彼女に言いたくて
くにざゎゆぅ
彼女に言いたくて
帰りのホームルームが終わって、皆が一斉に立ちあがる。
教室の窓際の席。急いで立ちあがる気のないオレの机の前に、彼女が立った。
オレに用があるとは珍しい。
黙ったままオレは視線だけあげて、彼女の可愛らしい顔を見た。
「
オレは返事をしない。
ただ心の中で答える。
昨日から、白目の血管が切れてしまったみたいなんだ。
鏡を見て、白目の部分全体が真っ赤に染まった自分の眼にびっくり!
我ながら震えあがった。
これは誰が見ても怖いだろうと思って、今日は朝から眼帯をしているんだ。
――眼帯しているオレ、ちょっとワケアリっぽくてカッコいいんじゃね? って思ったわけじゃない。
返事をしなかったオレに、彼女は質問を変えてきた。
「どうして高雅くんって、今日は左腕に包帯を巻いているのかな? 体育の時間に気がついたの。もしかして、怪我をしたの?」
彼女は、心配そうな表情となっている。
その問いにも、オレは答えない。
だって、ウチの飼い猫のミーちゃんとじゃれているあいだに、血が滲むほどの三本のスジを鋭い爪で入れられたなんて、カッコ悪くね?
これも、ちょっと意味深な怪我っぽくて、皆の注目を浴びたいだなんて思ったわけじゃない。
たとえ尋ねてきた相手が、学年一可愛いと言われている
なぜならオレは、孤高の人であるという立ち位置を崩したくないからだ。
それが――世間的にはクラス内のボッチと言われているものであろうとも。
ああ、そうだよ!
オレは思ったことを口にできないコミュ障だよ!
好きで黙ってるんじゃねえよ!
「おい、美姫ちゃん。そんな中二病のヤツを相手にすることなんてないって」
「そうそう。放っておけば?」
せっかく、憧れの美姫ちゃんが声をかけてくれた、この貴重な時間なのに。
同じ中学出身の悪友であるジュンイチが、リョウと一緒に、オレと美姫ちゃんのあいだに割りこんでくる。
オレと同じように美姫ちゃんに片想いをしているジュンイチ、こいつはクセ者だ。
中学時代。
学校からの帰宅途中で空を見上げながら「――はじまったか……」と、うっかりつぶやいたオレの言葉を、こいつは背後で聞いていやがった。
真冬に、ドアノブに手をかけたときにビリっときた静電気で、思わず「――ちっ! 結界か……」とオレがつぶやいた瞬間を、こいつに目撃されてしまった。
だから、オレの黒歴史を知っているこいつとは、別の高校に行きたかったのに。
残念ながら同じような成績であったために、一番近くの高校にそろって進学してしまった。
「え~。でも、高雅くん……。わたし、心配だもの」
心配げな表情の美姫ちゃんが、大きな瞳を潤ませた。
オレは無言で、ふいっと視線を逸らす。
だが、オレは心の中で、顔を両手で隠して叫びながら転げまわっていた。
ふおおおおおぉぉぉ!
可愛いじゃないか!
オレみたいなボッチでも、やさしい言葉をかけてくれる。
まるで天使!
まさに天使!
ああ、好きと言いたい愛しているとブチまけたい!
でも、こんな自他ともに認める中二病のボッチ、フラれる未来しか見えてないから、とても口に出して言えない。
けれど、オレは美姫ちゃんのためなら、きっと死ねる。
「美姫ちゃん。今日は俺ら、サッカー部の練習がないんだ。帰りにカラオケに寄っていこうぜ」
心配げな表情の美姫ちゃんに、横からジュンイチが声をかける。
いいよな、気軽に女子を誘える性格のヤツは。
すると、美姫ちゃんは驚きの行動にでた。
興味がなさそうな顔をして窓の外を眺めていたオレを、誘ってきたのだ。
「ねえ。高雅くんも一緒にカラオケに行かない? このあと、予定がなければ、だけど……」
「はあ? 美姫ちゃん、冗談だろ?」
「こいつがカラオケなんて、行くわけないって!」
オレが返事をする前に、ジュンイチたちが驚いたように叫ぶ。
ジュンイチたちの態度は腹が立つが、そういうオレも、心の中で「ないない!」と手を振った。
だが、美姫ちゃんがシュンとしたそぶりで唇を尖らし、小さな声で続ける。
「だって……。今日、現国の授業で教科書を読んだときの高雅くんの声、すてきだったんだもの。高雅くんって、ほとんど教室でもしゃべらないじゃない? だから、カラオケなら……。もっと声が聞きたいなって……」
瞳を潤ませた美姫ちゃんに、ジュンイチが太刀打ちできるわけがない。
ぐるっと首をまわしてオレのほうへ向くと、嫌そうな感情を隠そうともせずに言ってきた。
「おう、わかった! 高雅も行くよな? な?」
そう言われたら、オレも断れない。
何といっても、美姫ちゃんに、声をもっと聞きたいと言われてしまったんだ。
その場でくるくる回って喜びの舞を披露したい気分だ。
だが、当然そんなことをする度胸も技術もなく、いかにも仕方がなさそうな態度で、オレは椅子から立ちあがった。
彼らが向かったカラオケ店は、オレがめったに足を向けない繁華街の方角だ。
ジュンイチとリョウ、そして美姫ちゃんのあとをついて歩きながら、オレは、目下の問題で頭の中がいっぱいだった。
声をほめてもらったオレは舞い上がってしまったが、決して歌がうまいわけではない。
それどころか、カラオケは初めてだ。
歌えるのかどうかも定かではないくらいだ。
それは、同じ中学だったジュンイチも、音楽の時間で知っている。
だから、オレがカラオケにまじっても、彼女の称賛を持っていかれることはないと思っているのだろう。
これは困った。
これは非常にまずい。
彼女を幻滅させてしまう。
何とか、この危機を回避できる手段はないだろうか。
なんてことを考えながら、一番後ろを黙々と歩いていたオレの横まで、美姫ちゃんがススっとさがってきた。
そして、天使のような笑顔をニコッと浮かべる。
「わたし、高雅くんともっと話がしたかったの。カラオケは、ただの口実」
オレは、驚いて目を見開く。
すると、その様子がおかしかったのか、美姫ちゃんは頬を赤らめて笑みを深めた。
恥ずかしそうにうつむくと、さらに小さい声になって続ける。
「高雅くん、いつも寡黙でしょ。前から、その、カッコイイなあって思っていて……」
え? と、オレの口が形を作る。
これは――彼女もオレに好意があるということなのか?
