孤独

理性

第1話 存在

2231、2232、2235、、、2237


目覚まし時計の鼓膜に突き刺さるような音が鳴り響く。

眠気まなこで目覚まし時計を叩き止め、時間を確認する。針は7:00を指している。


嫌な夢見たな。


時々見る大学入試の合格発表の夢だ。


いつもより大きめに伸びをし、部屋を出た。自室を出てすぐの階段を降りると、ダイニングテーブルにずっしりと座った父がいつものように新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいた。

「おはよう」

「おお、おはよう」

うちでは必ずあいさつをしなければならないという決まりがあり、小さい頃はしないとよく怒られたものだ。特に中高生の時は盛んな時期ということもあり、あいさつをするとかしないとかでよく父と喧嘩になった。

母にあいさつを済ますと、父とは反対側に座った。コーヒーと焼いた食パンが運ばれてくる。朝食といえばいつもこれだ。

2階の扉が大きな音を立てて閉まる音がした。どうやら弟は今起きたらしい。規則的な音を立て階段を降りてきた弟は間に合わんといいながら、玄関へ向かった。

「あいさつ!」

と父がいうと、おはよ!っと返し、母から弁当を受け取り、出ていった。

僕は母の弟の計画性のなさについての愚痴にそれとなく相槌を打ちながら朝食を済ませた。

父が仕事へ向かうと、僕らも身支度を始める。母は近くの弁当屋でパートをしており、10時には出てしまう。それに合わせて僕も家を出る。


僕の浪人生活が始まって1ヶ月が経とうとしていた。志望していた国立T大学に落ちた時、両親は滑り止めの私立大学の進学を認めてくれたが、僕の気持ちを汲んでか、浪人を薦めてくれた。

僕はどことなく申し訳ない気がして、予備校へは通わない所謂宅浪をすることにした。

自宅ではどうにも集中できないため、近所の図書館の自習室へ行っている。


母と一緒に自宅を出て、自転車で図書館へと向かう。ものの15分程度で着く距離だ。

風でめちゃくちゃになった髪を申し訳程度になおし、図書館のロビーへと入った。ロビー向かって左手にある階段を上がると、大体40、50名程が入る自習室が2つ並んでいる。隣の受付で名前を書き、受付から奥の方の自習室へと入った。自習室には長机が扉から反対側の窓に対して垂直に並べられている。窓のある壁に対して並ぶように6列、それから廊下側の壁までそれぞれあと3つの長机が置かれており、4×6で24こある。ひとつの机に2人座れるように背もたれ付きのイスが置かれているため、48人は座れる。

僕が後ろ側の扉をあけるといつもの彼女がいる。彼女は前から入って2列目の3番目の机に座っている。それもふたつある席の窓側の方だ。彼女の髪は肩下あたりまで伸びており、その黒髪は蛍光灯の明かりでも幻想的に見えるほど艶だっている。

僕は彼女の存在を認識して、いつもの1番後ろの窓際の席に向かう。

今日も横の席にリュックを置き、定位置に座る。

最初は彼女がなぜここにいるのか考えることもあったが、それを確かめる術がないためもうそんなこともしていない。


12:30になると彼女は出ていく。昼食を買うためだ。彼女が買ってくるのはいつも同じだ。ハムサンドと野菜サンドとツナサンドの入った3色サンド、3個入りドーナツ、飲むヨーグルト。

彼女が出ていくと僕の昼食が始まる。本当は11:30頃からお腹が空いてくるが、彼女がいる手前遠慮している。

今日はそぼろか。

僕の昼食はいつも母の手作り弁当だ。

僕がご飯をかき込んでいると、15分程で彼女は戻ってくる。

自習室の扉が静かに開く。戻ってきた。僕は少し肩をすぼめ、深めに下を向く。彼女と目を合わせないためだ。以前、ふと扉の方を見てしまい彼女と目が合ってしまった。それからかなり気まずいのだ。彼女はまた僕の方を見ているのだろうか。そう考えると胃の中のものが上がってきそうだ。

