第9話 少年と少女の出発
レシーナと再会した翌日の朝早く。
俺は集合場所として指定された魔法学院へと向かった。
昨晩なかなか眠れなかったのもあって、遅くなりかけたが、メイドさんに叩き起こされてなんとか時間通りに向かうことが出来た。
しかし今考えるのもあれだが、魔物の森から出てわざわざ王都までやってきたかと思ったら再び領地にとんぼ返りとは、自分で言うのもなんだがなかなか忙しい生活をしている。
魔物の森はうちの領地と近接する他所の領地を隔てる位置に存在しているので、実質うちの、ハインルリッツ家の領地扱いだ。
まあ向こうがいらないと言うなら、こっちが貰っても良いよねと勝手に主張しているだけだが。
集合場所として指定された学園の門の内側に入ると、既に馬車と御者の人は待機していたが、レシーナの姿は無かった。
「おはようクリング。今回はよろしく頼む」
「おお、おはようございます坊ちゃま。このクリングが快適な旅をお約束しますよ」
「この歳にもなって坊ちゃまはやめてくれ」
御者のクリングは俺がハインルリッツ侯爵家の領地い居た頃からの知り合いで、この調子の良い軽口が嫌味に聞こえない心地の良い会話をする人物だ。
そのためステファンのお気に入りの御者で、ステファンが王都にやってくる際に連れてきた人物だったりする。
それほどに有能な御者をつけてくれたのは、ステファンからの配慮だろうが、さてどういう配慮なのか。
そもそもステファンは、俺とレシーナにどうなってほしいのか。
将来護国魔法師に名を連ねるような有能な魔法使いと繋がりを作っておけ、という感じだろうか。
馬車に腰掛けてそんな事を考えていると、正面の方から人が走ってくるのが見えた。
そちらを見ると、走ってきているのはレシーナだだ。
昨日と違って髪の毛を
画家としての視点で人を見るとそういう細部に目が行ってしまうが、女性相手にこの視線は少々問題かもしれない。
なんて気にしつつ、レシーナが走ってくるのを待った。
「お、おはよう、マリウス。ごめん遅くなって」
「おはようレシーナ。俺もギリギリになって来たばっかだから大丈夫だ」
2人の間で行われる会話はぎこちない。
互いに距離感を測りかねている、とでも言おうか。
少なくとも俺はそうだ。
かつてのように話しかけても良いのか、あるいは今の立場を考えて、ハインルリッツ家のマリウスとしてウルフェンベルク家のレシーナ嬢に話しかけるべきなのか。
「取り敢えず、馬車に乗ろうか」
「あ、うん。御者の人に挨拶……」
「ああ、一応紹介しとこうか。クリング!」
そう声をかけると、御者台で何か色々とやっていたクリングが顔を出す。
「はいはい坊ちゃま、あ、もうお1人もいらっしゃったんですね。私が今回の御者を務めさせていただきますクリングと申します」
「レシーナ・ウルフェンベルクです。今回はよろしくお願いします」
御者であり身分的には平民でしか無いクリングにも初対面では敬語を使う。
どうやらレシーナも、俺と同じ系統の人間らしい。
貴族なら世話されるのは当然だとわかっていても、初対面の相手に世話されるとなると丁寧に接してしまうのは本当によくわかる。
「いえいえ。坊っちゃんと仲がよろしいご様子で。坊っちゃんの事をよろしくお願いします」
「は、はい。頑張ります」
「何を頑張るんだ」
頓珍漢な答えをしているレシーナに突っ込むと、こちらをじろっと睨んでくる。
本人としては余計な事を言うな、とか怒っているのかもしれないが、生憎とこの画家の目には「美人って怒っても美人なんだな」としか映らない。
いや本当に。
昔も可愛かったと思うが、今のレシーナはその可愛さに美しさがついてきた、非常に見目麗しい容姿をしている。
「さ、それでは出発しますよ。お二人ともお乗り下さい」
馬車の扉を開けてクリングがそう告げる。
