第241話 誘い

 金曜日の昼休み。いつものように、陽春、達樹、笹川さんで部室に来ていた。先輩達も揃っている。


 そこに不知火が入ってきた。


「先輩……」


「お、どうした不知火。また、雫ちゃんと喧嘩か?」


 達樹が言う。


「喧嘩はしてないんですけど……どうも距離が……」


「なんだまたか。噂も下火になってまた話すようになったんじゃないのか?」


「そうなんですけど、結局それって夏休み前に戻っただけで……夏休みにはかなり近くなったと思ったんですけどねえ……」


 確かに二人で遠出したり、お昼を食べたり、俺たちと一緒に花火大会に行ったりしたんだった。


「最近は二人で出かけてないの?」


 陽春が聞く。


「二人でっていうのは無くなっちゃいましたね。まあ、噂があったので仕方ないんですけど。先週は例の林田を紹介したときに一緒に出かけはしましたけどそれぐらいです」


 林田か。陽春の友達の森さんの彼氏候補として紹介したんだったな。


「不知火。自然に二人で出かけるなんて付き合ってもないんだしあるわけ無いぞ。おまえから誘わないと」


 三上部長が不知火に言った。


「そ、そうですよね…・・でも、勇気が出なくて……」


「それなら、今すぐ誘え」


「えー!」


「おー、さすが三上部長。スパルタですね」


 達樹が言った。不知火は困惑しているようだ。


「で、でも……どこに誘えばいいか……」


「場所は決めなくていいだろ。明日、暇ならどこか行かない? って聞いてみろ」


「そ、そんな……」


「いやあ、それぐらいしないとダメですよね、部長」


 また達樹が言う。


「そうだぞ」


「……わかりました。やってみます」


 不知火はスマホを取り出し、メッセージを上野さんに送信しはじめた。


 しばらくすると返事があったようだ。


「なんだって?」


「『私が行きたいところでいいなら』って来ました」


「行きたいところか。良かったじゃないか」


「は、はい!」


 どこに行くかは分からないが良かったな。


◇◇◇


 放課後。今日は何の予定も無い。


「ウチの彼氏! 帰ろうか」


「よし、帰るか」


 俺は陽春と二人で教室を出た。


「どこか寄る?」


「そうだな、時間もあるし……」


 そんな話をしながら校舎を出ると上野さんと不知火が居た。


「あ、来ましたね」


「あれ? 雫ちゃん、待ってたの?」


「メッセージ送ったんですけど……」


「あ、ほんとだ! ごめん! 気がつかなかった」


「まあ、いいですけど。明日について相談したくて」


「明日?」


「はい。とりあえず、どこか行きます?」


「そうだね。じゃあ上通りのロッテリア!」


「マックじゃ無いんですね。わかりました。自転車で行きます」


 俺たちは路面電車に乗り、上通りに向かった。


 先にロッテリアに入ると、すぐに上野さんと不知火は現れた。


「それで、明日って何なの?」


 陽春が聞く。


「いえ、不知火がどこかに行きたいって言うんで陽春先輩たちも一緒にどうかなと」


「ん? あれって二人でってことじゃなかった?」


 陽春が言う。


「え? そうだったんですか?」


 上野さんが驚いている。


「不知火、お前、二人でってちゃんと送ったんだよな?」


 俺は一応聞いてみる。


「え!?」


 不知火は慌ててスマホを見た。


「か、書いてない……部長の言うままに『明日、暇ならどこか行かない?』って書いてました」


「やっぱりか……」


 上野さんは二人でって思わなかったからOKしたのか。


「え? 部長の言うまま?」


 上野さんが言う。しまった、部長から言われて誘ったたことは上野さんが知るはずも無い。が、陽春が教えてしまう。


「……不知火君がね、雫ちゃんと最近2人で出かけてないって言ったら、部長が今すぐ誘えって」


「そういうことでしたか。二人かぁ……噂になっちゃったし、今は難しいかな」


「そ、そうだよね……」


 不知火が言う。


「でも、明日、陽春先輩たちとの合流前にちょっと二人で会う?」


「え? いいの!?」


「うん。それだったら見られても言い訳できるし」


「そ、そうだね」


 不知火はすぐに笑顔になった。分かりやすい。


「それで、明日どこ行くの?」


 陽春が聞いた。


「実はちょっと見たいものがあって……これです」


 上野さんがスマホの画面を見せた。……熊本歌劇団?


「あー、熊本歌劇団か。知ってるよ。高森に本拠地があるもんね」


「はい、阿蘇の高森について調べているときに知ったんです。熊本城そばの城彩苑じょうさいえんで演劇をやってるみたいで。一度見てみたいなあって……」


 演劇か……


「いいね! ウチも見たい! で、明日見れるの?」


「まだチケットあるみたいなんで。行くなら4枚取ります」


「うん! お金は明日払うね」


「はい、お願いします。じゃあ、取りますね」


 上野さんはスマホを操作しチケットを確保した。


「15時開演なので、14時ぐらいに集まります?」


「そうだね。バスセンターが近いか」


「はい。不知火はその前にお昼に集まる?」


「う、うん! 是非!」


「わかった。陽春先輩たちはどうします?」


「ウチは和人の家に行っとく。また、泥棒猫が来るとまずいし……」


「泥棒猫……川中さんですね?」


 陽春は上野さんにもこの間の件を話したのか。


「うん。雫ちゃんにも迷惑掛けてるかな」


「正直迷惑ですね。やたら私に猫なで声で絡んでくるようになっちゃって……」


「別に無理して仲良くならなくていいからね」


「はい、私はそういうつもりも無いんで大丈夫です」


「うんうん。まあ、適当に相手しといて」


 川中さんが上野さんと仲良くなる道は険しそうだ。

 

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