昼食を終えると僕らはまた参考書とノートに向き合う。15時になると彼女はドーナツを食べる。少し羨ましいが、ひとつちょうだいなんて口が裂けてもいえない。


自習室は19時まで開いている。といっても19時に誰かが帰宅を催促しに来る訳では無い。恐らくこの建物はもうしばらく開いているのだろう。時間を守って退出しても一向に閉館する気配は無い。彼女は律儀に19時に退出する。出来れば僕もそうしたいが、一緒に出ることになったり、駐輪場ではちあうのが気まずい。彼女がいなくなったであろう時間を見計らい19:30頃に退出する。そのため彼女が歩いてきてるのか、自転車なのか、迎えがあるのかなど全く知らない。

受付に退出時間を19:00と記入し、駐輪場へ向かう。この時期のこの時間はまだ空が暗い。日は沈み山奥に隠れた太陽が力なく山奥から光を覗かせている。外へ出ると昼のハツラツさはどこにもなく、地面のレンガ道路が音を吸い込んでしまっているように静かだ。図書館の向かいにある市民ホールにも明かりが見えるが、それがいっそう寂しく感じさせてくる。駐輪場には不法投棄の自転車と数名分の自転車しかない。あまり明るい場所では無いが、暗くても自分の自転車くらいわかる。高校へ入学してからずっと乗っているんだ、もはや体の一部のようなものだ。自転車の左側へまわり、錆び付いた鍵を回し、車体を前に押す。右斜め後ろへ車体を下げて左足をペダルにかける。右足で地面を1回大きく蹴って、そのまま反対側のペダルに置く。昔は3回も地面を蹴らないと乗れなかったが、今は1回で事足りる。

図書館までの道のりを辿ってかえるのだが、裏道のためあまり明るいとはいえない。でも、この雰囲気が僕は好きだ。暗い夜道を力なく漕ぐのが、ひと仕事終えたサラリーマンみたいで達成感がある。朝通った道とはまったく違う顔をみせるこの道は朝からの時間の経過を感じることができ、今日も頑張ったかもなと思える。


自宅につくとまず友人からの連絡がないかと確認する。自習室にいるときはリュックの奥底にスマートフォンを隠し、できるだけ誘惑を避けていた。電源を入れると新規通知は0。まあそうだよな。

友人たちは浪人している僕を気遣ってできるだけ連絡しないようにしてくれているのだろう。

父と母はある程度食事を済ませており、弟の風呂を待っている間僕も食事を済ませることにした。今日は手作りハンバーグだ。母が作るハンバーグは楕円というより球体で上に和風ソースがかかっている。テレビでは情報番組が流れていた。N大学の創立50周年を記念して式典が行われたことを紹介していた。N大学はここらへんでは有名な私立大学でこの土地で進学する者はだいたいここへ行く。学部も様々あり、施設も広い。同級生も多くそこに進学していた。ニュースでは学内の様子や学生へのインタビューなどが放映されている。学食はかなり有名らしく多くの学生が昼食のために利用するらしい。


「弁当箱だした?」

母がとたんに聞いてきた。

「ああ、食べ終わって持ってくるよ」

そう返事をすると、時間が停止した。

僕はいまなにをしているんだろう。そういった問いかけが反響する。テレビの音、母が洗い物をする音、父のビールのグラスの音、全ての音が消え、静まり返っている。今日は僕は何をした?今日という日は僕にとって何の意味があった?僕が進む場所はどこだ?

とたんに自分という存在が世の中から切り離された気がした。僕なんかどこにも存在していなくて、ただ二酸化炭素を放出する装置なんだ。そう考えるとむしろ自分にはどこにも存在価値などない。僕は一定の距離と時間だけ外出が許された囚人なのだ。といっても社会という監獄は僕なんか監視しておらず、存在を認知していない。目の前のハンバーグは果たして僕の為につくられたのもなのか?


そう考えていると下着姿の弟が風呂から上がってきた。

「あ、おかえり」

そう弟に言われて我に返った。



湯船の中で僕は考える。

彼女はどんなときこんな気持ちになるのだろう。孤独とどう向き合っているのだろう。


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孤独 理性 @risei_ningen

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