第56話:魔虫王

『少年よ、魔虫王はこの森におる。儂らは"深淵"と呼ぶ森じゃ』

「わかりました」


 その後、俺は魔虫王が棲むという森にやってきた。

 葉や幹は黒々としており、部外者を拒絶するような不気味な雰囲気で包まれている。

 周囲を飛ぶ魔虫も多く、常に顔の前を振り払うくらいだ。

 俺の隣には狼人族の長老だけがいる。

 魔虫が辛いだろうに、『戦闘を見届ける』と言ってついてこられた。

 長老は言いにくそうに話す。


『もう……解除しても構わんぞ。魔虫王とはベストな状態で戦いたいだろう』

「いや、これくらい大丈夫ですよ。解除したら長老さんも辛いでしょうし」


 俺は魔虫が触れないよう、長老の周りの空気を操作して凝縮した層を作っておいた。

 魔虫は長老の身体に取り憑こうとするが、空気の層に阻まれ触れることさえできない。 

 森に入ってから、ずっとそのようにバリアを作ってあった。

 無意識で操作できるしそれほど魔力は使わないので、魔虫王とのバトルにも支障はない。

 長老をおいて森の奥に進むと、木々が少ない広場みたいな空間に出た。


 ――原作では、ここで自動的にエンカウントしたけどどうだろうか……。


 探しに行かないといけないかな……と思ったが、その必要はなかった。

 俺が広場に立った瞬間、地面がひび割れ土が空高く吹き飛んだ。

 土がパラパラと舞い落ちる向こうに、黒と紫のまだら模様をした長い魔物が見える。

 俺の後ろからは、長老の息を呑む声が聞こえた。


『で、出おった……出おったぞ、少年!』

「大丈夫です! 長老はそこにいてください!」


 現れたのは――魔虫王。

 鎧ムカデといった風体で、全長はおよそ40mほどもある。

 全身を覆うのはA級鉱石"ギリア鋼晶"。

 魔法攻撃は30%、物理攻撃は20%もカットする効力を持ち、魔法攻撃に至っては、3割の確率で反射してくる。

 強固な鎧で身を守り、口から生えた牙と巨大な二本のハサミで敵を切り裂くのだ。

 魔虫による攪乱と地味なダメージ、そしてハサミの毒により苦戦を強いる難敵であった。

 魔虫王は俺を確認すると、咆哮を上げながら俺に目がけて突進してきた。


『キシャアアッ!』

「《魔力の大盾》!」


 魔力を操作して大きな盾のように形成した。

 ぶよんっ! と魔虫王を跳ね返す。

 

『ギッ!?』


 新しい試みとして、魔力の弾性を操作してみた。

 結果、うまく攻撃を弾き返したのだ。

 魔虫王は態勢を整えると、鎧の隙間から重い振動音を響き渡らせた。

 これは指令だ。

 小さな魔虫が周囲を飛び回り、俺の視界を悪くする。

 こいつらはそれぞれが魔力を持っているので、探知も妨害される。

 周囲の空気を層にして、一気に打ち払う。

 視界が開けるも、魔虫王の姿がない。

 ……いや、地中だ。

 わずかな振動を感知した直後、下から魔虫王が突き上げてきた。

 大きな口を開け、俺を丸呑みしようとする。

 牙を掴んで宙ぶらりんの状態となった。

 魔虫王は外からの攻撃には強くても、中からの攻撃には弱い。

 となれば、やることは一つだ。


「《魔爆波》!」


 ぽっかりと空いた喉奥に向かって、凝縮した凝縮した魔力の塊を放ち、一気に拡散させる。

『! ……グギャアアアアッ!』


 いくら外殻が強靱でも、体内は普通の魔物と変わらない。

 鎧の隙間から緑の血を迸らせ、魔虫王はずずん! と地面に崩れ落ちた。

 魔力の供給源である王が死んだので、宙を舞う魔虫も次々と死んでは地面に落ちていく。

 里の周囲を飛び交う魔虫も、すぐに死滅するだろう。

 長老の元に戻ると、呆然とした様子で呟かれた。


『ま、まさか、本当に一人で魔虫王を倒してしまうとは……。し、信じられん……実力じゃ』

「いやいや、うまく倒せただけですよ。では、狼人族の皆さんに知らせてきますね」

『……その必要はない』

「え……?」

 

 長老がそう言った瞬間、森の中から何人もの人影が現れた。

 狼人族の皆さんとライラ先生はじめ、学園の生徒たちだ。

 みな、俺と魔虫王の戦いを見守っていたらしい。

 たくさんの魔虫で魔力探知が阻害されて、今まで気づかなかったのか。


『儂らは……愚かだった。素直に助けを頼めばいいものを……。狼人族のしがらみなど、里の危機、ひいては人類の危機に比べればどうでもいい。魔虫に侵され、そんな簡単なことさえわからなくなっていた……』


 長老がポツポツと話すと、周りの狼人族も気まずそうに下を向く。

 魔虫に侵され弱り、さらには里が危機に陥り、きっと心の余裕がなかったのだと思う。

 狼人族が申し訳なさそうに謝る中、学園の生徒たちは笑顔で握手を交わす。

 カレン、ネリー、そしてルカも俺の戦いを褒めてくれた。

 

「おめでとう、ギルベルト。弱点を突いて攻めるのはあなたらしいわ」

「素晴らしい功績でございます。さすがはフォルムバッハ家の次期当主、ギルベルト様ですね」

「今度はボクも一緒に戦いますから。成長した実力をお見せしますよ」


 三人と勝利の喜びを分かち合っていると、すっ……と誰かが俺の隣に立った。


「ギルベルト、よくやったな。さすがは我が一番弟子だ」

「ありがとうございます、ライラ先生」


 そう答えて、喜ぶみんなを静かに見る。

 無事、狼人族との国交が回復できた。



 □□□



「じゃあ、ギルるん。さっき話した通りにお願いね」

「了解です」


 隣のキャロル先輩に答える。

 俺たち学園の生徒と狼人族たちは里長の家の前におり、目の前には"ザネリ式結界装置"がある。

 家庭用プラネタリムみたいな小型の丸い装置。

 魔虫が消えた今はもう必要ないのだが、狼人族たちから"国交回復の証としたい"と予定通り修理を頼まれたのだ。

 修理はキャロル先輩が行うが、魔力をわけてくれと言われた。

 彼女の肩に手を当て魔力を注ぐ。


「きぃぃぃええぇぇえっ! ……《修繕》!」


 キャロル先輩が奇声を上げると、"ザネリ式結界装置"の破損部がみるみるうちに修復され、元の形に戻った。

 周囲から歓声が上がる中、二人でパチンッ! とハイタッチする。

 結界装置も修復できたが、カレン、ネリー、ルカは低い声で言う。


「「ずいぶんと仲が良さそう(です)ね……」」

「い、いやっ! そういうわけではっ!」

「「冗談(です)よ」」


 ホッとひと息。

 夜が不安だったぞ。

 何はともあれ、重要な問題が解決できてよかった。

 狼人族たちに別れを告げ、俺たちは学園に戻る。

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