第13話 吸魔の首飾り

 身の回りに居るメイドさん達がメイドさん達じゃなかった。


 そりゃそうよね、一介のメイドさんが戦術指南とか、的確な魔物の殺し方とか、そんな事を教えてくるのも変だと思ってたのよ。


 そして、城内に居る、ほとんどの人が化け物じみた強さを持っていると……


 魔窟か? ここは?


 そんな感想を思い浮かべながらルインを連れ立って歩いてると、その途中に奇妙な部屋が目に入り、思わず立ち止まってしまった。


「ん?」


「いかがなさいましたか? 姫様?」


「あの部屋って何?」


「あちらは宝物庫でございます」


 宝物庫とな?


 頑丈そうな扉ではあるけど、警備の人も一人しか居ないし、お城のエントランス付近にあるしで、宝物庫にしては無警戒に過ぎると思うのだけど……


 そんな事より、私が一番気になった点は、私の特殊な視覚に、その扉より奥が見えない事だった。


 私は普段、空間や物に宿る魔力を感じて疑似的に視覚の代わりとしている。

 その視覚のおかげで、透視みたいな事も容易なのだ。


 とは言え、見えない所もある。

 人の服の下や、トイレやお風呂、機密性の高い場所などがそうだ。


 人が見られたくないと思っている場所は、意識的にしろ、無意識的にしろ、見られたくないという意思の魔力が宿り、見えなくしているからだ。


 だけど、その宝物庫とやらは、魔力による阻害された物とも違う、何も無い闇の空間の様に私の目には映っていた。


「中には何があるの?」


「こちらの宝物庫は、主に歴代の王族が使用した武具や魔道具が収められています」


 武具や防具ねぇ……

 たしかに、高価そうな物には思うけど、ちょっと、こんな闇の様な見え方は、他では見た事が無い。


 どうなってるんだろ?


「ご覧になられて行きますか?」


「え? 見て良いの? 鍵とかは?」


「宝物庫などの扉は、王家の方自身が鍵となっておりますので、姫様でも開錠が可能です」


 へー

 生態認証みたいな物か。


「そちらの魔石に触れてみてください」


 と、ルインに促されるまま、扉の赤い宝玉に手で触れてみると、少し発光した後に扉が勝手に開き始めた。


 扉が開いたのは良いけど、中は真っ暗なままね……


 どういう状況なのかさっぱりなので、薄目を開けて肉眼でも確認してみる。

 目で見てみると、少し薄暗いけど、こちら側から差し込んだ光で多少は中の様子が見えた。


 でも、目を閉じて魔力感知側の視覚で見ようとしても、真っ暗なままだ。


 これって、もしかして……空間に漂う魔力、マナが消え去っている?


 ルインが『ライト』と照明魔法を唱えると、ようやく部屋の内部が見えるようになった。


「へー……宝物庫ってわりには、別に金銀財宝がある訳じゃないのね」


「そういった物は政務を行う方にありますので。こちらは、王家専用の予備の武器庫の様な物ですから」


「だから武具っぽい物が多いのね」


 たしかに剣や槍、鎧や盾といった物がほとんどだ。


 想像していた宝物庫のイメージとは大分違うか。

 もっと、キンキラな所を予想してたけど、中には静謐な空気が漂い、博物館よろしく、展示物の様に等間隔で武具類が陳列されていた。


「予備って事は、今でも使ったりするの?」


「はい。王と王妃も討伐対象の魔物に有効な物がある場合は使っておられますし。あちらの空き台に収められていたライトヘビーソードなどは、現在リカルド様が愛用され、常に携帯しておられます」


 ライトヘビー?

 軽いのか重いのか、どっちなんだ?


