第10話 白馬の騎士視点 初恋の相手に失恋しました

俺はルヴィ。


俺が9歳の時に父がお家騒動に巻き込まれて命がやばくなったので、帝都から離れた母の親戚のディール伯爵家に逃げ込んだ。父は三男だったが、祖父が病勝ちになったので、長男と次男が次期当主の座を争いだして、長男と親しかった父にも危害が及ぶようになったらしい。最も父としては二人の血なまぐさい争いから遠ざかりたいだけだったかもしれないが……


俺はと言うと帝国内にいては危ないと、母に更に、海を渡った遠くのハウゼン王国に行かされたのだ。

ディール伯爵家の令嬢がハウゼン王国の王妃になっていたのだ。巨大な帝国の伯爵家といえどもハウゼン王国の王妃になれば玉の輿に乗ったと言えよう。俺はその親戚の王妃のいる王家でお世話になることになったのだ。


俺はその王家では客として大切にされた。


と言うかそこの一人娘の遊び相手として重宝されたのだ。


親戚の王妃は9歳の俺から見てもとてもきれいだった。


その一人娘の3歳の王女のアデリナはおしゃまで、母親似のくりくりした金の瞳を輝かせて、俺のことを「ルヴィ」「ルヴィ」と付き纏ってくれたのだ。


ここでは俺は煩い家庭教師もいなければ、剣術指南もいず、とても自由に過ごさせてもらった。

それは幼い頃から勉強に剣術にと分刻みのスケジュールをこなしていた俺にとって天国のような時間だった。久々に訪れたヴァカンスを俺は目一杯楽しんだのだった。


最もそのヴァカンスの大半がその小さい子供のおもりだったけれど……小さい子なんかと遊んだことは無かったから、それはそれで楽しかった。


リナはくりくりした目を輝かせて俺にいろんなことを聞いてくれたのだ。


「帝国って世界最大の国なんでしょ。そこから来たってルヴィは凄いね」

「ルヴィってやっぱり勉強もとてもできるの?」

「剣も、凄いの? 私、剣術が凄い人が好き」

この子は黙っているということを知らなかった。

好奇心旺盛で、いろんなことをさせられたのだ。


王宮の裏に広大な王家の森があって、俺はリナに言われて、よくその森に連れて行かされたのだ。


そこには春には一面お花畑になって花輪を作らされたり、夏は小川で川遊びをして、秋は木の実を取って遊び、冬は積もった雪で遊んだのだ。


「ルヴィ、ルヴィはとても格好いい」

リナはよく言ってくれた。もっともその後にいろんなことをさせられたのだが……リナはその時から策士だったのかもしれない。男の使い方を知っていた。


「俺が格好いいのなら、いつかリナのお婿さんにしてくれるかい」

俺は冗談で聞いていた。

「うーん、リナのお婿さんは世界一の騎士さんが良い」

それはリナによく読まされた騎士の本だった。幼馴染の青年が剣聖になって故郷の村に帰ってきて幼馴染に求婚して結婚するというものだった。

「ルヴィは世界一の騎士になって白いお馬さんに乗って私を向かえに来て。そうしたらお嫁さんになって上げる」

「判った。頑張るよ」

俺はなんとなく約束していた。


長男と次男のお家争いが終わって長男が継ぐことが決まって長男と仲の良かった三男だった父も帝都に帰還できることが決まった。俺もそれについて帰ったのだ。


我が一族は家を継がない人間が剣聖を代々継いでいた家だった。

俺は帝都に帰るやいなや、必死に剣術を磨き出したのだ。三男の父が家を継ぐことは無いと思っていたから俺が剣聖を継いでも何も問題はないだろうと思ったのだ。というか、長男も次男も息子がいなかったので、大叔父から継ぐ者がいなかったのだ。剣聖だった大叔父も父に継がせようとしたことがあったらしいが、父は剣術はからきしだめで匙を投げだしていたのだ。


その稽古は過酷を極めた。俺は何度も投げ出しそうになった。

しかし、その度にあの生意気なリナの「私は剣聖のお嫁さんが良い」のひと言が思い出されて留まったのだ。


俺は16歳の時に学園に入った。学園では多くの女たちが俺に寄って来たが、俺はあまり興味がわかなかった。何故か金色のくりくりした瞳が思い出されたのだ。

俺は首を振ったが、あの子以上に惹かれる者がいなかった。女たちはお互いにいがみ合って本当に口うるさかった。


まあ、三男の息子の俺が別に焦る必要はあるまいと思ったのも事実だ。相手はじっくりと選べばいいだろうと。

しかし、のんびりしていた俺が20になった時に長男だった伯父が亡くなった。

元々体がそれほど丈夫でなかった上に継承争の時の毒が遠因で亡くなったらしい。


それからが大変だった。父が継ぐことになり、俺の仕事も莫大に増えたのだ。その頃、剣聖も継いでいた俺は遠征に同行することも求められていて、帝国内を飛び回ってもいたのだ。


そんな時だ。リナがメンロスの王子と婚約したのは。

俺はあの小さなリナが俺以外の人間と婚約する何て想像もしていなかったのだ。


そして、とてつもないショックを受けていることに驚いた。

「将来結婚してあげてもいい」

その言葉はほんの子供心の戯言だ。俺自身、そこまで本気にしていなかったし、剣聖になったのもたまたま俺しか継ぐ者がいなかったからだ。

でも、それを聞いた俺はしばらく何も言えなかったのだ。


俺は慌てて使節団の一行に自分を紛れ込まして、ハウゼンに行った。


そこでは国王夫妻が大きくなった俺を見て歓迎してくれた。

しかし、そこにはもうリナはいなかった。リナの代わりに鈍そうな男が養子として座っていたのだ。

ハウゼンで女が継ぐことは叶わず、国王の甥を迎え入れたらしい。


俺がきょろきょろしているのを見て、

「ああ、リナなら婚約してメンロスに行ったわ。オイゲンの所からどうしても息子の嫁に欲しいと頼まれたのよ」

王妃はそう言うと意味深に笑ってくれたのだ。

王妃は言葉の外に遅かったと言っていた。


俺は少しむっとして

「いえ、この地で一年間も過ごさせていただいたので、その時の御礼が彼女にも言えたらと思ったのです。彼女が幸せならそれでよいです」

俺は自分の矜持が傷付いたのを悟られないように気を付けながら、そう言い切ったのだ。

「そう、ならそう伝えておくわ」

王妃は妖艶に笑ってくれたのだ。

王妃の笑みは俺の悔しい心を見透かしたようだった。


それは俺の初めての失恋だった。

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