第1話
第1話
星船エンジニアのジュニジェインは目を覚ますと人魚になっていた。
「ほう?」
場所は岩だらけの海底。ジュニジェインはきょとんとした顔で尾びれを動かし、水中を旋回する。
「ほーう。ほうほう。面白いね」
旋回中に距離感を誤って岩礁に頭をぶつけ、小さくうなる。このとき、ジュニジェインは今の状況が夢ではないと自覚した。
「いたた。現実なのか? 興味深いな……」
「ラムネ、なにをやってるの?」
ふと声が掛かる。ジュニジェインが振り返ると、そこにはエメラルドのように輝く髪を持つ人魚がいた。エメラルドの人魚はため息をつくと、そっと近寄ってジュニジェインの額を優しくなでる。
「ええと。お嬢さん、あなたはどなたですか? ラムネとは?」
「寝ぼけているの? 私はあなたのマネージャーのワタアメで、ラムネはあなたの名前。コンサートに遅れるわ。急ぐわよ」
「コンサート……?」
ワタアメはジュニジェインの手を引き、コンサート会場に案内する。会場の控室に入ると、ワタアメはジュニジェインに化粧をほどこし、真珠のネックレスを付けさせる。あれよあれよという間に、ジュニジェインは舞台に躍り出た。
「歌えというか。僕は音痴だぞ」
ざっと数えて数百人の観客たちが、期待の目でジュニジェインを見ている。
覚悟を決めたジュニジェインは、星船の船歌を歌った。
観客たちは、後にこう語る。
「大型新人って噂だったけれど、期待外れね」
「あれなら昆布を見ているほうが有意義だわ」
「あれが本当にラムネさんなの……? きっとカエルと入れ替わってるわ」
稀代の歌姫とまで言われたラムネの評判は地に落ちた。
※※※※※
歌姫のラムネは目を覚ますと宇宙人になっていた。
場所は宇宙船の一室。ラムネは2本の足を目の当たりにしてぎょっと目を見開き、足をばたつかせてベッドから離れる。
「わ、わ、わ! 足が! 足が! ワタアメ! ワタアメーッ!」
「うるっせぇぞ! ジュニジェイン!」
「ひぇっ!?」
ラムネは怒鳴り声に振り向く。そこには大柄な男性が眉間にシワを寄せて立っていた。
「ど、どなたですかぁ? ジュニジェインってなにー??」
「あん? 寝ぼけてるのか? バルバロだよ。お前のルームメイトだよ。ジュニジェインってのはお前の名前。さっさと体勢整えろよ。仕事だぞ」
「ルームメイト!? こんなのが!?」
「悪かったな! こんなので!」
「ごめんなさい。立てなくてェ……歩き方が分からなくてェ……」
「えぇ? 本気で言ってるのか? 世話の焼けるやつだな」
バルバロはラムネを背負うと、無重力の通路をとーんとーんと跳ねるように歩き出す。エンジンルームにたどり着くと、バルバロはラムネを放した。
「お前の仕事はエンジンのメンテナンスだ。星船の心臓部だ。しくじるなよ」
「めんてなんす?」
「やっべ。お前を運んでいたせいで俺が遅刻しそうだ。俺は自分の持ち場に行くからよ。後は頼んだぜ」
バルバロはそう言い残すとエンジンルームを後にした。
「あっ! ちょっと! めんてなんすって何なんですかー!」
ラムネの問いはバルバロに届かなかった。
ひとりになったラムネは無重力空間の泳ぎ方を練習する。やがて満足に動き回れるようになると、手探りでエンジンのメンテナンスを行った。
星船のエンジンは故障した。
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