トレイン、トレイン
まもるンち
第1話 とにかくBOOWYはカッコよかった。
一九八八年。
僕達を乗せた列車が栄光へと向かっているかどうかはわからないが、僕達はとにかくザ・ブルーハーツよりもカッコいいバンドを組むことにした。そしてトレイン・トレインよりも沁みる曲を作ることをめざした。
一九八八年。
阪神タイガースからバースが去った。
アルメニアでマグニチュード6.9の地震が起こって一万五千人が死んだ。
ラニーニャ現象が世界中で猛威を振るい、そこかしこで異常気象が起こった。
関西で『探偵! ナイトスクープ』の放送がはじまった。
東京ドームが完成した。
ソウルオリンピックが開催された。
そしてB’zがメジャーデビューし、BOOWYが華々しく解散した。
そう。一九八八年は、BOOWYが東京ドームでラストギグをした年なのだ。
解散したBOOWYはいち早く伝説になった。
ラストギグの会場である東京ドームの十万席分のチケットがわずか十分間で完売し、殺到した予約電話で回線がパンクした。
あらゆるロックバンドが憧れる聖地・武道館を「ライブハウス」呼ばわりした。
ギタリスト・布袋寅泰の身長は二メートル近くあった(頭髪含む)。
シークレットライブの時に会場に入れなかった客が暴動を起こし、警察が何十人も出動する騒ぎになった。
さらにその時、ヴォーカリスト・氷室京介が、
「警察なんて関係ねえぜ! みんなもっと前へ来な!」
と客席を煽り、その途端嬌声を上げながらステージにどどどどと殺到した客を見て、
「お前らもうちょっと後ろに下がった方がいいぜ」
と言い直した。
BOOWYは伝説となるための、というよりはティーンネイジャーの伝説と成り得る要素をいくつも持っていた。
一九八八年。
僕は十四歳だった。中学二年生だ。
多くのティーンエイジャー達がそうだったように、十四歳の僕もそんなBOOWYの魅力に取り憑かれ、ロックの熱に浮かされていた。
中でも、タイトな黒服に身を包み、髪を立てて鷹のような鋭い目つきでアナーキーなリリックを吐き出すヴォーカリスト・氷室京介には強く魅了された。
ジャパンビートロック界のパイオニアにしてカリスマ。不良少年達の道しるべ。型破り。美声。加えて二枚目。地位。名声。もちろん女の子にもモテまくる。これ以上にまだ何か必要なものなどあるのだろうか、と問いただしたくなってくる。ないだろう。ないはずだ。あるとは言わせない。
邦楽ロック界隈では『BOOWY以前、BOOWY以降』という言い方さえ存在する。辛辣な評論家達をしてそう言わしめる存在なのだ。
そんなBOOWYの綺羅星のような数々の名曲を、カセットテープが伸びて伸びて氷室京介の声が中尾彬のそれのように野太くなるほど繰り返し聴いては、
「プラッチックボムて何や? ようわからんけどすげえすげえ……」
と唸り、十四歳の少年はぼさぼさ頭に詰襟の学生服でいつかはBOOWYのように! そしていつかは氷室京介のように! といった熱い想いを胸に秘めつつ、ロックスターの勇姿に見惚れていた。
しかし、僕が氷室京介になるにはたった二つの障害があった。類まれな強運や音楽的才能は、この際ちょっと脇へよけておいたとして。
まずは身長。十四歳の時点で、僕の身長は一六〇センチジャストだった。同年代でもでかい奴はすでに一八〇センチくらいはあったのだから、これは結構小さい方に入るのだ。だがまあ、これはいいとしよう。身長が低くても個性的でかっこいいロッカーはたくさんいる。何より成長期だったので、毎日牛乳を二リットルほども飲んでイリコをむさぼり喰えば、身長なんかずんずん伸びて最もアナーキーかつワイルドになっているであろう一七歳くらい(偏見含む)には一八〇センチを軽く超えているはずだ、と無理やり自分を納得させた。
もう一つの問題。
僕は健康的なレベルで、あくまで健康的なレベルでだがちょっとした肥満児だった。
これは問題だ。これはいけない。
何しろロッカーは細い。折れそうに細い。シド・ヴィシャスの腕なんてシャーペンよりも細い。ミック・ジャガーの脚なんてココアシガレットよりも細い。その細い脚を、股上の極めて浅い二十七インチの黒のスリムジーンズでぴたりと覆い、体脂肪の少ないぺらっぺらの体にタイトなライダースジャケットを直接はおり、ヘソのピアスをキラリと光らせる。これがロッカーだ。
固形物を一切口にせずにフォア・ローゼスやらジャックダニエルやら、知らんけどなんやかんやでカロリーを摂取し、タバコと龍角散のような白い粉にうつつをぬかしているうちにいつの間にかギョロ目になり、不健康にやせ細る。これがロッカーだ。
形から入ることを至上とする僕はこれを目指そうとした。しかし、残念ながら当時の僕がうつつをぬかしていたものはバウムクーヘンやチョコレートを中心とした甘いもの全般と鶏のから揚げ、チーズバーガー、ファンタグレープ、そしてガリガリ君(ソーダ味)だった。つまるところ、太っているといってもガタイのいいタイプの巨漢ではなく、ふっくらしていたのだ。冬場は股ずれがひりひりと痛んだ。そして色白で、吸い付くような餅肌だった。これはいけない。
僕はワイルドさの対極にずしりと腰を据えている自分のルックスを呪った。同時に、食に対する自分の好奇心、各国のおいしいものが即座に手に入ってしまう先進国・日本を呪った。そしてアジアのどこかの貧しい国の裏ぶれた町の、鋭く痩せ細っていながらもしたたかで貪欲、かつクレバーな、ネコ科動物のような目をしたストリートチルドレンを想った。想いつつ、うすしお味のポテトチップスをむさぼり食い、歯が溶けるほど甘いコカ・コーラをぐいぐい飲んだ。氷室京介は惑星大アンドロメダよりもはるか遠い存在だった。
しかし、ほんの少しだけ共通点もあった。ごくごく小さな共通点だ。そのほんの少しの共通点に、僕は希望のすべてを託していた。
若き日の氷室京介には遠く及ばないけれど、僕もささやかな不良少年だったのだ。
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