第1話

 空は広く青い。

 風は強く、薬品の香りのしないさやかさ。

 今回は16才まで無事生きれた。

 まだ元気もある。足が前に出る。心臓もしっかりと動いている。

 だから旅に出た。もっと遠くへ、行けるとことまでと馬車に乗って。

 春の朝の柔らかな日差しの下、森の側の整備された道を走る馬車。

 揺れが心地良かったのは町を出てしばらくまでのことだった。


「なぁ、カイト――兄ちゃんさ。職業はなんなの? いい加減教えてくれよぉ」


 乗り合い馬車に一緒に乗り合わせたのは4人の少年少女。

 武器を持ち鎧を来ている――冒険者だ。

 その内の一人の剣を持った革の鎧姿の少年が先程から僕に”職業”を聞いてくる。


「いや――はは」

「なぁ、なんなの?」

「ほらハリー止めなさいよ。カイトさん困ってるでしょ」

「ガーネットの言う通りだ。失礼だぞ」

「――失礼」

「エギル、ペルーサまでなんだよ」

「なんだよなんだよ。みんなしていい子ちゃんか? お前らも気になるだろう?」

「下品でしょう――がっ」


 ハリーの頭に杖を落としたのはローブをまとったガーネットと呼ばれた少女。


「痛ってぇな。下品ってお前。それでどうやってパーティメンバー探すんだよ。荷物持ち必要って言ったのはガーネットだろ」

「それでも会うやつ全員に聞く奴があるか」

「うげっ、お前のは洒落になんねぇぞ」


 今度は逆側のエギルが肘で胸を小突く、と勢い背をしたたかに打った。

 力が強い。身体も大きく、見た目も大人びている。

 とはいえ、恐らく同じ年だろう。

 何故なら獣人の血が入っているだろうから、異様に毛深いし手が人より長い。


「――揺れる」

「悪い」


 一番奥に座っているペルーサも恐らく獣人。

 エギルとは逆で冒険者になっていいか疑わしいほど小さく幼い。

 けど、目深に被ったとんがり帽子の下から覗く目が人のそれじゃなかった。


「おら、餓鬼ども! あんま暴れると放り出すぞっ」


 怒鳴り声を上げたのは馬車を操るおっちゃん。


「すみません。言って聞かせますんで」

「だって狭いんだよぁ」

「はは、ごめんね。狭いよね」


 ハリーが見たのは僕の荷物である樽。

 しかも二つあるものだから、荷台は非常に狭くしている。

 ペルーサなんかは小さく丸まっているし、僕が座っているのは荷台のふち


「で、兄ちゃん? 何なの? 運ぶ系の職業? それとも――」

「おい、坊主止めな。人の職業聞くなんざ。品がねぇ」


 おっちゃんが苛立ちをあらわに助け船を出してくる。


「んだよ。おっさん関係ねぇだろ」

「んだとぁ坊主。こいつは俺の馬車だぜ。叩き降ろしてもいんだぜこっちはよぉ」

「はっこっちは未来の勇者なんだが?」

「やめろハリー。それにおっさん前を向け」


 エギルがすっくと立ち上がり腰に差した二本の小型剣の柄に手を掛けた。


「な、ななな、なんだよエギル。冗談だろ。な、なぁおっちゃん」

「おう、別に俺ぁ。客同士の変な空気を正そうとしただけっつーか?」

「違う」


 小型剣で頭上を突くと、ハリーは情けない声を上げて背を丸めた。

 けど彼が刺したのはハリーの長い髪の遥か上。森から現れた五つの影を指した。

 それは人の半分近くの小さい二足歩行の生物。この世界でもっとも良く見る魔物。


「ゴブリンだ」

「おお、敵! 敵じゃねーか! いやっほぉ! ペルーサァ! バフ寄越せ」


 ペルーサが集中するとエギルとハリーの身体に魔力を流し込む。


「行くぜエギル! ガーネットは離れて来いよ」

「おう!」

「おい! ガキ共待――!」


 おっちゃんが止めようとする間もなく走る馬車から二人が飛び出して行った。


「ちょっと、二人とも! すみません止めて下さい」

「大丈夫なのか?」

「――大丈夫」

「つってもガキ共、お前ら駆け出しだろうがよ。魔物退治なんて――いけんのか?」

「大丈夫です! 結構強いですよ私たち」


 自信満々の表情のガーネットも馬車を下りて二人の後を追った。


「強いって――大丈夫なのかね」


 駆け出し冒険者の死亡原因はほぼゴブリン相手だ。

 それを知っているのか、おっちゃんは心配そうに呟いた。


「大丈夫だと思いますよ。ゴブリンは飛び道具もないですし、ああ見えて知性もない虫みたいな魔物ですから。それに、ほら」


 先陣を切るエギルが敵に斬りかかって、すぐ下がり誘導しゴブリンを集めている。

 団子状態に密集したゴブリンたちをガーネットが火球で狙い討つ。

 火が収まったところをハリーが斬り伏せる。


「うお、一度に二体斬りやがった。口だけじゃねぇな」

「――勇者パーティになるんだから」


 この世界では職業は神に与えられるもの。

 その人の才能を見て、この世界の神――蔦の女神が職業を神父に託す。

 成人するとそれを儀式という教会での神への祈願で教えて貰える。


『職業で人を判断しては行けません。それは子供のすることですよ』


 とは儀式を受けてはじめに神父に言われることだけど。

