第218話 蜂楽饅頭
俺たちが来たのは上通りアーケードにある蜂楽饅頭の店舗だ。俺と陽春は路面電車でここまで来た。上野さんと不知火は自転車でバラバラに来ている。なので、一緒に居るところは見られにくい。
「あ、コバルトもあるんだった!」
陽春が店の前で言う。蜂楽饅頭の店では夏にコバルトアイスという名前の青いかき氷が販売される。これもこの店の名物の一つだ。
「陽春先輩、コバルト頼みましょうか」
上野さんが言う。
「うん! ウチと雫ちゃんはコバルトね」
「じゃあ、俺はコバルトと白あんにするか」
「俺はコバルトと黒あんです」
蜂楽饅頭には黒あんと白あんの2種類がある。どちらがうまいかは熊本定番の論争だ。
「和人は白あん派、不知火君は黒あん派なんだ。ウチは断然黒あん!」
陽春が言う。
「そうですか。私は白あんですね」
上野さんが言う。
「へー、カップルでバラバラになったね」
「そうですね」
あれ? カップルじゃ無いとかそういうことを上野さんは言わなくなったな。
「いっただきまーす」
俺たちは食べ出した。
「美味しい!」
「確かにな」
しばらく食べると陽春が言う。
「和人、白あん、一口ちょうだい」
「いいぞ」
「ありがとう!」
俺の食べかけの蜂楽饅頭を陽春は一口食べた。
「白あんも美味しいなあ。雫ちゃんも不知火君から黒あんもらったら?」
「私はいいです」
「えー! なんで?」
「なんでって……陽春先輩、分かって言ってますよね?」
「まあね。えへへ」
間接キスってことか。さすがにそこまでは上野さんは出来ないな。
「そういえば、雫ちゃん。最近、教室で不知火君と話してないんだって?」
「はい、そうですね」
「噂を気にしてるんでしょ」
「よく知ってますね。二人で食事してるところを見られちゃったみたいで……。でも、全然話さなかったんで、もうだいぶ沈静化してます」
「そうなんだ」
「はい。どちらかというと私は下田君との噂の方が強いんで」
「あー、なるほど」
下田か。同じクラスで学年一位のやつだ。上野さんが勉強教えたりしてたからな。
「それも何か嫌だなあ」
不知火が言う。
「気にしないなら問題ないから。あとは川中さんと生徒会長の噂もすごいんで。そっちで盛り上がってる人が多いですね」
「なるほど」
川中美咲。俺の幼馴染みだ。良く覚えてないけど。
「噂をすれば……」
上野さんの言葉に店の入り口の方を見ると、川中美咲と滝沢生徒会長がちょうど入ってきていた。
「な、なんで君たちが……」
滝沢が俺たちを見て言う。
「滝沢君、見ちゃった。ニヒヒ」
陽春が笑う。
「違う違う、俺たちは生徒会のあと、いつもここで軽く腹ごしらえをしているだけだ。今日はたまたま2人しかいないだけで……」
「たまたまねえ」
「はい、たまたまです」
川中美咲もそう言った。
「川中さん、噂になってるって知ってるの?」
上野さんが言った。
「ええ、知ってますけど気にはしてません。上野さんもそうでしょ?」
「わ、私は……」
「ほんとに不知火君と一緒だからちょっと驚きましたけど。教室では最近話してなかったですよね」
「うん……」
あれ? 上野さんがいつものキレが無いな。そういえば教室では猫かぶっているって言ってたっけ。
「雫ちゃんと不知火君は文芸部でウチたちと一緒に来てるだけだから」
陽春が代わりに言い返した。
「そうですか。確かに文芸部のメンバーですね。和人君も居るし」
「和人君?」
上野さんが言う。
「あ、失礼。和人先輩、でしたね。幼馴染みなのでつい……」
「でも今は和人はウチの彼氏だからね!」
陽春が俺の腕を取った。
「わ、わかってますから。滝沢会長、あっちの席に行きましょう」
「そ、そうだな」
二人は俺たちとは離れた席に座った。
「むぅ!」
陽春が二人を威嚇する。
「陽春先輩、もういいですよ。それにしても、ほんとにあの二人怪しいですね」
「確かにね。噂をものともせずに二人で来てるなんてすごいなあ……」
「私には出来そうに無いですね」
上野さんは言った。
それにしても、川中さんはほんとに滝沢と仲が良さそうだな。陽春は無駄に意識しているが、川中さんは俺に対しては何も思っていないだろう。
――――
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アリスとたっくん。ときどき黒猫 ~公園で偶然出会った女子に猫のなで方を教えたら~
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