人権作文(草書)

笠村 葵

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 偽名にて申し上げます。私には他校の友人が居りまして「笠村さん」と言いましょうか、友人は少ないが知人は多いらしい、明るい人でした。そして彼女は「罪人である、半生に於いて自分が被害者であった前例が無いのだ」と言っていた時期が有りましてーーこの作文を書き始める六日前に、或る人の些細な一言によって、人間ではなくなってしまったのです。

 私も中学生だった頃、笠村さんは進路選択をするときに、小学生からの(ママ友の関係で繋がった)親友である「杉本」という人と、同じ普通科の高校に行くことにしました。けれどもその高校は彼女にとって取り柄がない、しかし家に居れど安全も無く居所も無いのだから、幸せに生きていける場所の為、杉本の行きたい高校にしたそうです。

 卯月の五日足らぬ一日、笠村さんと杉本が選択した音楽の授業にて、或るプリントが配られました。そこに書かれていた文章は、リコーダーで演奏できる、指定された曲を二人組に成りて行うことでした。笠村さんは「親友の杉本がいるから、大丈夫であろう」と思い込んだが故に、杉本から「笠村はただの知人」と今更乍らに知り、杉本は幼稚園生からの(自ずから作った)親友と、ペアを組んだのでした。つまり杉本は、高校に入るまでに笠村さんの信頼を得て、彼女のあの家庭内事情を、あのLonelinessな苦しみを知り乍ら、彼女にとっての親友を選んだのです。

 実を申しますと、ここはまだ序盤であって、あまり長くは話すことはできません。先を急いでいるのです。そして、同じような展開が残り二つ程有るということ、話の途中で「色々あって」を多用するかもしれないことを、どうか幾重にもお知りおきください。

 余り者に成ってしまったからには、同じ境遇の人を探さなければならぬ、と笠村さんは考えましたが、やはり孤独に成った人は居りませんでした。あたりを見渡すと、残って居たのは二人の知人のみでしたので「仕方がないから、笠村さんも含めて三人でアンサンブルをしようか」と先生が言っていたところ、日常的に三人で生活している子たちが騒ぎ始めました。

 一人、じゃんけんで負けてしまったのです。「石井」という人でした。これで、まだペアに成れていないのは四人になりましたので、先生は胸を撫で下ろしたようでした。

「最悪、あの人がよかったのに。」

 色々あって、笠村さんと石井はペアを組むことになりました。笠村さんにとっては石井も知人である為、すこぶる話しかけづらい人間であったそうです。そしてその日から、譜読みというアンサンブルに向けての練習が始まったそうですが、それは個人練習であったので、授業としては、合わせをするだけでした。

 二週間後の十八日にて、譜読みすら終わっていない笠村さんは石井に「個人練習にさせてほしい」と申したところ、承諾していただいたらしいのですが、何か不満があったようで、石井は授業中に、笠村さんへ叱りました。内容としては「なんで譜読みしてこなかったの?合わせられる時間はあと(今日を含めて)ニ回しかないんだよ、どーすんの?」であったそうです。笠村さんにとって、それは母親の叱り方でした。そして、話の最後にて「頭がおかしい」という事実が残ってしまったのですから、授業中に便所へ行くふりをして、逃げました。

 授業後、石井が泣きました。級友は、慰めようとしたのと同時に、笠村さんを探しに、校舎内に散らばりました。逃走経路はーー残りの文字数的に書くことができません。

 翌日、担任との二者面談が行われたそうで、石井とのアンサンブルはやらない、と笠村さんは伝えました。担任は、放課後になったらそのことを石井に話す、と快諾して下さったようです。

 そして、昼休みに、級友の杉本が現れました。内容は「石井ちゃんに謝れ」でした。すっかり臆病になってしまった笠村さんは、担任経由で謝るということも言えずに、首を振るのみでした。理由を説明し乍ら、同じことを何度も繰り返した杉本は、演説時のアドルフ・ヒトラーのようだったそうです。兎に角は「今この場で、面と向かいて彼女に謝れ」と言っていました。

「謝らないのは、普通に人間として駄目でしょ。」

ついに、人として幸せに生きられる権利であるはずの人権が、笠村さん的には消えてしまいました。

 その日から、笠村さんは罪人ではなくなったのですが、同時に人でも無くなってしまったので、世間でいう「開き直った」態度に成ってしまいました。つまりは、忘れ物をしても、遅刻をしても「人ではないので」と言うようになったのです。

 このように、善人が正論を言っても、それによって傷つき、悪化してしまう人もいます。発言に気をつけて生活すれば、幼少期からの心理的虐待で苦しんだ人も、少しは減るのではないかと考えます。

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人権作文(草書) 笠村 葵 @kasamura3153

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