土魔法はダサい? 最愛を手に入れたわたくしが最強です

uribou

第1話

 ――――――――――貴族学院にて。マイルズ・スタントン伯爵令息視点。


「クララ・アシュフィールド君合格。特Aだ。エクセレント!」

「どうも」


 クララはすごいなあ。

 魔法実技の先生に褒められながらも、令嬢らしくないぶっきらぼうさのクララは、僕マイルズ・スタントンの婚約者だ。

 クララはアシュフィールド侯爵家という高位貴族の令嬢ですごく可愛いのに、普段はクールな仮面を外さない。

 まあいいや、クララの可愛さは僕だけが知っていればいいことだし。


 先生が大喜びだ。


「この学年は素晴らしいね。魔法実技の評価特Aが三人か。三人もいるのは記憶にないよ」


 クララに魔法を教えてもらっている僕もまた、魔法実技は評価特Aなのだ。

 いや、僕の実力なんかクララの足元にも及ばないけどね。

 そしてもう一人、『聖女』と呼ばれる伯爵令嬢も評価特Aだ。


 魔法とは魔力を用いて特定のちょっとした現象を起こす技術だ。

 もちろん個々人の素質によって差はあるが、訓練次第で誰にでも使えるようになると言われる。

 ただ魔力の扱いは難しいので、魔法はほぼきちんとした教育の受けられる貴族の嗜みになっている。


 そう、魔法を使えることは、貴族のステータスみたいなものなのだ。

 だから貴族学院に入学すると、皆必死に自分の持ち属性に合う魔法を習得しようと努力する。

 もっとも人間の魔力量なんてたかが知れているので、大したことができるわけじゃないけど。

 魔法を極めようなんて気を起こすのは、クララみたいなマニアのみ。

 だからこそクララはすごい。

 人間の魔力が今よりもずっと多かった神話時代の魔法を再現できているのは、おそらくクララだけだ。


 誰かの嘲るような声がボソッと聞こえる。


「でもクララ様って、土属性なんでしょう?」


 土属性が悪いみたいな言い草だな。

 持ち魔法属性による差別は厳然としてある。

 クララほどの実力者になれば持ち魔法属性など関係ないのだということが、学院の魔法実技の講義程度じゃ理解できないからだろうけど。


 魔法属性とは土・水・火・風・雷・聖・闇の七つが知られており、人はその内の一つないしそれ以上を持つとされている。

 一番貴重とされているのは、もちろん回復や治癒、浄化を司る聖属性だ。

 日常的に魔法を使うのは、普通は聖属性持ちの癒し手だけとも言える。


 聖属性持ちは女性にしか現れず、また非常に有用であるため、まめに魔法を使って魔力量を伸ばすことが推奨されている。

 平民でも洗礼式で聖属性持ちであることが判明すると、回復魔法を教え込まれ治療院で高給をもらえる仕事に就けるのだ。


 聖属性持ちの中でも極端に持ち魔力量が多くて、祝福と呼ばれる範囲型の付与魔法を使える者のことを聖女と呼ぶ。

 魔法実技特A評価の一人で、現在我が国唯一の聖女であるドローレス・リンメル伯爵令嬢はクララと因縁があるのだ。

 それは……。


          ◇


 ――――――――――三ヶ月前。クララ・アシュフィールド視点。


「王家から婚約解消の要請が来ている」

「はあ」


 父の真剣な眼差しに比べ、わたくしの返事は何とも間が抜けていると思うが仕方ない。

 第一王子アルバート様は婚約者なのに、ちっともわたくしの方を向いてくれなかったし。

 ようやく婚約解消かと思うと清々する。


「申し訳ありませんでした」

「まあ噂は聞いていたから。アルバート殿下は例の聖女に夢中なのだろう?」

「はい」


 アシュフィールド侯爵家の実力を加味してだろう。

 わたくしが第一王子アルバート様の婚約者に推されたのは二年ちょっと前だ。

 しかしアルバート様は、わたくしのことをあんまり気に入ってくださらなかったようだ。

 我ながら整った顔立ちだとは思うのだけれども、あまり表情筋が発達していないせいだろうか?


 と言うか、おそらくわたくしの持ち魔法属性が土であることが気に入らないのだろう。

 土属性の魔法は起動が遅い、使用魔力量が多い、効果が地味と三重苦だから。

 何度かバカにされたしな。


 考えるまでもなく火魔法や水魔法は有用だし、風魔法は暑い時や髪を乾かす時に使えるし、雷魔法は痴漢除けに大人気なのに比べて土魔法は……。

 土を出せてそれが? ダサいという認識なのだ。

 いや、魔法を日常的に使ってる人なんかほぼいないにも拘らずだよ?

