Ride1 栃木県栃木市ー3

 受付の奥を進んで行くと、右手に展示室が現れた。

 展示室には大きなTVが設置されており、栃木市内の観光に関する映像が流れている。せっかくだから観ていこうかな、と椅子に座って画面を眺める。

 市内のさまざまな風景や行事が流れるなか、遊覧船の船頭さんによる『栃木岸船頭唄』歌唱シーンも登場。先ほど見た光景を思い出し、なんとなくホッコリする。

 映像をひととおり見終えたら、今度こそ目的の庭園へと向かう。


「おぉっ……」


 歴史ある家屋に相応しい、日本庭園が目の前に広がっていた。

 松など手入れの行き届いた庭木を眺めながら奥へと進む。

 敷石に導かれるように歩いて行くと、店舗の奥に作られた座敷が現れた。残念ながら入室禁止。だけど硝子戸が開け放たれ、座敷の様子が外から見てとれる。

 入館時にいただいたリーフレットによると、ここは新座敷なのだとか。

 畳敷きの和室に縁側のある、昔ながらの“THE お座敷”感たっぷりの部屋。明治期に建造されたんだもんね、そりゃ当たり前か。


 そういえば、田舎のお爺ちゃんちが昔こんな家だったな。団地住まいだった我が家にはなかった縁側は、子ども時代の私にとっては特別な場所で、なんか妙に憧れたっけ。

 夏休みにお爺ちゃんちに行くと、縁側に寝そべってお絵描きしたり、スイカを食べたり。畳はとてもひんやりしていて、窓から吹き込む涼しい風に眠気が誘われたっけなぁ。いつの間にか寝落ちしていて、気づくと大判のタオルケットがかけてあった。あれはお婆ちゃんがかけてくれたものだったんだろうか……なんて、今は亡き祖父母との思い出に耽る。


 敷石をさらに歩いて行くと、横山家の男性が使用していた大広間が現れた。新座敷よりも広くて大きな部屋。ご当主のお部屋とかなのかな?

リーフレットによると女性が使用していた部屋(奥座敷)も別にあるそうで、男女によって使用する部屋が違っている辺りに、なんだか時代を感じてしまう。


 ちなみに新座敷、大広間では庭を見ながら“とちぎ江戸料理”を楽しむことができるらしい(要予約)。

 ちょっと興味はあったけど、ネットで一日一組限定・団体(四~十二名まで)と書かれてあるのを見て、即座に諦めた。

 だって、気ままな一人旅だし。相棒のM6Rちゃんは人じゃないから、どう頑張っても人数に加えられないし。

 残念だけど、しょうがない。


 そんなことを思い出しながらさらに進むと、綺麗に剪定された庭木(多分ツツジ?)に囲まれた枯池が現れた。

 枯池とは、水の代わりに白砂や石などを水に見立てて作られた池のこと。こちらでは少し大きめの石が敷き詰められていた。水の張った池もいいけれど、こういった枯池も風情があるものだ。

 池の中央に大きな石が設置されているのは、橋に見立てたものだろうか。畔には灯籠も置かれている。


 ――こういうの、なんかいいなぁ……。


 西洋庭園のような華やかさはないけれど、どっしりとして趣のある景色に心が凪いでいく。ホッと一息つけるような、落ち着いた気持ちになれるから不思議だ。

 これが詫び寂びの世界か。奥深い。


 枯池を眺めながら進んでいくと、先ほど見た座敷が再び現れた。

 これは“回遊式庭園”という日本庭園の様式の一つなのだとか。読んで字のごとく、庭園内を回遊しながら、池や庭木の鑑賞を楽しむものらしい。

 横山郷土館の庭園も、枯池をぐるりと囲むように置かれた敷石に沿って歩きながら、見事な庭を余すところなく堪能できる作りになっている。


 このまま進むと再び新座敷、大広間に行き着くわけだけど、こちらの庭園にはもう一つの注目ポイントがある。

 それが登録有形文化財に指定されている、大正七年に建てられた洋館ゲストハウス!

 白壁に筋交いを水色で彩った外観。ハーフティンバー形式と呼ばれる、西洋木造建築様式が取り入れられているのだけれど、これがもうお洒落でかわいい!!  見ただけで無駄にテンションが上がってしまう(笑)

 建物自体がそう大きくなく、ちんまりとした佇まいなのも、かわいらしさに拍車をかけている気がする。


 こちらも入室禁止だけれど、出入り口部分から室内を覗き見ることはできる。

 中は外観からは想像できない純和式。畳敷きに床の間や襖のある、普通の和室だった。これはちょっと意外。

 畳の上に椅子とレトロなダイヤル式のTVが置かれているのも面白い。

 だけど漆喰仕上げの真っ白い天井だけは、洋を思わせる装飾が施されていた。特に中央にある電灯を吊り下げている部分のデザインがまた、モダンで素敵。ちょっとだけアール・ヌーヴォーを思い出す。


 天井から少し目線を下に落としたとき、襖の上に飾られた額が目に入った。

 中に納められたのは、一枚のモノクロ写真。古めかしい、何かお芝居の衣装らしき物を着た三人の人物が映っている。さらに襖には歌舞伎の隈取りの入った額も立てかけてあった。

 実はこちらの洋館ゲストハウス、戦時中は歌舞伎役者の三代目・市川猿之助(後の猿翁)の、疎開先の住まいとして使われていたそうで。

 疎開を終え、東京に戻ることになった猿之助。その際、お礼興業として上演した『黒塚』の隈取りを写したものを、横山家に贈ったそうだ。

 また写真は、歌舞伎座で『二人ににん三番さんばんそう』を上演した際に撮影されたもので、なんとサイン入り。これまた凄いお宝である。



<参考サイト>

とちぎ江戸料理 https://tochigi-edo.jp/

……and more



Next→国登録有形文化財 横山郷土館 栃木共立銀行跡、文庫蔵

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