 結局は才能が物をいう世界。

 彼らの戦いがそれを嫌というほど教えてくれる。


「けど、不味い」

「えっ?」


 ゴブリンは人間の大人の半分ほどのサイズで、人間の大人と同等の力を持つ。

 けどそれなら戦闘系の職業でなくとも、殺されることはない。

 駆け出し冒険者の死亡原因のトップがゴブリンなのは徒党を組むことと――


「増援か」

「――どんどん、増えてくる」

「餓鬼共! 戻って来い! 囲まれるぞ」


 ゴブリンは往々にして森の中から沸いてくるからだ。

 駆け出し冒険者ほど調子にのって森に近づきすぎてしまう――彼らのように。


「もう遅い」

「――そんなっ! 皆っ」


 馬車から下りようとするペルーサの肩を掴んで止めた。


「待って。君は支援職だろう? 足手まといだ」

「――でも、せめて支援をもっと!」

「その必要はないよ」

「離して――行かないと!」

「僕がやる」

「えっ?!」

「ストレージ!」


 樽を一つ、馬車の外に置いて呪文を唱えると周りに淡く光る線が引かれていく。


「――ス、ストレージ?! それ、ひょっとして伝説の――?」

「ううん、思ってるのとは違うと思うよ」

「えっ――?!」


 更に両手を広げて「塔の精霊タワースピリット」と唱える。

 左右のてのひらの上に一体づつの精霊。

 精霊というよりは前の世界で言うところの小人に近い。

 頭でっかちで子供のような見た目。いたずらっぽい感じは妖精っぽさもある。


「――精霊使い?!」

「うーん、そういうわけじゃないんだけどね」

「えっ?! でもだって?!」


 驚いて眠たげだった目を見開いて立ち上がった彼女に丁重にどいて貰った。


「建てろ――射手塔アーチャータワー!」


 ゴブリン側の馬車の前に塔の精霊タワースピリットを飛ばす。

 二体の精霊が光となって二つの円を作る。


「何、なんなのこれ? わっわっ、戻って来る」


 光が彼女の頭の上を通過してストレージで囲われた樽に取りついた。

 ガリガリと音を立てて樽を削って行き、削った樽を角材として建築予定地の円へと運んでいく。


「一体これは――」


 建築用の資材が溜まると、精霊はドワーフのような見た目になって建築を開始。

 見る見る間に土台を作り、円形の枠を作って、枠の間を角材で埋めていく。

 その間わずか数秒で僕の腰の半分ほどの円柱形の木の塔が完成した。


「どこをどうやったらそうなるんだ?」

「行程を結構飛ばしてる気はしますね」

「ねぇそれでどうするの?! こんなことしている間に皆が!」

「大丈夫、間に合うよ」


 出来上がった塔の頂きによじ登ると、精霊がまた光った。

 光が収まると緑の服を着て、羽帽子を被って、手には弓を持っている。

 まるでおとぎ話の弓使いのような姿で、やる気満々の表情で弓を引き絞っていた。


「撃てっ!」


 合図を出すと二体の精霊は弓を離し、矢を放った。


「この距離で当たんのか?」

「こんな矢でどうにかなるの?」


 距離は50mほど、射手塔の矢は腕よりも短く、指よりも細い。

 二人の疑問はもっとも。一秒ちょっとの放物線を描いた矢の行方が答えだ。

 一番こっち側に来ていたゴブリンの脳天に二本の矢が刺さって倒れた。

 その間にも二の矢が飛んでいき、二の矢が飛ぶ間に三の矢が。

 続々と撃たれていく矢がゴブリンを的確に狙撃していく。


「危ねっ! なんで矢が。おいエギル。どっからだ!」

「分からん! ゴブリンは矢を撃たないはずだが」

「じゃあ誰だよ!」

「ちょっとちょっと、これ私たち狙ってない?!」


 驚く三人の叫び声が耳に入った。


「――大丈夫なの?」


 確かに秒間2発づつの矢が延々と降って来るのは怖いだろう。

 ペルーサの心配も分かる、けど――


「絶対大丈夫だよ」

「へえ、狙いに自信あんなら、あいつらに近い奴から撃ってやれよ」

「そういうのは出来なくて、塔から近いのしか撃てないんです。それにもう――」


 五十匹は沸いていたゴブリンももう立っているものは居なかった。


「助かった」

「ありがとうございます。カイトさん」

「すげーぜ。あの矢、一人であんなに撃てるなんてさぁ。弓士アーチャーだったの? 何で隠してんのさ。あ、すげーレベル高い冒険者だったり」

「いや、僕は――僕の職業は塔士って言うんだ」

「タワー? え、何?」

「――それ」


 まだ残っていた射手塔アーチャータワーに目が集まるとついにばれてしまった。

 僕が職業を隠していた理由、この世界で人の職業を聞くことが失礼とされる理由。

 それは職業に貴賤があるから。


「僕の職業はね。塔士タワーディフェンダーって言うんだ」


 熱のあった目が瞬時に冷えて、白けた空気になって行く。

 溜息のように吐き出された言葉はどこか嘲り混じりだった。


「ああ、固有職ユニークジョブなんだ――」


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