 偏見も甚だしい。


 自分の持ち魔法属性が何かというのは運だ。

 聖属性持ちの人は正直わたくしだって羨ましい。

 アルバート様が聖女ドローレス様をもてはやす気持ちもわかる。

 わたくしだって効果に影響する魔法力や持ち魔力量は、ドローレス様にも負けてないんだけどな。


「魔法の実力では聖女よりクララの方が上だろう?」

「そりゃまあ」


 わたくしは魔法オタクだから。

 魔法を常日頃から便利に使い倒しているのなんてわたくしくらいだ。

 よさがわからないものなんて評価されるわけがない。

 だから持ち魔法属性差別なんてことが起きるんだろう。


「我がアシュフィールド侯爵家を退け、家格として格下のリンメル伯爵家の令嬢であるドローレス嬢を選ぶ。それが通ってしまうのはドローレス嬢が聖女だからだ。実に面白くないね」

「……」


 と、言われてもわたくしにはどうしようもない。


「いや、クララを責めているわけではないんだ。王家とアルバート殿下の判断がね」

「王家批判はよろしくないですよ」

「ハハッ、婚約を解消されるというのに、クララは冷静だな」


 だってわたくしは特にアルバート様に思うところはないから。

 婚約を解消されると聞いてラッキーってなくらい。

 父は王家との繋がりが切れて残念だろうけど。


「で、次の婚約の申し込みが来ているんだ」

「えっ?」


 解消されるとはいえ、現在のところわたくしはまだアルバート様の婚約者なのだが。

 そのわたくしに婚約を申し込むなんて、フライングも過ぎる。

 でも誰か、心当たりはある。


「……マイルズ・スタントン伯爵令息ですか?」

「そうだ。クララよ、珍しく喜びが顔に出ているじゃないか」

「淑女らしくなくて申し訳ありません」


 マイルズは貴族学院の生徒の中で、唯一わたくしの魔法を評価してくれる人だ。

 わたくしの幼馴染で、魔法の弟子でもある。

 アルバート様の許可を得て、護衛の名目でわたくしにピッタリ寄り添ってくれていた。


「王家に婚約解消について承諾。スタントン伯爵家にもまた婚約を承諾。それでいいね?」

「はい、お願いいたします」


 アルバート様のことは残念だった。

 主に婚約期間の二年をムダにしたことが。

 でもマイルズが婚約者になってくれるなんて嬉しいな。

 いいことありそう。


          ◇


 ――――――――――現在、アシュフィールド侯爵家邸にて。マイルズ視点。


「はあ、クララの顔を見ながらのお茶はおいしい」

「何を言っているんですか」

「何をって、本心を」

「もう、マイルズだって素敵ですよ」


 婚約者とのお茶会を退屈だから好きじゃないって人もいるみたい。

 僕はもちろん大好きだ。

 何故ならクララがいるから。


「幸せだなあ。僕はクララといると幸せなんだ」

「大げさですよ」


 大げさじゃない。

 これはクララの前じゃ絶対に言えないが、アルバート殿下との婚約が解消されて本当に良かった。

 おかげで今クララは僕の婚約者だよ。

 アルバート殿下ありがとう。


 ただありがとうだけじゃすまされないのが、クララの気持ちの問題だ。

 何も言わないけど、傷ついているんだろうなあと思う。

 アルバート殿下め。

 さっきの感謝は取り消しだ。


「何を考えているの?」

「えっ? 溢れるクララへの思い以外で?」

「以外で」


 クララは洞察力あるからな。

 しかしアルバート殿下の名を出すのはよろしくないだろう。

 ならば……。


「ドローレス嬢の聖属性魔法ってのはそんなにすごいのかね?」


 アルバート殿下の新しい婚約者ドローレス・リンメル伯爵令嬢。

 クールビューティーのクララと対照的な、柔らかな美貌の聖女だ。

 クララを嫌ったアルバート殿下が惹かれるのもわかる。


 まあクララは魔法オタクだから、魔法をダシにした話題なら嫌がらないだろう。


「聖属性はすごいのよ! 使い手が少ないこともあって、まだ研究があまり進んでいないの。ああ、ドローレス様私とお友達になってくださらないかしら? 研究したい……」

「……」


 研究したいから友達になりたいってのはどうだろう?

 愛するクララのことでも引くわ。

 しかしドローレス嬢のことを嫌ってはいないのかな?

 ちょっと意外だ。


 グオオオオン!


「な、何だ?」


 突然の轟音と振動。

 事故か? 事件か?


