月に願いを

 辿り着いたところは、ほとんどの時間が夕方みたいに陽が暮れていく途中の空をしていて、次に見上げると空には月が出ていた。


 ここまで馬車に揺られてきて、赤道でも越えたのかって程に、空の変化が凄い。


「何をそんなに見上げてるんだ」

「夕方が早いと思ってたんですが……普通じゃなかったんだなぁと考えてて」

「そうだな。朝、昼、夜と、太陽が変化していたからな。奇妙に思えて当然か」


 貴方は何かを探しているような、とにかく歩き回る。

 なんとなく見回したとき、身震いを感じた。建物の灯りの少なさ、人と会わないような静けさ。


「ここって、街ですか?」

「街だったところだ。一度滅んでる」

「ではまた人の出入りがあると?」

「物好きしか居ない。危ない魔法を使ってるとかな」


 そういう人たちに用があるってことなんですよね? ここに来たってことは。

 貴方はお店に入っていった。ガラスは割られていて、お店だった場所。微かに良い匂い、香水?


「誰、何の用」

「僕だ。探してたんだ、ちょっといいか?」


 月灯りに照らされて見えてきたもの……白髪の綺麗な女性。


「生きてたの?」

「そっちこそ。今回の件に関しては、生きててもらわないと困る」


 本当に何をしに来たの? 久しぶりに会ったんだろうけど、生きてたのって、それほど会ってなかったってこと?


「そちらの方もエルフ……?」

「おぉ、よく分かったな。僕と同じエルフだ」


 白髪の女性が、ぐいっと近くなる。


「異界の者ね。この世界で何かを成し遂げようっていう熱い意思はないようね。来たくて来たわけじゃない、でも戻りたいとも考えてない」


 そうかもしれない。心の中を読まれて声すら出ない。


「まあいいんじゃないの? 命ある限りお嬢さんの人生よ」

「あ、あの! ここは何をしてる場所なんですか?」


 後ろ姿を追いかけて、広々とした部屋に出た。天井は崩壊していて、月が、映し出されてる?


「……鏡?」


 月が揺れて見えたことに慌てて足を見た。水浸しだ。


「あたしがいろんなところへ行ったりする魔法の入口、とでも言っておこうかな。別に悪いことはしてない。あたししか使ってないからね。今回は特別に使わせてあげるわ」


 ここからどこへ行こうというの? すがるように貴方を見た。


「僕と同じで表情に出にくい人だと思っていたが、不安な顔をするんだな」

「だって……もう、会わないみたいな、そんな空気……」

「もっと早くにここへ来るべきだったな、悪い……」


 これからもいろんな場所を、貴方と行くんだと思っていたから、突然のことに考えが追いつかない。

 でも本当は、貴方はずっと元の世界に帰るべきだって考えてくれていたんだね。わたしは馴染むことに必死だった。


「挨拶は済んだ? 魔法かけていい?」

「待って! この状況になったから、今感じてることをする」


 貴方のもとへ走り、思い切り抱きついた。


「な、なにしてるんだ……」

「これからも一緒に居ることが当然に考えていたんです。でも違った。そう思ったら、触れてみたくなりました。貴方のこと、好きです」


 この中で一人、くだらないって顔をしてる白髪のエルフ。別にどう思われてもいい、素直に動きたかったから。


「月に願いを」


 白髪のエルフは、そう唱えた。水が光っていく。


「さあ、行きなさい」


 貴方から離れて、ゆっくりと水へ入った。なんか、怖いな。咄嗟のひらめきで、寝転がるように身体を倒す。

 泣いてる貴方が、一瞬見えた。


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