第151話 立夏の小説

 放課後になり、今日も部活だ。ただ、夏休み前は最後の部活になる。


「浜辺陽春、櫻井和人、高井立夏、長崎冬美、入ります!」


 久しぶりに陽春がフルネームを言ってドアを開けた。


「あれ? 後藤先輩いないか。せっかくフルネーム言って入ったのに」


 なるほど、後藤先輩に名前を覚えてもらおうとしていたのか。


 いつもの席について作業を開始する。


「雪乃先輩、また見ていただけますか?」


「いいわよ」


 立夏さんはいつものように雪乃先輩に自分の小説を見てもらっていた。


「ちょっとラストを変えたんです」


「そう」


 雪乃先輩は少し読んで言った。


「うーん、こういう風に変えちゃったんだ」


「はい、実際付き合ってないですし……柳井先生にリアリティ無いって言われちゃって」


「立夏さんの小説なんだから結末は立夏さんの好きなようにしていいのよ。現実は関係無いから」


「うーん、でも、付き合うように書くのも何かむなしくなっちゃって……」


「そう。でも、確かに切なさはこちらのほうがあるわねえ。難しいところね」


 立夏さん、どんな話を書いてるんだ……


 そのうち一年生が入ってきた。


「上野雫、不知火洋介、入ります」


 入ってきた上野さんに雪乃先輩が言った。


「雫ちゃんもちょっと読んでみて。立夏さん、最後変えちゃったのよ」


「え? どんな風にですか?」


 上野さんもそこを読んでいるようだ。


「うーん、いい話ですけど、悲しくないですか?」


「でも、実際付き合ってないし……」


 立夏さんがまた言う。


「別にいいんじゃないですか? 付き合う展開の方がアピールにもなりますよ」


「そうかしら」


「もっと押して行かないと」


「そうねえ」


 上野さん、なんかすごいアドバイスしてるな。


「……和人、ちょっと表紙の案見て」


 陽春が俺に言う。


「どれどれ?」


 俺は陽春のタブレットを見た。


「まだラフなんだけど」


 陽春が描いた絵は、部室のようだった。


「うん、いいんじゃないかな」


「そう? こことか変じゃないかな……」


「どこ?」


 俺は顔をさらに近づける。


「ここ、ここ」


 陽春が指さしたところを見たときだった。


「あのー、またいちゃついてますよね」


 上野さんが言う。ふと見ると、立夏さんと雪乃先輩がにらんでいた。


「いや、立夏さんはともかく、なんで雪乃先輩がにらんでるんですか」


「あ、ごめん。つい、立夏さんに気持ちが入っちゃって」


「別にイチャついてないし!」


 陽春が大声を出した。


「いや、すごく距離近かったですし」


 上野さんが言う。


「これぐらいいつもの距離だし! 彼氏なんで当然だから! 雪乃先輩も部長と近いですからね!」


 確かに三上部長と雪乃先輩はいつも距離が近い。


「そ、それを言われると何も言えないわね」


 雪乃先輩は自分の席に帰っていった。


「雫ちゃん、ウチの味方じゃないの?」


 陽春が言う


「陽春先輩は個人的には好きですけど、恋愛については立夏先輩をつい応援してしまうというか……」


 上野さんが言う。


「なんでよ! 雫ちゃん、ウチの味方だよね!」


 陽春が大声で言って、ニヤリと笑った。


「す、すみませんでした。陽春先輩の味方です」


「よろしい」


 陽春が偉そうに言った。なぜか最近、上野さんに強くなったな。

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