第172話 下級生会議

 水曜日のバイトを終え、木曜日。8月になって最初の部活の日だ。俺と陽春はまた一緒に学校に向かった。


「浜辺陽春、櫻井和人、入ります!」


 陽春がそう言って文芸部の部室の扉を開けた。居たのは三上部長、雪乃先輩、それに、立夏さんと冬美さんだ。


「あれ? 後藤先輩は?」


「今日は休むそうよ」


 雪乃先輩が言う。

 後藤先輩は毎回来るようになったというわけでは無さそうだ。


 しばらくしたら上野さんの声が響いた。


「上野雫、不知火洋介、入ります」


 2人が入ってきた。


「あれ? 2人で来たの?」


 陽春が聞く。普通に聞いていたが確かにそうだ。放課後なら同じクラスだから一緒に来るのも分かるが今日は夏休みだ。


「たまたま一緒になっただけです」


 上野さんが言う。


「たまたまねえ……」


 陽春がニヤニヤして上野さんを見た。


「なんですか? 疑ってます?」


「別に。でも、一緒に来てもいいんだよ、クラスメイトだし。仲いいんだし」


「別に仲良くはないですけどね」


「え……」


 不知火がショックを受けてるようだ。


「何よ。ただのクラスメイトでしょ」


 上野さんが不知火に言う。


「そうだけど……この間は『仲がいい友達』って言ってくれたから」


 そういえば何かの時に言っていたような……


「い、言ったかな……まあ、いいでしょ、どっちでも。さ、小説書かなきゃ」


 上野さんにしては珍しく焦ってるな。


◇◇◇


 午後3時前になると、三上部長と雪乃先輩が席を立った。


「3時から文化祭に向けての会議がある。部長と副部長出席だから、俺たちは席を外すぞ」


「5時前には戻るから。みんな頑張ってね」


 雪乃先輩が言って2人は部室は出て行った。


「……さて、三年生が居なくなったところで、ちょっといいかしら」


 しばらくして冬美さんが言った。みんなが顔を上げる。


「冬美さん、何?」


 陽春が聞いた。


「1、2年生でちょっと話し合いたくて」


「何を?」


「次の部長は誰がいいかよ」


 冬美さんの言葉に、俺はその意味がよく分からなかった。


「次の部長は先輩たちが指名するんじゃなかったか?」


 確かそう言っていたはずだ。


「そうだけど、私たちで希望を出してもいいでしょ?」


「そうだけど……」


「実は私……お姉ちゃんから副部長にならないかって言われてるの」


「え、そうなの!?」


 冬美さんの言葉に陽春が驚いて言った。俺も驚いたが、立夏さんは知っていたようだな。


「うん。私が副部長になれば、何かあったらお姉ちゃんに相談できるでしょ。だからだって」


「そっかあ。でも、いいと思う!」


 陽春が言う。


「でも、部長に誰を指名するのかは聞いても教えてくれなかったのよね。だから、私たちの希望もまとめておいた方が良いかもと思って」


「そ、そうだね……うーん、私は和人が良いと思ってたけど……」


 陽春が言う。


「けど?」


「冬美さんが副部長だとちょっと……」


「なによ、不満があるの?」


「違う違う、冬美さんの副部長に不満はないよ。でも、今の部長・副部長ってカップルでしょ。だから、和人とウチで部長・副部長やれたらなって思ってたから」


「でも、別に和人君が部長でもいいでしょ」


「うーん、冬美さんとカップルみたいで何かやだ」


「なんで私と和人君がカップルになるのよ、まったく……でも、陽春ちゃんの意見は一応和人君ね」


 陽春は三上部長と雪乃さんの関係をずっと見てきてるし、そうイメージしてしまうんだろうな。仕方ない、俺の意見を言うことにした。


「俺は部長は陽春がいいと思うけど」


「え、ウチ?」


「うん。一番長く部に所属しているし、適任だと思う」


「いや、ウチが部長とかキャラじゃないでしょ」


「確かに陽春先輩のキャラじゃないですよね」


 上野さんも言う。


「でしょ?」


「でも、私も陽春先輩の部長に一票です。なんだかんだで下級生をしきっているのは陽春先輩だと思いますし」


「え、そんなことないと思うけど」


「そんなことありますよ。いつも先輩たちに意見を言ってるじゃないですか」


「それはウチが部長達と付き合い長いからだし」


「だからこそですよ」


「陽春ちゃん2票か。じゃあ、立夏は?」


 冬美さんが立夏さんに聞く。


「私は和人君ね」


「やっぱり……理由はもう聞かない」


「なんでよ。聞いて。頼りがいあるし頭良いし優しいし……」


「聞いてないから。それに和人君は陽春ちゃんの彼氏だからね」


「それ今言う必要ないでしょ! 分かってるし……」


 立夏さんはむくれてしまった。冬美さんはため息をついて言う。


「じゃあ、不知火君は?」


「お、俺ですか……よくわからないですけど、あえて言うなら櫻井師匠ですかね」


 やっぱり師匠呼びか。


「ほう、なんで?」


「うーん、どっしりと構えている感じがします」


「いや、俺が部長なんてやっぱりおかしいよ」


 俺は言った。


「なんで?」


 横から陽春が聞く。


「俺は陽春に言われて2年で部に入った新参者だし、小説も書いてないから」


「ウチも書いてないよ」


「でも、絵は描いてるだろ」


「和人だって書評は書いてるし」


「そうだけど……」


「はい、痴話げんかしない」


 冬美さんが言った。


「痴話げんかじゃないし……」


 陽春が小声で言った。


「陽春ちゃんと和人君で二票ずつか……」


「じゃあ、冬美さんの意見は?」


 陽春が聞いた。


「私は……うーん、まだ決められないわ。だからみんなの意見を聞こうと思ったのよ」


「そっか……」


「とりあえず、みんなの意見としてお姉ちゃんには伝えとく」


「うん、わかった」


 陽春が言った。

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