ある日突然エスパーになった俺。唯一心の読めないお嬢様転校生と、なぜか一緒に探偵をすることになった

小鷹虎徹

エスパー王子と天才令嬢

ep.1 世界は優しい嘘で満ちている

高校生、相沢万里あいざわばんりには悩みがあった。


「お兄ちゃーん!そろそろ起きないと遅刻だよ!」


がばっ!と布団をはがされる。さっきまで自分の身体を覆っていた気持ちのいい熱が霧散し、万里は夢から現実に引っ張り出された。


「ふあ…おはよう、愛華あいか


欠伸をしながら、万里は妹の愛華にあいさつした。中学三年生、つまりLJC(ラストジェーシー)である愛華は、すでに紺のセーラーに身を包んでいる。



『ったく!高二にもなって妹に起こしてもらうとか、どこの世界のラブコメよ!』



万里のに、怒り半分呆れ半分の、愛華の声が響いた。


「おはよ、お兄ちゃん。そんじゃ、あたしもう学校行くから」


「い、いってらっしゃいませ、愛華さま。お車にはお気を付けください」


寝癖のついた頭を、前に倒した万里。いささか丁重すぎるその仕草に、愛華は「おえっ」とえずくような顔を見せた。


『なにそのお辞儀。執事プレイきもっ!』


再び、万里の、妹からの容赦ないそしりが響いた。


万里の部屋から出た愛華は、ととと、と階段を駆け下りていった。ベッドの上で、寝ぼけまなこを擦りながら、万里はカーテンの隙間から差し込む朝日を見る。


「さすがに今のは、伝わらなかったか」


中学生相手に「ツンデレ司令官とドM副司令」は、レベルが高すぎたようだ。





「おはよう万里。朝ごはん出来てるから」


リビングに降りると、万里の母―相沢絢子あいざわあやこが、声を掛けてきた。エプロン姿で、せっせと弁当箱に中身を詰めている。


「おはよう母さん。いただきますパンさん」


テーブルについた万里はさっそく、美味しそうな匂いを放つベーコンエッグトーストを頬張った。


『あら、水筒がないわね』


万里は絢子の方を見る。口を閉じたままの絢子は、少し困ったような色を浮かべていた。


「俺の水筒、愛華が持っていったんじゃないかな。あいつ、自分のは学校に置き忘れたらしいから」


万里が言った。すると絢子は、一瞬目をぱちくりとさせた。


「そうだったの。じゃあ今日は、自分でペットボトル買ってくれる?」


「ラジャー」


ものの五分で朝食を済ませ、身支度を終えた万里は、家を出た。



かすかに夏の香りを含んだ、六月の朝日がブレザーに降り注ぐ。


住宅街を歩いていると、近所の人の雑談が耳に入ってきた。


「うちの夫ったら仕事でほとんど家にいなくてねぇ、困ったものだわぁ」


「またまたぁ。逆に私の旦那は、ずうっと家にいるばっかりで」


よく見る光景である。愚痴をこぼす主婦二人。


『うちの夫は一流企業で汗水垂らして働いてますからねぇ。家に引き籠ってエロ漫画ばっか描いてるあんたの男と違ってね!』


『売れっ子イラストレーターと結婚できてマジ私勝ち組だわ。家事も育児もマジ楽勝だし。やっぱ時代はイクメンよね。てかお前の旦那、ほんとは外で不倫でもしてんじゃね?』


よくあることである。互いを毒づく主婦二人。


「ママ友、恐るべしだな…」


万里はひとりごちる。


と、前方から制服姿の男女が歩いてきた。制服のデザインが万里のそれとは異なるため、他校の生徒なのだろう。肩を並べ、楽しそうに笑い合っている。


すれ違いざま、会話が聞こえてきた。


「ねーねー、私のどんなところが好き?」


「そうですね…やはり、太陽のように周囲を照らしてくれる笑顔でしょうか。そしてその笑顔に隠された、ちょっぴり寂しがりで繊細な一面も、グッと来るものがあります」


『おっぱい!おしり!ふともも!』


「そんなにまで私のこと見てくれてたんだ…!嬉しいなっ」


『そんなにまで私の胸を見ておいて、よくもまあ臭い台詞が吐けるわね。ほんと最低。賢ぶってるわりに思考はサル同然じゃない』



男女二人は、仲良さげなまま、万里と反対方向に歩いていった。


「はあ…」


万里は、深く、重たい溜息を吐いた。



他人の心の声が聞こえる。



それが、彼の悩みだった。

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