第12話:大きな断罪フラグ

「……《梢の鞭ツリー・ウィップ》!」


 ライラ先生の周辺にある樹木に魔力を飛ばす。

 幹と枝を操作して、鞭のような多方面攻撃を仕掛けた。

 前後左右上下。

 死角はない。

 ライラ先生は腰から剣を抜き魔力を込める。

 刀身が激しく燃え上がった。


「《火焔舞かえんまい》」


 炎をまとった剣撃で、樹の枝は次々と斬り落とされる。

 隙を狙ったつもりだが防がれてしまった。


「くっ……! もう少しだったのに……」


 思わず悔しい声が漏れると、ライラ先生はニヤリと笑った。


「私に剣を使わせるとは、なかなか成長したじゃないか。やはり、貴様は筋がいい。だが、まだまだ成長の余地はあるな」


 そう言われて気づいた。

 たしかに、ライラ先生はずっと素手で戦っていた。

 剣を抜いたのは初めて……いや、俺が抜かせたのか。

 修行の成果が少しずつ出ているのだと実感し、さらにやる気が上がる。


「ありがとうございます。頑張りますよ」


 剣を振るうライラ先生に挑む。

 七月七日の墓参りから、さらに数週間が過ぎた。

 修行も再開し、ひたすらに模擬戦闘を行う毎日だ。

 実地訓練は少しずつ減らし、徐々に座学の勉強も増えてきた。

 ライラ先生曰く、操作魔法の開発に難儀する可能性があったので、先に魔法の修行から始めたそうだ。

 もちろんのこと座学も大変に厳しく、言われたことを一度で覚えないとキンッ! される。

 とにかく辛いのだが、魔法やこの世界の勉強は結構楽しくて何とかやれていた。

 ゲーム内ではなかなかガッツリ触れることはなかったし、魔法を深く学べるのは単純に嬉しい。

 “経験の森”での修行もずいぶんと慣れ、死にそうになることもなくなった。

 小一時間ほど戦うと、実地訓練の時間は終わりを迎えた。

 操作魔法で散らかった地面を片付ける。

 昼食の後、午後は座学の勉強だ。


「ギルベルト様、お疲れ様でございます。タオルとお水をどうぞ」

「ああ、ありがとう。助かるよ」


 森を出ると、すぐにネリーが出迎えてくれた。

 ふかふかのタオルやら冷たい水やら、手厚い対応に心が安らぐ。

 最高にうまい水を飲んでいると、ライラ先生の厳しい声が飛んだ。

 俺ではなくネリーに。


「おい、メイドネリー。すぐに支度しろ。次は貴様の番だ」

「はっ! 承知しました!」


 ネリーはすぐさま敬礼する。

 なぜかわからないが、彼女もライラ先生の元で修行することになったらしい。

 しかも、俺と同じく“経験の森”で、基礎から発展までみっちりと。

 俺の地獄を見ていたのに、自分から所望したのだ。

 身近に志が高い人がいて、俺も気が引き締まる。


「メイドネリー、今日も走り込みだ。身体を壊さないよう注意しろ」

「ありがとうございます、ライラご師匠様っ。精一杯頑張らせていただきますっ」


 ライラ先生は女子には優しいんだよな。

 状況説明をしながら嬉々として走り込みに向かうネリーを見送り、タオルで一通り汗を拭いたところで、俺は本邸へと歩き出す。

 昼食前に、父上に話したいことがあった。

 ネリーの問題は解決できたが、まだ大きな山場が残っている。

 歩きながら思うのは、やはり断罪フラグの件だ。


 ――次は……俺の婚約者が関わる問題だ。


 俺と婚約者の間に横たわる大きな問題……。

 これは絶対に、入学前までに解決しておかなければならない。

 ネリーのときも深刻な内容だったが、今回は一段と重い。

 だが、怖じ気づくわけにはいかない。

 生き残るためには正面から向き合う必要があるのだ。

 考えながら歩くこと十五分ほど。

 本邸に着き、使用人たちに歓待され、俺は父上の執務室の前に来た。

 壁のように立ちはだかる、重厚な樫の扉をそっと叩く。


「父上、失礼いたします。ギルベルトでございます。お忙しいところ恐縮ですが、少しお話ししてもよろしいでしょうか」

「……入れ」


 粛々と執務室に入ると、父上は羽ペンを置いて俺を見てくれた。

 父上との関係も以前より改善した……と思う。

 前はこちらを見ようともしなかったし。


「お仕事中に失礼いたします。実は、今回もお願いがありまして、お邪魔した次第でございます」

「なんだ」


 相変わらず、すごい威圧感だ。

 それでも、これは絶対に避けては通れない問題だ。

 俺は深呼吸をして気持ちを整えると、父上の鋭い瞳を見たまま言った。


「……ハルミッヒ家のカレン嬢に会わせていただけませんか?」


 父上の目がわずかに細くなる。

 言葉は言われずとも、何を考えているのか手に取るようにわかった。

 フォルムバッハ家では、なのだから。