王都から領地まで数日かけて移動する旅路ということで、馬車は外装は質素なものとなっているが、その分内装は快適な構造になっている。
魔法具などもふんだんに使われて、乗っていてもほとんど揺れず、中でも横に鳴って眠ることが出来る程度には広く作られている。
外装が質素になっているのは、盗賊とか山賊に下手に目をつけられないようにするためだ。
まあ俺とレシーナの場合は多分目をつけた賊が可哀想な目にあうことになるだろうが。
言われるままに馬車に乗り込み、対面して座る。
座席の向きば馬車の進行方向と水平に並んでおり、互いに正面に座ると足がぶつかる程度には狭いが、その分座席は広く横になることすら出来る。
「では、出発いたします」
御者用の小窓からそう告げたクリングがそう告げる中、俺とレシーナは無言で席に座っていた。
繰り返すが、互いにどう距離感を取れば良いのかわからない。
俺からしてみれば、レシーナはかつての親友で幼馴染で、同時に夢を奪っていったような人物で。
そして多分今更ながらに思うが、もしかしたら初恋だったかもしれない相手で。
レシーナからしてみれば俺はどんな人物だろうか。
そんな事を考えていると、意を決したレシーナが口を開く
「あのさ、マリウス、さん」
「はい」
マリウスさん。
貴族としての立場を取っての言葉だ。
つまり、そういう関係性で行こうということか。
「昔みたいに、友達、というか、幼馴染として、普通に話すことって、出来ませんかね?」
クリングに挨拶したときとは違う、つまりながらの言葉でそう言いながら、上目遣いでこちらを見上げてくるレシーナ。
この構図最高だな、是非絵にして残したい。
ではなくて。
「俺もその方が嬉しい」
あえて敬語をつけずに、レシーナの問いに返す。
俺の言葉に、レシーナは一瞬キョトンとした後、その笑顔を輝かせる。
「うん。私も、その方が嬉しい。ありがとう、マリウス」
「おう」
とはいえ、言葉が続くわけでもない。
だが、俺はこうなったら1つ、しっかりとレシーナに謝っておかなければならないことがある。
「レシーナ、あの時は、レシーナの言葉を聞かなくてすまなかった。レシーナの言葉を聞いていれば、すぐにとは行かないまでももう少し早く立ち直れていたと思う」
俺がそう謝ると、レシーナは首を横に振る。
「ううん、私こそごめん。私だけ天職に恵まれちゃって、マリウスは道を閉ざされた。だからどう声をかければいいかわからなくなって、励ますことしか出来なかった。あのときに私に何か言われたとしても、受け入れがたかったでしょ?」
「……正直、今まで引きずってきたぐらいには、あのときはレシーナのことが妬ましかったし羨ましかった。多分、あのときの俺はそういうのがあったから、レシーナの言葉も聞けなかったんだろうとは思う」
「うん」
そこで再び雰囲気が暗くなりそうになったので、俺は意図して咳払いをする。
「多分あの頃の話をしても互いに精神的によろしくないから、他の話をしないか。レシーナが移住してから何を経験したかとか、俺の方は何をしてたかとか」
「……うん、そうだね。そうしよう」
正直あの俺にとっての暗黒時代の思い出は、あまり思い出したいものではない。
そのときの感情を説明するならば話が暗くなってシリアスになってしまう。
それぐらいならもっと明るい話をしたほうが健全だ。
それに、レシーナにとってもおそらくはそうだろう。
自分の幼馴染の少年が大きく打ちひしがれている中、貴族からの勧誘があったために移住せざるを得なかった。
そのときのレシーナの気持ちを思い出せば、優しい彼女は思い出す度に後悔するか自分を責めてしまうだろう。
だから、その後の話をするのだ。
互いに知らない、互いがわかれてからの話を。
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