人で並んで立つと、教会中に割れんばかりの拍手が響いた。
「女王陛下、バンザーイ!」
「陛下の御世に栄光あれ!」
居並ぶ国賓や貴族たちから、口々に様式美の声がかかる。みんな、すごい笑顔だ。ア=ラン女王も笑顔だ。眩しくて直視できない。
あの、オレの方が背が低いし、どう見ても華奢なんだけど、そこは? いいの?
誰からのツッコミもないまま、女王と共に手を上げて拍手に応える。
しっかり握られたままの片手が、すごく痛い。まるで、逃がさないって言われてるみたいで、怖かった。
戴冠式の後、一旦教会の豪華な控室に下がり、食事を取ってから着替えるように言われた。
あの女王の気配と視線がなくなって、一気に緊張がふぅっと抜ける。
「この後は、挙式とパレード。それからお披露目を兼ねた舞踏会になります。力をつけるため、今のうちにしっかりお召し上がりください」
「うん……」
舞踏会は1週間も続くらしくて、そういうの苦手なオレは、考えるだけでげんなりだ。またみんなに目を逸らされまくったら、どうしよう。
何より不安なのが、パレードだ。オープンルーフの6頭立ての馬車に乗り、王都の大通りを、教会から王城まで戻るんだって。
王都の民衆の前に出て、女王と2人、幸せいっぱいの笑顔で手を振るんだ。今のオレには、すっごくハードルが高い。
「パレードって、オレも行かなきゃダメなのか?」
ダメ元で宰相に訊いたけど、「勿論でございます」ってバッサリと返された。
民衆から、「男の娘だ」ってツッコミは入らないのかな? いや、男の娘なんて可愛いもんじゃなくて、男の「女王」だけど。そういうの、大丈夫?
パレード嫌だなぁって思うと、気分がどんどん曇ってくる。
舞踏会も憂鬱だ。一応、ダンスは特訓してきたけど、あの人と踊るんだ――って思うと、一気に自信がなくなっていく。
「さあ殿下、どうぞ冷めないうちに」
とりなすように侍従に言われ、促されるままナイフとフォークを手に持った。
「そうだね。食べよう」
空腹だと力が出ない。
幸い、料理はすっごく美味しかった。この調子で満腹になれば、ちょっとは前向きになれるかなと思った。
前向きに……なれるかな、と思ったけど……。
「そんなに見つめないでくださいませ」
純白のウェディングドレス姿のア=ラン女王に、低い声で照れたように言われて、食事効果がゼロになった。
総レースの豪華なウェディングヴェールに隠されて、その整った顔は見えない。
ヴェールの上には金の宝冠が輝き、ドレスの胸元には金と真珠のネックレスが光る。口元を覆う扇も、純白だ。
「あ……まりにも、おうっ、おうっ、お、美しくて、見とれてしまいました」
白々しいセリフを言いながら、頬が引きつるのを隠せない。
「まあ、ほほほ」
低い声で楽しそうに女王が笑って、手袋に包まれた手を、オレの頬に触れさせた。ビキッと固まってると、更に機嫌よさそうに笑われる。
「ふふふ。緊張なさってますの?」
「は……い……」
返事をしながら、目を逸らす。
ビビってます、とは、言えなかった。
「陛下、殿下、お支度を」
控えてた侍従に合図され、ギクシャクと半歩前に進んで、左ひじを軽く曲げる。そこに大きな手がそっと添えられて、一瞬意識が遠くなった。
目の前の両開きの扉が大きく開かれる。
同時に鳴り響くウェディングマーチ。
荘厳な国教会の荘厳な主祭壇、金で縁取りされた真紅のカーペットの上を、女王をエスコートして1歩1歩進む。
カーペットの左右を囲む参列者の中に、祖父母の顔が見えたけど、笑みを向けるしかできなかった。
『ディード、本当にいいのか?』
国を出る前、陛下から言われた念押しが、ずどーんと頭を重くする。おじいちゃん、知ってたなら教えて?
けど、これは国同士の結びつきだし、政治的なアレだ。今更「なしで」とは言えないんだから、まっすぐ祭壇に向かうしかない。
「病める時も健やかなる時も、この者を心から愛し、永遠に寄り添うことを誓いますか?」
枢機卿の口上にだって、「誓い……ます」としか返事のしようがなかった。
「誓います」
オレの隣で、響きのいい低い声が、厳かに告げる。
「誓いのキスを」
枢機卿から促され、恐る恐るレースのヴェールをめくり上げると、出てきたのは満面の笑みを浮かべたオレの「妻」。
勇気を振り絞り、えいって唇を重ねると。その瞬間ガシッと頭を掴まれて、無理矢理舌を入れられた。
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