第十一話:プレイ・オア・マネー?

「お前が亡くなって3か月か....」


 倉田徹が墓前に花束を供えていた。仏花ではなく花屋で買ってきた花束。雑多に色々な花が入ったその花束は、見た目にはきれいに見える。この日は、晴れてこそいるが、その空の色は蒼く儚く肌寒い。ただ晴れているだけ、そんな日だった。


「箭内さんという女の子が私のところまで来たよ。どうやらお前の遺志を継いだらしい。だが、あの子に私は賭けてみるべきなんだろうか....」


 墓標は何も答えない。ただ、そこに鎮座しているだけだった。時々吹き抜ける冷たい風だけが、彼の言葉に答えていた。


「あれから、何も聞こえないんだ....」



「投票なんかしてくれるかあ?」


 栗原がスッカラカンの声を上げた。

 自信満々に投票用紙を見ていた箭内が顔を上げる。


「何が不満なのよ?」


 言ってる箭内の方が不満そうだった。栗原が声を上げるなんて珍しいこともあるもんだ。


「だってさ、何も作ってない、何もできてない時に投票してもらっても何にもリターンないだろ? だったらさ、まず作ってみるべきなんじゃねえの?」

「何を作るのよ?」


 箭内が怪訝な表情で栗原を見つめる。本当に何を作るんだ?


「そりゃあ小さい奴でまずは作ってみるんだよ。うちの工場だって客先に持っていくときは、まずモック? って言うのか? を作って持っていくぜ!」


 僕たちは顔を見合わせる。栗原にしては正論だった。確かに何もできてない状態で「評決取ります!」って言ったところで誰も投票しないだろう。だったら、まずは作ってみた方がいい。作ってみればわかりやすいし、誰でも納得できる。


 いいんじゃないか?

 箭内と奥内もうんうんと頷いている。


「栗原にしてはいいこと言うじゃない! それで決定ね! それを町のみんなに見てもらいましょう! そうしたら投票も集まるはずよ!」


 だが、そんなイケイケムードに奥内が水を差す。


「ラジコンはどうするんですか? 計画だと、かなりの速度で飛ばさないとだめですよね? だとするとジェットエンジンを積んでないと....」


 僕たちは沈黙する。確かにその通りだ。ジェットエンジンを載せてて、丈夫で速度も出る。そんな都合のいいラジコン....


「持ってるぜ」


 栗原が決め顔で親指を立てる。

 は? 持ってる?


「ほ、ほんとに持ってるんですか? 旅客機のラジコンを?」


 奥内が驚愕の声を上げる。


「親父が作った特製品。エンジンで飛行するジャンボジェットだぜ!」


 そういやあ忘れてた。こいつ、親子そろってラジコンオタクだった!



「これって本当にラジコン?」


 箭内が声を上げる。そりゃそうだ、そこにはジャンボジェットの精巧なラジコンが鎮座していたからだ。全長は僕の身長より明らかに長く、地面から二階部分の盛り上がりだけで足の付け根ほどはある。

 機体の中ほどから、やや後退して伸びる悠然とした翼には、巨大なエンジンが四つ猛々しく構えていた。尾翼には鶴のマークと共に”KAL”と描かれていた。


「はぁ....すごいですね....これ....」


 奥内がため息とともに感嘆の声を漏らす。


「なんだよKALって」

「何言ってんだ、そりゃあ”Kurihara Air Line”だろ?」


 変なとこだけ自我を出すのは何なんだ....


「お前さんら、宇宙行くんじゃろ?」


 僕らがいる場所の主、栗原の父が僕らに声をかける。今いるのは、栗原の実家。つまりは板金工場の一角だ。いつもの遊び場に、こんなのがあるとはとても思わなかった。


「まあ、なぜか行こうとしてます」

「なぜか....? ま、まあそりゃあええけど、なんでこいつなん? ジャンボで宇宙に行けるんか?」


 しわがれ声で、普段大声を発しているであろう彼の口からは、明らかな興奮の吐息が漏れていた。


「話すと長いんです....」

「俺が考えたんだぜ」


 と誇らしげな栗原。

 一方の奥内は、感動でしびれたのか、ただただラジコンを見つめていた。

 箭内はパンッと手を叩くと、高揚した声色を上げる。


「とにかく! これで実験の駒は揃ったわ! これさえあれば、私たちは無敵よ!」


 栗原の父は不思議そうな顔で、箭内を見つめる。そりゃそうだ、普通の人は宇宙に行けるだなんて思わない。僕も同感だった。


 ――でも、少しだけ....


「で、このラジコンだけど」

 と、箭内は栗原の父の方へ振り返る。


 ――そう、少しだけ....


「私たちの夢のために、少しの間借りられないかしら?」


 栗原の父は、ガハハと調子よく笑いながら大声で言い放った。


 ――ほんの少しだけ....


「おう! やっちまえやっちまえ! 宇宙にでもどこにでも連れて行ってやろうじゃねえか!」


 あぁ....言っちまったよこのおじさん....まず間違いなく帰ってこないぞこの機体。


 ――少しだけ、ワクワクしている自分がいた。

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