第2話 ここは地獄

「あいったた、一体何が起きたの?」


頭を手で抑えて顔を上げる。

すごい衝撃を受けた頭はクラクラしていて状況をすぐに理解できなかった。


そうして少し経った頃、自分が知らない2人に両脇を持ち上げられ引きづられている事に気づいたのだ。


「え?誰?」

「お?起きたか嬢ちゃん。いやぁ災難だったな、その若さで死ぬなんて」

「え?」

「粉塵爆発か?バラバラだったってなぁ。可哀想に。」

「はぁ??」


何を言っているのか。自分が死んだと聞かされても全く実感がない。

頭おかしいのか?とよく引きづっている人を見れば、それは人ではなく鬼だった。

よく昔話とかで出てくるようなしゃくれた顎に赤い肌、虎柄のパンイチ鬼。

一目で下っ端だと理解できる。


「お、着いたぞ。閻魔大王様だ。」

「閻魔大王って…うそ、本当に死んだの私!?ていうかなんで地獄!?悪いことしてないよ!!いい事もだけどっ」

「だからだろ?」

「そうなの!?」


両脇にいる鬼を交互に見て今更事の重要性に気づいたようだ。

酷く慌てて、前に押し出されたさつきは冷や汗を流し、どうにか天国へ行けないかと考え抜いた。


「あー。えー。君が稲垣さつきだね。」

「うわっ!!えっ、はいっ」


突然上の方から声がかけられる。

うぅーん。となにやら言いにくそうだ。

焦っていたさつきはどうしたのか?と一旦落ち着き、閻魔大王の顔を見た。


「ーっ。」


ドキリ。と心臓が高鳴る。

真剣な顔で書類と睨めっこしている閻魔大王の顔がドストライクで決まってしまったようだ。

初めて誰かを見てドキドキする。と言う感覚を味わいながら、穴が空くほど見つめてしまっていた。


「え、なに。ワシの顔変?」

「いえ…あの、かっこよくて。」

「??」

「真剣な顔、かっこいいなって」

「はっはっはっ!そうか?かっこいいか?褒めても何もいい事ないがな!」


机をバンバンと叩き豪快に笑う。

その姿さえもさつきにはとても魅力的に見えてしまったのだ。


「閻魔大王でしたっけ?私、なんで死んだんですか?」

「ほう?突然の事故死は受け入れられない者が多いが、お前は受け入れているのか?」

「実感が湧きません。こうして動いて、あなたと話してる。死んでるんですよと言われても…」


うぅーん。と今度はさつきが首を捻る。

閻魔大王はそうだよなぁと苦笑し、近くにいた鬼に指示を出していた。


「そこの鬼、浄玻璃鏡を持ってきなさい」

「あ、はい。」

「浄玻璃鏡?」

「あぁ。ちょっとショックな映像だろうが、君が死んだ時の出来事を見せてあげよう」

「そんなの出来るんだ。すご」


和装色の厳重そうな入れ物に入れられた鏡。大きさは成人女性の平均ほどか?

