第二話
「人数の多いところで開始を待つのは危険すぎる」
松尾凛はそう考えると、二階のホールへと足を進めた。このままゲームスタートを待つと地獄絵図になるのが目に見えていたからだ
階段を上っていると、生暖かい風が頬に触れた。昼とは違う静かな夜。今のこの時分には蝉時雨も止むのだろう。割れたガラスに気をつけながら、一歩一歩確実に床を踏みしめた。
二階に着くと、照明のスイッチが目に入ったが、電気は...つけないほうがいいだろう。どうせ、レーダーで場所はわかるが今はとにかく、時間が稼げたらいい。数が少なくなるまで潰し合ってもらえばいいのだから……。
スマホのライト機能を頼りに、ホールに足を踏み入れ、あちらこちらを散策する。ここは、元々は病棟だったのかたくさんの部屋があり、その中に多いところだと四つ、ベッドが置いてある。ベッドといっても、マットレスのスポンジはまる見えで少し湿っているため、あまり状態がいいとは言えない。それでも、座った感触から埃まみれの床で寝るよりはマシだと、とりあえず今夜の寝床は確保した。
そうこうしているうちに時計の針は進み、廃病院全体にゲームマスターの声が流れる。
「これより、ゲームを開始する。タイムリミットは明日の午前零時。そこまで生き残った者に賞金を与えよう。では、」
それを合図に鐘の音が鳴り響いた。いよいよ、ゲームスタートだ。
階段の方から、たくさんの人の騒ぐ声が聞こえる。やっぱり二階に来といて正解だったかもしれない。
ほっと、胸を撫で下ろしたのもつかの間、腹の虫が目を覚ましたので食料を探しに部屋から出た。ここでは、些細な音も命取りになる。
遠回りになるが、別の階段を探そう。なるべくゆっくり‥壁伝いに‥。
心臓の音がうるさい。もし人に見つかったら……?
そうなったら時計の奪い合いをするしかないだろう。
それでも今は極力人に見つからないように‥。ゆっくり……かつ迅速に……。
より、緊張の糸が張り詰められたように感じられた。
二階には部屋はいっぱいあるものの肝心の食料はないらしい。
松尾凛は念入りに食料がないことを確認すると、階段で地下一階まで下りた。偏見かもしれないが保存食とかなら倉庫にあるのでは、と思ったからだ。もちろん、地下に倉庫があるかもわからないが。これで、最上階に倉庫があったらどうしよう...。そんなことを考えながら足を進めた。その可能性もゼロではない。ただ、不思議と、倉庫自体ないかもしれない、という考えはなかった。
地下一階は、若干明るく、荒らされていた。すでに誰かが来たのだろう。だとすれば、食べ物もない可能性が高い。探すのを諦めて、二階に戻ろう。そう思った時、時計に内蔵されているレーダーが、反応した。
慌てて確認すると、近くにプレイヤーがいることがわかった。時間は一時。もうそんなに経ったのか‥。
ゆっくり、静かに深呼吸して頭に酸素を送る。それでも、自分の心臓は騒がしさを増し、脳が冷静さを欠いた。そのせいか、逃げるという決断に至った。
結果としては最悪だ。静かに歩くことに気を取られて、足元を確認するのを怠ってしまった。シーツを踏み、身体が宙を舞い、盛大な音をたてて床にダイブする。
「やばい」と脳が警鐘を鳴らす中。顔を上げると同い年ぐらいだろうか、髪を肩まで伸ばした長袖の女性が立っていた。
おもむろに近づく彼女。立ち上がって準備を整える凛。最初に行動に移したのは彼女の方だった。
彼女の「待った」の意を示す両手に、松尾凛は口を開いた。
「いまさら、何の真似だ...。もうゲームは始まっている、どちらかが時計を奪われる、どちらかが勝者となり、敗者は散る。なぁ、そうだろ?」
「いいえ、私たち二人が勝者になるの。私にあなたと時計を取り合う意思はない」
はっ。そんなこと言うなら、態度で示してもらおうか。
「私たち二人が勝者になるって言ったな...。それは、どういう意味だ?」
「時間がくるまで二人で協力するの。賞金は二億。二人で山分けしても、手取りは一億。どう? 悪くないと思うけど」
「そういって、裏切る可能性もゼロじゃないだろ。なにを根拠にそんなこと. ..」
「じゃあ、こんなのはどう? 私が寝ている間、ううん、いつでもいいわ。不信に思ったら私の時計を奪えばいい。これを使ってね」
そういって彼女から渡されたのは、スタンガンだった。ポケットから出てきたのにも驚いたがそんな物騒なのどう持ち出したのか。
「ちなみに、ソレ私のじゃないから」
「んなっ、じゃあ誰のだよ!?」
「さあ? 顔も知らないおっさんの。そんなことより、あなたの名前はなに? いつまでもあなた呼びはいやでしょ?」
なんなんだこいつは...。人に名前を尋ねる時は、普通自分から名乗るのが常識ってもんだろ。頭のネジ、ぶっ飛んでるのか?
「ちなみに、私の名前は鏡鈴香。本名名乗る気がないなら偽名でもいいよ。あなただって、わかればいいんだから」
「――だ」
「え? ごめん。聞き取れなかった。なんて?」
「りん、凛だ」
「へぇ、偶然だね。鈴ってリンリンなるでしょ?いいね、じゃあよろしくね。凛」
こうして、奇妙な女と一緒に行動をすることになった。
「ちなみに私の時計はこれだから」
そう言って鈴香は袖を捲って腕時計を見せる。
手の内を明かしたつもりだろうか……。
とにかく、不信に思ったらコレを使えばいいのだ。
――どうせ、人はいつか裏切るんだ。だから、絶対先に裏切ってやる。
松尾凛は心の中で、そう決意した
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます