第242話 2人でランチ
土曜日の11時半。俺、不知火洋介は下通りアーケードの商業施設・ココサ前に来ていた。今日は上野さんと櫻井師匠、浜辺先輩と舞台を見に行く。待ち合わせは14時。その前に上野さんと二人でお昼を食べようということになったのだ。
二人で出かけるのはいつぶりだろう。学校で俺と上野さんのことが噂になって以来、俺たちは二人では会わないようにしていた。だけど、今日は二人で会ってくれる。本当に久しぶりだ。
しばらくすると、上野さんが現れた。青いワンピースで可憐な少女という感じ。やばい、可愛い……
「ごめん、不知火、待った?」
「いや、俺も今来たところだから」
「そう。じゃあ、行きましょうか」
「え? どこに?」
「お昼に決まってるでしょ」
そう言って歩き出す。俺も慌ててついて行った。
入ったのはすぐ近くの地下にあるカフェ。猫のマークをよくみかけていたが、実際に入るのは俺は初めてだった。
「マックとかより目立たないから」
「そ、そうだね」
席について上野さんが言う。
「好きなもの頼んで。ここは私がおごるから」
「え? 悪いよ。俺がここは……」
「ダメ。今日は私が行きたい場所に勝手に来てもらったし。ここぐらいおごらせて。あ、でも、チケット代は払ってもらうから」
「そ、そっか……じゃあ、次は俺がおごるから」
「うん。それでいい」
これで次もあるな。
俺はオムライス、上野さんはパスタランチを注文した。
「そういえば、私が卓球に勝って、何でも一つお願いできる権利覚えてる?」
「もちろん」
卓球対決で負けたから約束したんだった。
「それは今回じゃ無いからね。まだ使ってないから」
「うん、わかったよ。今日は俺がどこかに行こうってお願いしたからね」
「そうよ。私は行き先を提案しただけだから」
上野さんから何がお願いされるかはわからないが、一緒に何か出来るのであれば、それはそれで嬉しい。
料理が来て、食べ始めると、少ししてから上野さんは言った。
「……不知火、ごめんね」
「え? 何が?」
「教室でもあまり話せてないし……」
「そ、それは……噂が流れたから仕方ないよ」
「うん、そうだけど。それに、二人でも最近会えてなかったし」
「そうだね」
でも、別に俺たちはそういう関係じゃ無い。ただの友達だ。だから、二人でしばらく会えなかったとしても当然、文句は言えない。
「寂しかったんでしょ?」
「え1?」
「だから、今日誘ってくれたんじゃないの?」
「う、うん……俺の勝手な思い込みかも知れないけど、夏休みに上野さんと距離が縮まった気がしたから。二学期になって、なんか元に戻ったなって……」
「まあ、私も夏休みで浮かれてたのかもね……」
そ、そうなんだ……一時的な気の迷いか……
「でも、私も別に不知火と会うのは嫌じゃ無いから。誘ってくれたら会うわよ」
「そ、そうなんだ!」
「まあ、二人きりは人に見られない場所じゃないとまた面倒なことになりそうだけど」
「そ、そうだね……」
そういう場所はなかなか難しいけど……
「じゃあ、今度家来る?」
「え!?」
いいのか? 俺が上野さんの家に……
「ふふ……冗談よ、彼氏でも無い男子を家には呼べないから」
「そ、そうだよね……」
冗談か。そうだよな。俺は彼氏でも何でも無いし。いつかは彼氏になりたいけど、告白はしないでくれって言われてるからなあ……
でも、最近の感じだとそれもまた変わっているのかも知れない。俺は探りを入れてみることにした。
「こ、今度……大事な話があるって言ったらどうする?」
「大事な話?」
「う、うん……」
上野さんが俺をじーっと見つめてくる。
「別にいいけど……告白はだめだよ」
「そ、そうだよね……」
まだ変わってなかったか……
「今のままでも楽しいからいいじゃない。私は好きだよ」
「え、好き!?」
「ち、違うから……今の関係が好きってこと」
そう言いながらも上野さんは顔が赤くなっていた。
◇◇◇
カフェを出た俺たちはすぐ近くの書店に向かった。
「新刊見るから」
そう言って、上野さんは新刊コーナーに行く。俺も一緒に本を見た。
「あ、これ面白そう」
上野さんはいくつかの本をそうやって見て行った。
「そろそろ行く?」
「そうだね」
上野さんが聞いてきたのでそう答えたときだった。
「あれ、上野さんに不知火君?」
振り返ると川中美咲が居た。
「あら、川中さん。偶然ね」
「ほんと偶然。二人はデート?」
「違うから。文芸部で演劇を観に行くだけ。このあと、陽春先輩たちと合流するし」
「でも、その前に二人でいるんだ」
「……文芸部だし本を見に来ただけよ」
「ふーん……でも、こういうところ見られたらまずいんじゃないの?」
「別に……」
「そうなんだ。ね、黙っててあげるから、その代わりに、今度みんなでお出かけしようよ。和人君と陽春先輩と……」
俺は口を出さずにいられなかった。思わず二人の間に入る。
「いい加減にしろよ。脅すようなまねして……」
「へー、強気ね。いいの? 私がみんなに言っちゃっても」
「それは……」
俺は困ってしまい言葉に詰まった。
「別にいいわよ」
上野さんが言う。
「だって、本当にこのあと文芸部で演劇観に行くんだから。そう言えばいいだけでしょ?」
「そ、そっか……まあ、それならいいけど……べ、別に言いふらしたりしないから。冗談よ」
「そう。まあ、あなたとは仲良くなれそうに無いことが分かって良かったわ」
上野さんがそう言うと川中さんの顔色が変わった。
「う……ご、ごめん……謝ります」
「あなたの方が弱い立場なんだからね」
「すみませんでした」
川中さんが頭を下げた。
「まあ、いいわ。行きましょう」
上野さんは俺の手を取って歩き出した。いいのか、手……
「それにしても、不知火。ちょっとかっこいいこと言ったね」
歩きながら上野さんが言う。
「そ、そうかな」
思わず、上野さんを助けようとして口をだしてしまったけど、かっこよく見えたなら良かったか。
「でも、あっさり川中さんに言い返されてたけど」
「う……それは」
確かにアレはかっこわるかったな。
「まあ、そういうところよね。そういうところが……」
上野さんはそこから先は言わなかった。
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