「爆発でしょうか?」

「様子を見てくる。クララは邸から出るな!」


 ――――――――――一方その時、治療院にて。聖女ドローレス・リンメル視点。


「次の方、どうぞ」


 市民と触れ合い、癒しの施しに精を出す。

 毎日が充実していますね。

 聖女に認定され、第一王子アルバート殿下の婚約者にもなりました。


 ……ただアルバート様の元婚約者クララ様は本当に優れた方なのです。

 家柄も学院の成績も。

 私が勝っているのは、本当に聖女であるという一点のみ。

 となると私に期待されているのは聖女として活動し、平民層の支持を得ることです。

 地道に治療院にて癒しの奉仕に一生懸命な理由です。


 ん? どうしたのでしょう?

 外が何か騒がしいですか?

 癒し手の一人が駆け込んで来ました。


「聖女様!」

「どうしましたか? 大きな事故ですか?」

「違います! テロです!」


 て、テロですって?


「王制に反対する過激派『赤い熱月』の蜂起のようです! ケガ人も大勢発生しています!」

「せ、聖女様。どうしましょう?」

「うろたえてはなりません。治療院には負傷者が集まるに決まっています。非番の癒し手に集合をかけなさい」

「はい!」

「治療院がテロの対象になっては被害が拡大します。憲兵隊と騎士団に連絡して守備を依頼してください」

「はい!」

「気合い入れますよっ!」

「「「「はい!」」」」


 やれることはこれだけ。

 あとは待ちです。

 早速ケガ人が運ばれてきました。


「急患だ、頼む!」


 何てこと。

 かなりひどいケガです。


「ヒール!」

「ヒール!」


 とりあえずこれでよし。

 ケガ人を運んできた方が言います。


「助かったぜ、癒し手さん」

「まだまだたくさんケガ人はいそうですの?」

「王都も中央部はひどい有様だぜ。ケガ人も四桁になるんじゃないか?」


 せ、千人規模ですって?

 魔力がとても持ちません!


「皆様いいですか? 軽症者に回復魔法を使ってはなりません。魔力を温存し、重症者の命を繋ぐことだけを考えてください」

「「「「わかりました!」」」」


 ――――――――――一時間後。


「聖女様、ごめんなさい。私も魔力切れです」

「くっ!」


 癒し手の皆さんは全員魔力切れ。

 私ももうほとんど魔力が残っていません。

 まだたくさんケガ人がいるというのに。

 ああ、聖女などと言われていながら、何と無力なことでしょう。


 あっ、あの方は?


「遅くなりました。お手伝いいたしましょう」

「く、クララ様?」


 クララ様が訪れてくださいました。

 しかしお手伝いと言っても……。


「クララ様。今必要なのは癒し手なのです」

「わかっています。わたくしは回復魔法も使えますから」

「えっ?」


 クララ様の持ち魔法属性は、確か土だったのでは?


「クララ様は聖属性もお持ちだったのですか?」

「持っていませんよ」

「では何故回復魔法を使えるのです?」

「祝福のような特殊な術はともかく、回復魔法の発動に聖属性の所持は必須じゃありませんから」


 目が点になります。

 クララ様の仰る通りではありますが、持ち属性じゃない魔法の効果なんて知れているでしょう?

 いえ、クララ様ほどの魔法力の持ち主になると、自分の持ち属性じゃなくても実用レベルになる?


「周りに集まってくださいね。行きますよ。リカバー!」


 範囲回復魔法のリカバーです。

 癒し手でもほとんど使い手がいないのに何てこと!

 ほぼ私と遜色ない効果ではありませんか。


 その後もクララ様がリカバーを連発していきます。

 すごい!

 しかし……。


「クララ様の魔力が尽きないのは何故なのです?」

「ああ、土魔法の魔力集積と風魔法のマジックリジェネレーションを併用しているのです」


 魔力集積は周りから魔力を集めて使えるようにする魔法。

 マジックリジェネレーションは徐々に魔力を回復させる魔法です。

 ともに学院の魔法実技の授業など及びもつかない、伝説レベルの高等魔法ではないですか。

 土魔法ならばともかく、クララ様は風魔法にも造詣が深いんですの?


「今まで使う機会なんかなかったですけれどもね。お役に立てて良かった」


 やや表情を崩すクララ様。

 私は聖女という現状に甘んじていました。

 クララ様はおそらく起こり得る危険の可能性を感じて、自分の魔法力の高さを生かす方法を模索していたのでしょうに。

 何と意識の高いことでしょう!


 結局クララ様一人で残りのケガ人全てを治療してしまいました。

 考えられないです。

 私なんかより……。


「……やはりアルバート様の婚約者はクララ様であるべきでした」

「そんなことありませんよ」

「今からでも私は辞退すべきでしょう。クララ様にお返しいたします」

「冗談じゃありませんよ。私はマイルズとラブラブなのです」


 マイルズ・スタントン伯爵令息?

