うんこの聖女
三太華雄
第1話 女神と少女
私が女神に転生してからおよそ三百年、未だに信者がいたことはない。
それもそのはず、こんな名もなき村の外れにある忘れ去られた小さな神殿を訪れる人などおらず、そこに祀られている私の存在に気づく者もいない。
たま〜に迷い込んで来る人もいるけど、大抵はこの神殿がなんの女神を祀っているかも知らず、適当に見学して回ったり、別の女神に祈りを捧げて帰っていく何とも失礼な奴らである。
だが、仮に知っていたとしても私の信者になる様な人間はいないだろう。
私が女神として司るもの……それはズバリ『うんこ』である。
臭くて汚い、汚物の代名詞、よく罵倒の名詞などにも使われている。
私は前世が人間であっただけに、こんなものを崇拝する人がいないことは大いに理解できる。
いや、寧ろ崇拝してほしくない気持ちもある。
まあ、かと言って私自身この立場が嫌なわけじゃない。
一応女神だし、うんこを司るって言っても別に自分がうんこになったり、うんこの臭いがするというわけでもない。
ただ、信者にうんこ関係の加護を与えたり罰を与えたりするだけだ……そんなことしたことないけど。
信者がいれば女神の力が増えるらしいが、はっきり言って増えたことがないので力が増える喜びを知らないし、いないからと言って不便なことになるわけでもないから、積極的に増やしたいとも思わない。
だから信者がいないことを嘆いたことはなかった。
しかし、そんな神殿に今日は珍しく客が来ていた。
来訪者だけでも珍しいのにわざわざ祈りを捧げてくれるのは何十年ぶりか、いや、何百年ぶりかもわからない。
私は自分の依代の像に祈りをささげる少女をじっと見つめる。
年齢は十歳くらいで、身なりからしてどこかの貴族令嬢と言ったところだろうか?
太陽の光を浴びてキラキラと輝く雪景色のような白銀の髪に、雲一つない空を映したような青い瞳、そしてその仕草の一つ一つから可憐さが滲み出ており、眼を閉じ静かに祈りを捧げる姿はまさに聖女のようだ。
今は年相応の愛らしさがあるが、歳を重ねればその愛らしさに美しさも加わっていくだろう。
私はそんな少女をじっと見つめる。彼女の祈りの言葉に耳を傾けると、どうやら隣町からの帰り道に立ち寄ったこの村で母親が急に痛みを訴え動けなくなり、ここ数日この村で滞在しているらしい。
「神よ、どうか母をお救いください。」
『助けられるものなら助けてあげたいけどねえ。』
残念ながら、うんこの女神の私には無理な案件だ、だってうんこですから。
うんこ関係なら役に立てたんだけどね、便秘に下痢に食あたり、割と受容性は結構あると思うんだけどね、残念ながら今はお呼びでない。
まだ、人間だった頃の方が役に立てただろう。
だから、可哀想だけど私にしてあげられることは……
……なんか、めっちゃ見てる。
ふと少女の方を見ると、少女はその宝石のような青い目をパチクリさせながらジッとコチラを見ていた。
もしかして見えているのだろうか?
「……貴方はもしかして、女神様ですか?」
『えーと、うん、はい、女神です。』
バッチリ見えていた。
これが実に三百年ぶりの会話、つまり女神としての初めての会話である。
初めて面と向かってと女神と言われただけに少し照れて顔をそむけてしまう。
しかし変だ、本来女神の姿を見れるのは女神が認めた聖女だけのはずだけなんだけど……まさか信者がいないからさっき祈りを捧げていたことで信者認定され、消去法で聖女候補になっているのかもしれない。
なんてレベルの低い聖女だ。
少女は警戒しながら見定めるようにこちらを見た後、意を決したように頭を下げる。
「あ、あの私マリア・ランドルフと申します、女神様にお願いがあります!どうか、どうか母を助けてもらえませんか!もう何日も苦しんでいるんです!」
『うーん、助けてあげたいのは山々なんだけど、私の力じゃ難しいかも知れないわね。そもそもあなた、ここがなんの女神を祀ってるのか知ってるの?』
「え?えーと、その……愛の女神様とかですか?」
マリアと名乗った少女は私の姿を見ながら答える。
愛の女神かぁ、お世辞でもそう言ってもらえるのは嬉しい、人間時代から顔だけが取り柄だったしね。だけど残念、そんないいものではない。
『うんこ』
「……はい?」
『私はうんこを司る女神なの』
答えを聞いたマリアはポカーンとしている、まあ当たり前の反応だ。
「え?えーと、うん――」
『あー言わなくていいわこんな下品な言葉、貴方のような子が口にしちゃダメよ。』
見たところ令嬢っぽいし、淑女としてはうんこなんて言葉口にするのも憚られるはずだし。
「それで、おうんこ様の女神様の力ではどうにかできないのでしょうか?」
『うんこに「お」も「様」もつけるな』
なんだ「おうんこ様の女神様」って……下品なものを上品に言ったって下品なものは下品なのよ。
『残念だけどさっきも言った通り私じゃ難しいわ、信者も一人もいないから女神としての力もほぼないのよ。』
こればっかりはしょうがない、怪我や病気を治すなら光や水の女神と言った上位の女神じゃないとね……
「そんな!母は今日でもう三日も腹痛で苦しんでトイレにこもっているのです!」
……ん?
「出てきたかと思えばすぐに顔色が変わってトイレへと戻り、心配して扉の前に近づけば中からは時折唸り声の様な聞こえるんです!もしかしてこれは何かの呪いでしょうか?このままでは母がトイレに住み始めるかも知れません!」
『いや、流石にそれはないと思うけど……』
とりあえずお母さんのためにもトイレから離れてあげてほしい。
しかし、なんだろう、なんだかいけそうな気がしてきた。
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