第154話 映画鑑賞

 夏休みに入って最初の日曜日。今日は俺の誕生日に上野さんからもらったムビチケで映画を見る日だ。陽春を家に迎えに行き、そこから電車で九品寺交差点の停留所まで行く。ここのすぐ前にあるのがユナイテッドシネマ熊本だ。


 待ち合わせは13時半。俺と陽春が先に着いたので上野さんたちを待つ。といっても、こういう待ち合わせで上野さんと不知火が一緒に来たことは一度もない。付き合っていないのだから当然だ。


 と思っていたのだが、なぜか2人揃って現れた。


「あれ? 一緒だったの?」


 陽春が聞く。


「はい、食事してから来ました」


 上野さんが言う。


「2人で!?」


 陽春が驚いて言う。


「そうですけど、なにかおかしいですか?」


「いや……いいけど」


「別におかしくないですよ。ちょっと食べたいものがあったし、一人で行くのも味気ないので不知火を誘っただけです」


「ウチと行ってもよかったのに?」


「陽春先輩と櫻井先輩のデートを邪魔しちゃ悪いですし」


「ふーん……」


 陽春がニヤニヤし始めた。


「なんですか。今日は私が買ったチケットなんですからね」


 上野さんが陽春をにらむ。


「あー、そうだったねえ。ま、この件についてはまた後で聞こうかな」


「後で聞いても同じですから」


「素直じゃないねえ」


「私は素直ですから」


 2人のやりとりを聞き流しながら俺は不知火に小さい声で言った。


「よかったな、不知火。上野さんと食事できて」


「あ、はい。休日に二人でってのは初めてだったので緊張しました」


「うまく話せたか?」


「い、いえ……あんまり話してもらえなかったですね」


「そうなのか」


「はい。もしかしたら怒ってるかもしれません。理由は分かりませんが」


「そうか」


 上野さんがせっかく不知火を呼び出しているのだから怒っていると言うことは無いと思うが、何だろうな。


 俺たちはポップコーンを買い、劇場内に入った。左から、不知火、上野さん、陽春、俺、の順で座る。


 上野さんが陽春に話しかける。


「陽春先輩は原作も読んでるんですよね」


「うん、『ルックバック』は話題になったからね。ネットでも読んだし、本も持ってるよ」


「さすがですね。私もネットで話題になったとき読みました。櫻井先輩はどうですか?」


「うーん、知らなかったな」


「そうですか。だったら、初見で楽しめますね」


 そう言ったきり上野さんは話さなくなった。陽春と俺に聞いて不知火に聞かないのはやはり怒っているのか。それとも、二人の時にもう話した内容なのか。気になるので俺は聞いてみた。


「不知火は読んだことあるのか?」


「いえ、無いですね」


 それに対し上野さんが言った。


「何にも読んでないよね、不知火は」


「ご、ごめん……」


 うーむ、これは怒ってる感じがする。後で原因を探ろう。


 映画が始まった。漫画の制作を通しての青春物語だが、終盤の展開はかなり驚くべきもので、俺も心をぐちゃぐちゃにされた。俺が泣きそうになるぐらいだから、陽春はやばいだろうな。そう思っていると、やはり陽春は俺の手をぎゅっと握ってくる。泣くのをこらえているようだ。


 映画が終わると、やっぱり陽春は号泣状態だった。


「えっと……陽春先輩、原作をネットと本で読んだんだからあらすじは知ってますよね」


「知ってても心に来るんだよー! うぅぅ……」


 これはやばいな。


「とりあえず出よう」


 俺は陽春の肩を抱いて、なんとか映画館の外に出た。しばらくはロビーの椅子に4人で座ることにした。


 陽春は泣いてるし、俺はそれを慰めている。上野さんと不知火はそばに座っているが、二人に会話はない。以前、こうなったときは二人で遊んできてもらったが、もし上野さんが怒っているなら二人きりにするのは得策ではないだろう。とりあえず、何か話すか。


「……不知火、上野さんと二人の食事は楽しかったか?」


「あ、はい……」


「何の話をしたんだ?」


 あまり話をしていないと分かっていてわざと言ってみる。


「そうですね。昨日、陽春先輩の友達と会った話とか」


「……で、その子が可愛かったとかいう話をしたわね」


 上野さんがふてくされたような話し方をした。ん?


「お前、そんなこと言ったのか……」


 俺はあきれて不知火に言った。


「いやあ、さすがに陽春先輩の友達は可愛い子が多いな、と言っただけです」


「……えっと、菜月のこと?」


 陽春が泣き顔のまま不知火に聞く。


「あ、はい」


「可愛いって思ったんだ。菜月、喜ぶだろうなあ」


「そ、そうですかね」


「へぇー、じゃあ、不知火はその可愛い子と遊んだら? 私、帰ります」


 上野さんは立ち上がった。陽春が慌てて、上野さんの腕をつかむ。


「ちょ、ちょっと、雫ちゃん!」


「なんですか?」


「落ち着いて。そういうアレじゃないから」


「アレって?」


「菜月には不知火君のこと説明したし。そしたら『無いな』って言ってたから」


「……そうですか」


 上野さんは席に戻った。


「えっと、上野さん?」


 不知火が何も分かってない顔でおどおどしている。


「不知火、とりあえず謝れ」


 俺は言った。


「ご、ごめん!」


「何を謝ってるの?」


「わ、わかんないけど」


「わからずに謝ってるんだ。まあ、いいけど」


「とにかく、ごめん」


「もういいわ。で、陽春先輩、不知火の事、なんて説明したんですか?」


「学年のアイドルをいつも追いかけてるやつ、って」


「……ふふっ、確かにそうですね」


 上野さんはようやく笑顔を見せた。

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