 ――カレン・ハルミッヒ侯爵令嬢、十四歳。


 ルトハイム王国の名家の一人娘で、俺の婚約者だ。

 ゲーム内では“半面の令嬢”と呼ばれる。

 人前に出るときは常に顔の右半分を仮面で覆うことから、嬉しくない二つ名がつけられた。

 その仮面の下こそがフォルムバッハ家禁忌の話題で、俺の断罪フラグが深く関わるのだ。

 ゲームの、そしてギルベルトの記憶を思い返すと、自然と顔が強張る。


 ――……火傷。


 幼少期、俺が原因でカレンは顔にひどい火傷を負った。

 すぐに医術師が処置をしたが痕ははっきりと残り、カレンの美しい顔は爛れてしまったのだ。

 視力などに問題はなかったものの、フォルムバッハ家とハルミッヒ家の間には深い溝が生まれた。

 当然だ。

 大事な一人娘を傷物にされたのだから。

 カレンの俺に対する憎悪だって凄まじいものがある。

 婚約破棄の話も持ち上がったが、結局関係は継続された。

 顔に傷があったのでは、他の令息と婚約することなどできない。

 父上は高額な慰謝料を渡し表向きは解決した……。

 とはいえ、実態はフォルムバッハ家の金と権力で無理やり抑えつけたようなものだ。

 原作ゲームでも、このエピソードにはかなりムカついたな。

 魔法学園でカレンに会った原作主人公は、類まれな光魔法で火傷を綺麗サッパリ消してしまう。

 結果、カレンは原作主人公側につき俺を断罪する。

 自分の命もそうだが、ネリーと同じように自分の悪行はきちんと謝罪したい。

 良心が傷むんだ。

 父上は手を組み直すと、低い声で話した。


「お前は自分が何を言っているか……わかっているのか? カレン嬢がお前に会いたいはずがないだろう」

「はい、もちろんわかっております。カレン嬢のお気持ちもわかります。ですが……私は過去の過ちを謝罪したいのです。自分の行いについて、カレン嬢にしっかりと謝らせてください」

「今さらお前が謝ったところでどうにもならん。お前の最善手は二度と顔を合わせないことだ。これ以上関係を悪化させるな」


 父上は視線を机に戻す。

 会話はこれで終わりだと全身から伝わるようだった。

 でも、終わらせてはいけないんだ。


「操作魔法の修練を積んだ結果、私は生き物が持つ回復力も操作できるようになりました。カレン嬢の回復力を増強し、傷を消せると思うのです」


 カレンの火傷痕はどんな回復魔法や秘薬でも消えなかった。

 だが、努力を重ねた操作魔法なら消せるんだ。

 実際にゲームでもそうだったから。

 一縷の望みをかけて頼んだが……どうだろうか。

 やはり断られるかなと思っていたら、予想外のことを話された。


「〈流星花〉の花畑か……我が輩も見たときは正直驚いた」

「見て……くださったのですか?」

「ネリーとサロメから〈流星花〉を渡されてな。興味を惹かれ花畑を確認したのだ。……見事だった」

「さ、さようでございましたか」


 父上は机の片隅に積まれた本をどかす。

 小さな花瓶に挿された数本の〈流星花〉が顔を覗かせた。

 まさか、ネリーたちが父上に渡しているとは思わなかった。


「……わかった。我が輩がハルミッヒ家と面会の手配をしておく。それまで静かに待っていろ」

「ありがとうございます、父上!」


 慌てて深くお辞儀する。

 贖罪の機会を得られた。

 心の中でホッと一息つきながら扉に手をかける。


「ギルベルト」

「は、はいっ!」


 話は終わったと思っていたから、父上に呼び止められて驚いた。

 扉に手をかけたまま振り向くと、鋭い視線のままの父上がいた。


「ライラの元で真面目に修行に励んでいるようだな」

「は、はい。素晴らしい家庭教師を呼んでいただき、誠にありがとうございました。自分でも驚くほど成長できております。これもライラ先生、そして手配いただいた父上のおかげでございます」


 慌ててお礼を言う。

 自分一人では、とてもこのレベルまで到達できなかっただろう。

 ライラ先生に巡り合えて本当によかった。

 素直な気持ちを伝えたものの、父上は何も言わない。

 な、なぜだ?

 何を言われるのかドキドキと緊張していたら、父上は口をゆっくりと開いた。


「…………これからも頑張れ」


 呟くように言うと、父上はまた机に視線を戻してしまった。

 羽ペンの走る音が室内に響く。

 仕事を邪魔しないよう、俺は静かに廊下へ出た。

 パタリと扉を閉めると、その場に少し佇む。

 きちんと言葉にしたいことがあったのだ。


「……はい、頑張ります、父上」


 扉に向かって、そっと呟いた。

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