第46話:夏祭り

「……ギルベルト。おいしそうな焼き林檎が売っているわよー」

「こっちには光るジュースがあります」

「ギル師匠の好きなお肉の串焼きも売っていますよー」

「今行く」


 カレンたちに呼ばれ、俺も駆け足で三人の元に向かう。

 "ヨフリ城"での一件から数週間後。

 俺は今フォルムバッハ領の街、"レイズール"にいる。

 夏祭りが開かれているのだ。

 俺もまた、カレンとネリー、ルカの三人と一緒に祭りに参加している。

 前世では、女の子と一緒に祭りに行くなんて絶対にあり得なかったな。

 今世に感謝しきりだ。

 三人と一緒に街を歩く。

 ファンタジー感あふれる食べ物の屋台や出店が多く、もはや歩くだけで楽しい。

 俺は悪名高い"極悪貴族"ではあるが、薄暗くまたみんなお祭りに夢中なこともあり気づかれることはなかった。

 みんなで牛肉の串焼きを一本ずつ買い、ベンチに腰掛けて食べる。


「「いただきま~す。……おいし~い」」


 シンプルな塩味がしょっぱくておいしく、噛むたびに肉のうまみがあふれだす。

 まさしく、屋台の料理といった感じだ。

 出し物を見て回り、四人で金魚掬いをしようとなった。

 店主のおじさんにお金を払い、小さなプールの前にしゃがむ。

 泳いでいるのは、<幻想金魚>。

 赤や黄色、緑に青など、色取り取りに発光しており、幻想的でとても美しい。

 魔力ぽい(紙の部分が弱い魔力でコーティングされた"ぽい”)を使っているものの、 結構動きが素早くて、引き上げる前にするりと逃げられてしまう。

 操作魔法を使おうかとも思ったが、そこは止めておいた。

 動きを見切り、同時に二匹掬い上げる。


「「おおおー!」」


 三人の感嘆とする声が聞こえ、店主のおじさんも拍手してくれた。

 プールにぽいを入れるたび少しずつコツが掴めてきたが、七匹掬ったところでぽいが破れてしまった。

 採れた<幻影金魚>を袋にしまっていると、周りの客の歓声が聞こえた。


「「お、おい! あのお嬢ちゃんすごいぞ……!」」


 カレンが一番うまく、なんと一人ですでに十五匹もゲットしている。

 魔力ぽいが破れる気配はまるでない。

 気配はないどころか、それはもう舞でも踊っているかのように優雅な手捌きだ。

 どうやら、彼女は金魚掬いが得意のようだった。


「すごいな、カレン。ものすごくうまいじゃないか」

「それほどでもないわ」

 

 ネリーとルカはどうだろう……と思い二人を見ると、破れた魔力ぽいを片手に力なくプールを眺めていた。


「……ぽいが破れました」

「ボクもです……」


 二人とも、始まってすぐぽいが破れてしまったらしい。

 しょんぼりしているのが可哀想で、どうにかしてあげたいと思った。

 カレンと顔を見合わせる。

 

「俺のを分けるから元気だしてくれ」

「そうよ。私の金魚もあげるから。好きな色を選んで」

「「……ありがとうございますぅ」」


 俺とカレンの<幻影金魚>を分けていると、うっうっ……という鳴き声が聞こえてきた。

 な、なんだ?


「うっうっ……なんて熱い友情なんだ。こんなの見たら涙が止まらねえよ」


 泣き声の主は店主のおじさんで、採れなかったネリーとルカに、おまけで二匹ずつ渡してくれた。

 みんなで<幻影金魚>の入った袋を楽しく眺めていると、ふと広場の時計が目に入った。


「あっ、そろそろ花火の時間じゃないか?」


 午後七時から、祭りの最後の出し物として花火が打ち上がるのだ。

 ちょうどあと二十分ほどで始まってしまう。

 俺が言うと、カレンたちもハッとした声で話す。


「いっけない。すっかり夢中になっちゃったわ」

「一番の見所です」

「ギル師匠、急いで場所取りに行きましょう」


 俺たちは近くの小高い丘に急ぐ。

 夏祭りの最後といえば、やっぱり花火。

 十五分ほど小走りで駆け、どうにか時間に間に合った。

 みんなで座って空を見上げる。

 ひゅ~っという軽い音がした後、光の華が夜空に上がっては咲き誇る。

 この世界では火や風の系統を持った魔法使いが、花火専用の魔法を極めているのだ。

 目も見張るような赤や黄色の大輪に始まり、稲穂のように垂れる黄金の花火……。

 何発上がっても飽きることはなく、むしろ目を奪われてしまった。

 この世界でも花火はやはり美しい。

 傍らの三人の感嘆とした呟きが聞こえる。


「綺麗ねぇ……。なんだか夏の象徴って感じ」

「絶対にまた来年もみんなで来ましょう」

「来年まで忘れないように、ボクは目に焼き付けます」


 花火に優しく照らさるみんなの笑顔。

 それを見るのが一番の幸せだ。

 夜風も少しずつ冷たくなり、夏の終わりと秋の始まりを感じる。

 夏祭りの後も、みんなで勉強したり遊んだりを繰り返しているうちに、いよいよ学園の二学期が訪れた。

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