 アルバート様と婚約解消で、仕方なく婚約したという噂でしたが、そうではないんですの?

 ラブラブ?


「わたくしこそアルバート様をドローレス様に押しつけたみたいで悪いなあ、と思っていたのです」

「えっ?」

「アルバート様はわたくしと向き合ってくださいませんでしたし、大体移り気で気まぐれでしょう? あんな方と関わるのはごめんです」

「……」


 二の句が継げません。

 でもどうやら私はクララ様に気兼ねをする必要はないようです。

 ……アルバート様が移り気で気まぐれというのは、不敬ながら同意です。


 もう新たに運ばれてくるケガ人はいないようですね。

 立ち上がるクララ様。


「そろそろよさそうですね。わたくしは帰ります。私に手伝えることがありましたら、連絡をくださいませ」

「あの、クララ様」

「何でしょう?」

「私にも魔法を教えてくださいませんか?」

「喜んで」


 ああ、クララ様がこんなに美しい顔で微笑む方だとは知らなかったです。


          ◇


 ――――――――――マイルズとのお茶会。クララ視点。


「危ないから一人で行っちゃダメだよ」

「反省してるわ」


 この前のテロの際、わたくしが従者も連れず治療院に行ったことを、マイルズは問題視しているのだ。

 マイルズに外に出るなって言われてたしな。

 実際は感知魔法を常時展開しているわたくしが不覚を取ることなどないのだが。

 でも心配されていること自体には、心が温まる気がして嬉しい。


「クララの力が大きかったのに感謝状一つですまされて。ほとんど聖女ドローレス嬢の功績とされているじゃないか」

「まあまあ、アルバート様の婚約者ですから。ドローレス様は目立たなきゃいけませんよ」

「おまけに最近ドローレス嬢に魔法を教えているだろう?」

「そうね。魔法仲間が増えると嬉しいわ」

「いいのかい? ライバルだろう?」

「ライバル?」


 ドローレス様がわたくしのってこと?

 どうして?


「アルバート殿下を巡る、新旧の婚約者じゃないか」

「わたくしが捨てたアルバート様を、ドローレス様が拾っただけでしょう?」

「ええ? そういう理解なの?」

「誰かがアルバート様の面倒を見ないといけないですからね」

「言い分が介護の話みたいだ」

「当然ではないですか。私の最愛はマイルズなのです」


 あっ、マイルズが赤くなった。

 お可愛らしいこと。


「……僕の最愛もクララなんだぞ?」

「あら、気が合いますね」

「クララは本当に美人で、とんでもない魔法の実力者なのに何故か評価されてなくて」

「世の中でウケるのは何か、ということはわからないものですね」


 ドローレス様も勘違いされているようなのだ。

 わたくしが高邁な思想を持って魔法を学んでいると。

 魔法の知識と技術を惜しげもなく与えると。


 それは違う。

 わたくしは好きで魔法を研究しているだけ。

 魔法のことを語らえる友が欲しいだけなのに。


「君が殿下との婚約を解消しそうだという情報を得て、急いでアシュフィールド侯爵家に婚約を申し込んでしまった」

「あれにはビックリしましたわ」

「父も呆れていたけどね。遅いよりいいかと賛成してくれたんだ」

「でも嬉しかった」


 意気込みが伝わってきた。

 必要とされているんだと実感できた。

 わたくしはこの爽やかなのに熱を感じるマイルズが好きなんだ。


「……キュア!」

「え? 何だい、今の治癒魔法は?」

「……何でもないわ」


 どうにもこの恋という感情は落ち着かない。

 一種の状態異常ではないかと治癒魔法をかけてみたけど、心臓の鼓動が鎮まらない。


「えい!」

「どうしたんだい? 急に抱き着いてきたりして」

「わたくしばっかりドキドキするのは理不尽なのです。マイルズもドキドキさせてやりたいと思いました」

「クララはクールだと思われているだろう?」

「というか、感情が希薄だと思われているんじゃないかと」

「そんな連中に今のクララを見せてやりたいね。僕の婚約者はこんなに可愛いんだぞと」

「もう、マイルズは意地悪なんですから」

「僕だってドキドキしてるんだ」

「えっ?」

「鼓動が聞こえるかい?」


 あ……わたくしとマイルズの鼓動がシンクロしている。


「……愛ですね」

「愛だな」


 恥ずかしいことを言っているのは自覚している。

 赤い顔同士で微笑み合う。

 見ないふりをしてくれている侍女にそっと目配せ。

 お茶を求めた。


 愛は喉が渇くものと知った日だった。

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