俺のこと大好きだけど躊躇なく人を殺す幼馴染

さかきばら

第1話

 1

 着信に怯えるようになったのは、昔からだった。何か起きていないか、気を揉まざるを得なくなる。

 小学生以前から家の隣に住んでいるものだから、起きているかどうかなんて一目瞭然だ。


 隣家の一室には、まだ明かりが灯っていた。

 俺はじわりと痛む脇腹をさすりながら、彼女の電話に出ることにした。


『あー、もしもし? 亮介くん?』

「詩乃か……」

『あ、ひっどーい。私亮介くんの彼女なんだよ? マイハニーくらい言っても良くない?』


 文面だけ追えば平和極まりないカップルの会話なのだろう。幼馴染だろうか、男の方が立場は下なのか、彼女の方は少し浮かれているように感じる。そういう平和的な解釈が出来るに違いない。


 宍倉詩乃ししくらしのが俺の元カノを埋めたという背景ことさえ知らなければ、俺達の関係は平和そのものだった。


『何してたの?』

「勉強。テスト再来月だけど、やっとけば楽できるかなって」

『うっへぇ。亮介くんは真面目だなぁ。私、何ならテスト前でも勉強しない時あるよ?』

「いや駄目だろ。やれよ」

『あはー、面目ない……』


 親族は行方不明として処理しているし、警察の操作も難航しているそうだ。少なくとも田中理穂子──大学生と浮気していた俺の元カノ──失踪事件の容疑者候補に、宍倉詩乃の名前は浮上していない。


 したがって俺の幼馴染はむしろ狡猾だ。ふとした拍子にスイッチが入って、眠れる獅子が再度目覚めないか。


 俺は恐ろしくてたまらない。


『あ、そうだ。やっぱりまだ見つかってないよ。あれ』


 あれが何を指すのか、自明の理だった。そっけなく「そうか」とだけ返す。


『うわ味気ない反応。でもそっか、浮気するクソ女のことなんて思い出したくないよね。でもね、一応、警察来るんじゃないかって怖がってたりするといけないから』

「……心配なんかしてないよ。ブルーシート三重くらいにして、土にバクテリアも混ぜたんだろ?」

『小説の受け売りだけど。ホームセンターでも案外売ってるんだよね、あれ』

「……まぁ」


 掘った穴にブルーシートを被せ、その上に生ゴミ分解用のバクテリアを混合した土を敷き詰める提案をしたのは詩乃だ。


 キャベツの芯や三角コーナーの中身を入れておくと微生物が分解してくれるようなアイテムが流行った時期があった。その換えを土と混ぜたようだ。


 鼻歌交じりのままネコに土を盛ってくる幼馴染の背中を、俺は吐きそうになりながら眺めていた。


『不安? OAクリーナーで拭いたし、しかも埋めた後雨降ってきたでしょ? 土質の検査から検出されるかもってビビったけど、半年経って捜査もおざなりだよ』

「……詩乃の手際良かったから、疑ってない」

『まあ、昔もね。亮介くん虐めてた……なんだっけ』

高藤たかとう先輩」バスケ部の、優れた体躯の大男だった。

『うんうん、あれもまだ見つかってないし。っていうかあれか、海にばら撒いたから、もう無理でしょ。あはは』

「……はは」


 詩乃は先輩を、俺の幼馴染という立場を用いて呼び出した。逢魔時で、空は月と夕日の狭間にあった。


 亮介は、気心の置けない幼馴染にすら軽んじられる存在。高藤先輩はそうなった方が面白いと考えたのだろう。


 そして懐まで接近させた詩乃は、先輩の目にキッチンハイターを噴射した。躊躇はなく、宿題のプリントを提出する時と同じ表情だった。


 もんどり打つ先輩を後頭部を美術部の彫像で殴打した後、ネットで購入した注射器でカビキラーを流し込んだ。手首から紫色に変色していくのを目の当たりにして、俺は嘔吐した。


 憎かったが、殺されることはないと思った。


 当時中学1年生だった詩乃は、俺の吐瀉物を拭き取りながら、慈悲深い笑顔を作って言った。


「悪い奴いなくなったよ。怖かったね、亮介くん」


 理由もなく誰かを甚振いたぶらないと気がすまない獣を駆逐した手のひらで、俺を優しく抱きすくめた。


 温かったが、俺の内側はひたすら冷えていたのをよく覚えている。


『あー! 忘れてた! そうそう、特定できたよ。大学生』

「ああ……」胃痛が増すのを感じた。「理穂子の浮気相手か……」

『そうそう。古村明人ふるむらあきひと。◯◯大学国際学部の2回生だって。バイト先もわかったし、住所も特定済みでーす。いえーい!』

「……すごいなぁ」


『え? それだけ? 私頑張ったのにそれだけ!? マジで? 萎えるわー、ぴえんですよ。ぴえんって古い?』

「ちょっと古いかもな」

『あー、やっぱり。でも私、ぴえんって言葉好きだよ』

「なんで?」

『だって可愛いじゃん』

「……ああ」


『あはー。亮介くん、今絶対引いてるでしょ? わかるよ。でもさ、ぴえんだよ? 可愛いじゃん』

「ああ……」

『……なんかごめんね? 私ばっかり喋ってるよね』

「いや」


『あ! あ! あ!』詩乃が突然大きな声を出す。『それでね?』


 声を潜めた。古村氏に対して同情も慈悲も掛けるつもりはないし、不幸にしてきた人間の苦痛を労れるほど、俺はできた人間ではない。


 ただ思った。


『燃やせば早くない?』

「かもな……」


 俺はこいつに何も与えられない。たまに情けなくなる。


 平成13年から、消防法によって野焼きは禁止されていた。

 どうやら燃やすことにこだわっていた詩乃は「ぶー」と頬を膨らませていたが、しばらく頭を撫でていると不承不承と言った具合で手鋸てのこを拾った。

 近所の土木建築会社の土場からガメてきた物だ。


 そうして削り出された古村の破片は、同じく盗難品の金槌で砕いて小さくした。それからミキサーで液状にして、少しずつ下水に流して処理する。凄まじい異臭を放つかと思ったが、あらかじめ水で薄めていたため、さほど臭いはしなかった。


 処理自体は2日未満で終わった。

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