Ride1 栃木県栃木市ー1 

 栃木県栃木市。

 その歴史はかなり古く、旧石器時代から人が住んでいた痕跡が見つかっている。

 鎌倉時代には城が築かれ、今のような街の基礎ができあがったのは、戦国時代のこと。

 徳川家康の没後、朝廷は日光東照宮に捧げ物を奉納しており、その勅使が通った道――日光にっこう例幣使れいへいし街道かいどう柴宿しばじゅく本陣ほんじんあとなどが、今も残されている。


 さらに栃木市は幕末から昭和初期にかけて、問屋町として発展を遂げた。

 かつては“北関東の商都”とも呼ばれ、栄華を誇った最大の要因が、市内を流れる巴波うずまがわだ。

 栃木市観光協会の情報によると巴波川は渡良瀬川の支流で、かつては物資輸送を行う舟が行き交い、関東と南東北の流通を結ぶ結節点でもあったのだとか。

 川沿いを中心に蔵造りの建物を目にすることができ、在りし日の繁栄に思いをはせることができる。


 ちなみに栃木市が“小江戸”と呼ばれる所以ゆえんは、この蔵のある町並みが大いに関係していたり。

 小江戸と認定される条件は、『江戸との舟運で栄えた町であること』『山車の出る祭りがあること』、そして『蔵のある町並みが存在すること』。

 栃木市は全ての条件を満たしており、一九九六年からは埼玉県川越市、千葉県香取市と共に小江戸サミットなるものを開催。小江戸の普及啓発活動を行っているのだとか。


 閑話休題。


 今回の旅の第一目的地である巴波川は、栃木駅から自転車で五分弱くらい。ゆるゆる走ったというのに、あっという間だった。思っていた以上に近い。

 物流が盛んだったということは、結構大きな川なのかな……? と思いきや、案外そうでもなく。

 正直な感想は、この川幅で舟が行き交っていたとか嘘でしょ!? だった。

 だけどまぁ(これまた観光協会の情報によると)当時は“べか舟”や“つが舟”と呼ばれる小舟なんかが使用されていたらしいので、それならこの川幅でも楽に往来できるのかな? と納得してみたり。


 正面に見えてきた幸来こうらいはしを左折すると川沿いを走ることができるのだが、まず目に飛び込んできたのは川の上を泳ぐようにたなびく無数の鯉のぼり。

 後で調べたところによると、これは『うずまの鯉のぼり』と呼ばれるもので、毎年三月中旬から五月中旬にかけて見られる巴波川の春の風物詩だそうで。『いいこい』にちなんで掲揚された千百五十一匹の鯉のぼりが巴波川上を彩るさまは、まさに圧巻。

 穏やかに流れる川と色とりどりの鯉のぼりを視界の端に捉えながら、先ほどよりもさらにゆるゆるペダルを漕ぐ。結構道幅が狭いし、通行人もいるからね。スピード上げて走るなんて論外だし、万が一事故ったりしたらと考えると普通に走ることすら、ちょっと怖い。


 小径車はママチャリなんかに比べてタイヤのけいが小さいから、あまりスピード出ないんじゃないの? なんて以前聞かれたことがあったんだけど、実は全くそんなことはないんだよね。

 もちろんロードバイクやクロスバイクに比べたら……な面もあるけれど、ママチャリを余裕でちぎれるくらいのスピードは出る。

 だからこそ、走行の際には余計気をつけたいところ。個人的にはある程度人通りのある場所は、無理せず降りる。押して歩く。いくら軽くて小さい自転車とはいえ、万が一にも歩行者にぶつかったら大事おおごとだ。最悪の事態はできる限り排除したいところ。

 だけど今日は通行人が二~三人しかいないので、相棒に乗ったまま進ませてもらおう。


 しばらく進んで行くと、左手に『蔵の街遊覧船』の入り口が見えた。

 小舟に乗船し、巴波川上から蔵造りの町並みを遊覧できるのだ。

 所要時間は三十分程度。


 ――どうしようかな……。


 実は市内観光を計画していたときから、遊覧船を観光スケジュールに組み込むか、正直かなり悩んでいたのだ。そして散々迷った挙げ句、今回は涙を呑んで諦めることにした。

 理由は時間的な問題。

 初めて訪れる土地なので、できればいろんな所を見て回りたい。だけど遊覧船に乗ったうえで行きたい場所を全て回ると、その分帰りの時間はどうしても遅くなる。

 そして私は、十四時くらいには栃木を出立したかった。

 東京に戻るのが遅くなればなるほど、帰路に就く乗客で電車内はごった返す。休日なんて十七時ごろになれば、結構な混雑具合だ。そこに自転車なんて大荷物を抱えて乗るのは、邪魔以外の何ものでもない。ほかの方々の迷惑になるのは本意ではないからね。


 だけど晴天の下、穏やかに流れる巴波川をのんびり舟で見て回る……やっぱりこれは、かなり魅力的だ。実際現場を見てみると、心が揺らぐ。

 こんな体験、滅多にできるものではない。

 うう……どうしよう……。

 ここに来て再び迷いが生じてしまった。

 待合処(乗船所)前で熟考した私が出した結論は。


 ――また次に来たときこそは、絶対に乗ろう!


 だった。

 他人ひと様に迷惑をかけてまで、自分の楽しみを最優先させることに気が引ける。

 それに私は、関東近郊であればいつでも気軽に来られるのだ。

 次に栃木旅行を計画したときには、蔵の街遊覧船に乗船する前提のスケジュールを組めばいい。

『蔵の街遊覧船』公式サイトを見たところ、春以外の季節もそれぞれ見所があるみたいだし、次は夏の行灯まつりを見に来るのもよさそうだ。

 うん、そうしよう!

 多少後ろ髪を引かれつつ、ペダルを漕いだ。

 心地よい風を感じながら進んでいくと。


 突然、歌が聞こえてきた。


 ブレーキをかけて後ろを振り向くと、ゆったりと進む舟上で編笠にはっぴ姿の船頭さんが『栃木とちぎ河岸かし船頭せんどううた』を披露していた。

 伸びやかな歌声が蔵の街に響き渡る。

 かつての舟運を思わせる光景。唄に呼応するかのようにそよぐ鯉のぼり。


 ――こういう風景を楽しめるのも、旅の醍醐味だよなぁ。


 まるで一枚の絵を見ているような感覚に陥った私は、時間も忘れてその光景を暫しうっとりと眺めたのだった。



<参考サイト>

栃木市観光協会 https://www.tochigi-kankou.or.jp/

栃木市観光資源データベース「蔵ナビ!」 https://www.tochigi-city-kura-navi.jp/

蔵の街遊覧船 http://www.k-yuransen.com/

……and more



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