鏡のわりに大きいそれを覗けば、何やら映し出されていた。


「これは…」

「君が死んですぐ、警察や消防が駆けつけた時の映像だ。ほら、君が運ばれてるだろ?」

「え…?ってこれ、布じゃ…」


警察の人が持っていた何かが包まれた布。それには赤黒い液体がびっしょりとついていて人の頭部ほどの大きさだ。

まさかアレが自分なのか?と信じられずにいた。


「あの大きさの爆発に巻き込まれたんだ、そりゃ原形なんて残らんだろうさ。」

「へ、へぇ…。そうなんだ」

「おや?もっと驚くと思ったがそうでもないか?」

「驚いてますよ。でもなぁ。ここまで粉々だとなぁ。火葬がラクそう、としか…」


さつきの発言に閻魔大王はポカーンとした顔で驚く。

まさか自分の死に様を見て”火葬がラクそう”なんて言われると思っていなかっただけに衝撃は隠しきれない。


そんな事はつゆ知らず、さつきは閻魔大王に問いかけた。


「ところで閻魔様、私どこの地獄に行くの?」

「まさかの地獄まで受け入れるのか!?変わった人間だなぁ、普通ならもっと泣き叫んで取り乱すと言うのに。」

「あー、ははは。」


これは自分も驚きなのだ。人に興味がないと分かってはいたが、まさか自分自身にまでこんなに興味がなかったとは気づかなかった。


から笑いしか出せないさつきを閻魔大王はふぅむ。と困り顔で見つめる。


「あのな、その。大変言い難い事なんだが」

「まさかとんでもなく重い地獄?」

「いや、君は本来天国へ行く予定だったんだよ。」

「はぁぁ?」

「いや、分かる。そうなるのは分かる。だが聞いてくれ。」


頭を抱え、ストップと手を出しなぜ地獄になったのか理由を話す。

それがなんと、さつきの誕生日の1月15日は地獄の鬼の休日だと言って従業員がとんでもなく不足する日なのだと。


そんなにっちもさっちもいかない日に突然死んださつきは、ちゃんとした審査を受けることもできず手違いでここまで運ばれて来た。と。


なんとも開いた口が塞がらないような話だ。


「え?じゃぁ私は…」

「これから天国に送ろう」

「うっそ!?本当に!?」

「本当だ。君は本来優しい人物だ、自分では気づいてないが色々な人間を助けてきただろう?」

「??」


優しい口調で言われ赤面するが、全く身に覚えがない。

なんの事だ?とうんうん唸りだした。


「老人に席を譲るは尚のこと、小さな子供をあやしたり妊婦の荷物を持ったり。色々だ」

「いや、それは誰もがやる最低限の事だし。そんないい事じゃない」

「はっはっはっ!そうかそうか、やはり君は天国行きだな。どれ、ちょっと待なさい」


よっこいしょ。と立ち上がる閻魔大王。

めちゃくちゃ大きいその体におぉー。と関心の声がこぼれる。


「さぁ、こっちにおいで。天国に連れていくよ」

「え?」

「君にいい事が起こるといいな。それじゃ」

「あの!待って閻魔様!!」

「なんだ?」


出された手を止める。

このまま天国へ行ってもいいのだろうか?

いや、よくない。

なんたってさつきは初めて一目惚れしているのだから。


「あの、私天国に行かなくていい!!」

「はぁ?何を言っているんだ。君を裁く罪状なんかないぞ?」

「だから!私ここで働く!閻魔様の元で従業員やる!!」

「はぁぁぁ!?!」


フンス!と鼻から息を出すさつき。

閻魔宮殿はこの日、驚きの声で揺れた。


「働くって、人間には無理だ!!大体なんでそんな事を望む?普通は天国行きたいだろ!」

「なんで人間はダメなの?それに私は閻魔様の元で働きたいの!!手違いしたんだからいいでしょ?」

「うぐっ。よく見てみなさいさつき!周りは鬼や妖怪だらけなんだぞ?君じゃ無理だ!!」

「無理じゃない!!やれる!!人間なめんな!!」


ぐっぬぬぬ!と意地を張るさつき。

その眼差しに閻魔大王はたじろぎ、大きなため息をついた。


「はぁー。どうしても諦めないのか?」

「諦めない。閻魔様のとこにいたい。」

「いたいってなぁ。仕方ない、それじゃぁ試用期間を1ヶ月設ける。」

「え、ほんと?」

「あぁ。手違いでここまで呼んでしまっているし。天国の神にはワシの方から話しておく。」

「やった!やったね!」

「だが1ヶ月きっちり働いてもらうからな!!それで地獄の辛さを思い知りなさい。そうすれば天国行きも受け入れられるから」

「大丈夫、私ちゃんと1ヶ月働くから!それで認めてくれればずっとここにいていいよね?」

「まぁ、それだけの労働ができるなら。」


わーいと大喜びのさつきに変態でも見るかのような閻魔。この間にもっとお近付きになろうと考えるのだった。

こうしてさつきの地獄生活がスタートした。

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