夜霧

木兎

深奥

いにしえよりそこに佇むと語り伝えられし、深き森。


けものすら畏怖して住まぬその奥地に、遠きより存したまりし神霊の宴あり。


はるかなる月影のみが射し込む深奥、森の老霊木たちは枝を絡ませし様。


天蓋を覆う蔓草のなよなよと垂れ下がりは、宴の場を幽玄の世界と化らしむ。


いずくともなく、かすかな囁きが木々の奥より響き起こる。


「我らの宴、今こそが始まらん」


音無く視えぬ薄闇の中より、人形のごとき姿らが次々に現れ出づ。


人の形状に似るものの、それは単に人の姿を模したるに過ぎず。


彼らには世の常なる概念さえ無し、意志の存すらをや定かならず。


ただ太古の昔より脈々と綿々と受け継がれし宴を、今また再び営むのみ。


人智に透かされぬ所作の儀式が始まる。森の霊となりし人形たちは、淫靡なるを踊り出したり。


「我らは何者。何ものが我らを生みしか。知らざるなり」


枯葉を踏み惹きつつ、


「されど、ただ隣り合わせに在るが故に、共に踊らん」


枝垂れ儘の足取りを綴る一行の人形たち。その中のひとつれの人形が、先立ち口を開く。


「誰に司られしかは分らず。ただただ受け継ぐのみ」


やがてその言の葉に、他の人形たちも相次いで合わせ声を上げ始める。


「受け継ぐ、受け継ぐのみ」


「我らに理由など問う必要あらじ」


「ただただ踊り継ぐばかり」


かくして人形たちは、森の気脈と共に踊りを徐々に高めゆく。


月光に淡き影を宿す人形たちの姿は、まさに異界よりの侍従のごとし。


人の知らざる所作を絶えず続ける一行。


「問うこと、求むること」


「我らに能く何ありや」


「ただただ受け継ぐばかり」


遂に濃霧に包まれし宴の舞台は、いよいよ極りなき世界へと変わりゆく。


霧靄去らざる限り、この宴は永久に終わらざるべし。


朧月夜の森の中で、徒に人形たちの踊りは永遠に続くことでもあろう。

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夜霧 木兎 @mimizuku0327

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