そうなのか?
「今日も、怪我をしたのかと思うと、心配でいてもたってもいられなくなって。わたし、気がついたの。恥ずかしくて、教室では言えなかったけれど」
予想外の展開にオレはアタフタとしているが、うつむいている彼女は気づいていない。
そこで、ハッと我に返る。
これは、寡黙でカッコイイというオレのイメージを保たなければ……。
そう考えて、ニヤケそうになるオレは表情をひきしめる。
だが、彼女のほうからここまで言わせてしまって、男としてどうなのだろう?
「その、わたし、高雅くんのことが好きみたい……」
真っ白い首すじをピンクに染めて、美姫ちゃんは告げた。
その瞬間。
「やってられねぇよ!」
そう叫ぶと、ジュンイチが道路に落ちていた空き缶を思い切り蹴った。
派手な音をたてて、空き缶は前方に停まっていた車に当たる。
どうやら、前を歩いていたジュンイチに、オレたちの会話が聞こえていたらしい。
振り返ると、ジュンイチはオレに指を突きつけて、美姫ちゃんに詰め寄った。
「なんでよりによって高雅だよ? 美姫ちゃん! こいつはコミュ障のボッチじゃねぇか!」
そのジュンイチの剣幕に、美姫ちゃんは一気に蒼ざめる。
そして、恐怖で目を見開きながら
――さすがに、オレも後退する。
オレと美姫ちゃんの視線は、ジュンイチたちの背後に向けられていた。
視線の先には、黒い車に傷をつけられた強面の男たちが数人、鬼の形相でオレたちのほうへ近づいてきたからだ。
オレと美姫ちゃんの気配に気づいたリョウが振り返り、慌てたようにジュンイチの肩をばんばん叩く。
「なんだよ! うるせぇな、って……」
怒った表情のままで振り返ったジュンイチも、とたんに状況を把握したらしい。
一気にオレと美姫ちゃんのあいだを割って逃げだした。そのあとを追うように、リョウも走り抜ける。
固まっていたオレと美姫ちゃんも、遅まきながらようやく逃げだした。
しかし、女の子の美姫ちゃんと運動音痴なオレだ。
サッカー部のジュンイチとリョウに、あっさりと置いていかれた。
ジュンイチの野郎!
女の子を――美姫ちゃんを置いていきやがって!
追いかけてくる厳つい男たちを撒こうと、オレは美姫ちゃんと狭い路地に逃げこんだ。いくつかの角を細かく曲がる。
直線の道で振り切ることはできない。
だが、オレたちの姿を見失えばあきらめてくれるかもしれない。
「どこ行きやがった! ガキども、出てきやがれ!」
息を弾ませながら、オレたちは足が止まった。
男たちの声が、だんだん近づいてくる中で、オレと美姫ちゃんは辺りを見回し、電柱の陰にかがんで身をひそめる。
美姫ちゃんがガタガタ震えているのが、触れた腕からオレへ伝わってきた。
そんな中、絶望からだろうか、オレは妙に冷静になる。
――ここでオトコを見せずに、オレはいつ好きなオンナを護れるっていうんだ?
美姫ちゃんも、勇気をだしてオレに告白してくれたじゃないか。
オレは、憧れの美姫ちゃんのためなら死ねるって思ったじゃないか?
きっと、オレの気持ちを――いままで言えなかった言葉を伝えられたら、オレは覚悟を決められる。
本当に、彼女のために犠牲となって死ねる。
言いたくて、でもずっと言えなかった言葉。
いまこそ、ここで彼女に言うんだ。
オレは、彼女の腕をつかんで引き立たせると、男たちが近づいてくる路地の反対側へ押しだす。
そして、封印となる眼帯を取りながら肩越しに言い放った。
「ここはオレが食い止める。おまえは逃げろ。――はやく行け!」
オレの言葉を受けて、しゃっくりをあげて泣きながら、遠ざかる美姫ちゃん。
一方では、これ見よがしに指を鳴らしながら、距離を縮めてくる男たち。
ああ、オレ、詰んだな。
だが、彼女の前で、中二病的なカッコイイ言葉を言えたんだ。
中二病人生、もう後悔はない。
◇ ◇ ◇
ちなみに、後日談になるが。
美姫ちゃんを無事に逃がしたあと、オレは男たちに土下座をして、入院一週間のケガで勘弁してもらいました。
そして、毎日学校帰りに見舞いにきてくれる彼女に、今度は言うべき言葉を伝えるつもりだ。
FIN
彼女に言いたくて くにざゎゆぅ @ohrknd
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