 名前はともかく、王族が使うだけあって、どれも普通の武器ではない雰囲気は漂っている。


 それに――


「これ、何で出来てるんだろう?」


 見た感じ、装飾が施された全身鎧なのだけれど、鎧の色が、薄っすらと波紋の様に緑や青に変化する変な光沢を放っている。


 見る角度で色が変化する塗料とかは見た事があるけど、鎧に付いた傷部分なども同じ様に見えるし、材質自体が特殊な物な気がする。


「そちらは第四代国王が使われていた飛翔の鎧です。材質は主にミスリルを使用しております」


「へぇ……これがミスリル。飛翔ってくらいだし飛べるだろうけど。じゃあ、こっちの白と黒の2本の短剣は?」


「そちらはピスケスの双剣。第六代国王の使っておられた双剣ですね。材質はヒヒイロカネとクロガネという物で作られております。ヒヒイロカネ、白い方の短剣で受けた魔法攻撃を吸収し、クロガネの黒い方の短剣で撃ち返す事ができます」


「見た感じ、ヒヒイロカネは真っ白だし、クロガネの方は真っ黒に見えるけど、これも金属なの?」


「そうですね……両方とも特殊な材質ですが金属ではあるかと……申し訳ございません。正確な事は私にはわかりません」


「そう――ん?」


 なんだあれ?


 部屋の最奥、そこには他とは違い、檻の様な保護ケースに守られた妙な物があった。


 展示台には吸魔の首飾りと書かれ、その周辺だけが不自然に薄暗く見え、逆に目を惹いた。


 見た感じ、男性用の大き目のペンダントで、武骨なデザインのトップの中央に、大きな赤い魔石らしき物がはめ込まれている。

 材質は金ぽいけど、その中にプリズム光めいた輝きが混じっていて、これも普通の金属ではなさそうだ。


「そちらは初代国王様が身に着けていたとされる首飾りです。効果と用途が不明なので、その様に保管してあります」


「不明……? 吸魔の首飾りって書かれているんだし、さっきの双剣の白い方みたいな、魔力とか魔法を吸い取るのが効果なんじゃ?」


「先ほどの双剣は、吸収と放出がセットで成り立っている物です。どんな魔道具でも限界以上の魔力を貯め込む事はできません。ですが、こちらの首飾りは、止まる事なく魔力を吸収し続けているのに、吸収した魔力が何に使われているのかが判然としていないのです。ですので、仮称として吸魔の首飾りと」


「ふーん……」


 とりあえず、照明魔法による魔力の光に照らされていても周囲が薄暗く見えるのは、この首飾りが原因みたいね。


 用途は、装着者の魔力を吸い続けて魔法を使えない様にする拘束具的な?


 いや、それだと初代国王が身に着けてた物としては変か……


 効果が謎の魔道具ねぇ……


「ねえ? これって持ち出しちゃダメ?」


「こちらの首飾りだけは、持ち出しは難しいかと。他の物であれば、王の許可は要りますが、姫様が持ち出す分には問題ございませんが……」


 さすがにこの首飾りはダメか。

 他の宝物は剥き出しで飾ってあるのに、これだけ厳重な檻みたいな物に閉まってある辺り、そんな気はしてた。


 まあ、でも、他のなら良いのか。


 それなら、気になってたのを部屋に持ち帰って調べてみたい。


「じゃあ、あの白黒の双剣と、あの薄緑の光沢がある全身鎧を、私の部屋まで持って行きたいんだけど」


「ピスケスの双剣と、飛翔の鎧をですか? 何故です?」


「あの剣と鎧に使われてる金属を調べたいの」


「金属を……? なるほど、姫様の魔法の調査と研究もしなければとは思っていましたが……」


 双剣の方は魔道具としての機能も気になるし、鎧の方は見事なフルプレートアーマーなので、今後のゴーレム作成のヒントとして構造も調べておきたい。


「……もし、アダマンタイトやヒヒイロカネまでも生成できるなら――わかりました。王には私から事後承諾を取っておきますので、さっそく姫様の部屋に運び入れましょう。少々お待ちください、今、人手を呼びますので」


 どうやら、ルインも納得してくれた様だ。


 彼女はそう言うと、入り口の外に居る警備の人の所へと向かって行った。


 さてと、待ってる間、何してようか。


 他にも色々と物色しておきたいとこだけど、なんか、妙に、この吸魔の首飾りが気になる。


 意識が引かれるというか……いえ、これは私の魔力が引っ張られているのかしら?


 できれば、ちょっと触って調べてみたい。


 頑丈そうな檻のケースに入ってるけど、隙間も大きいし、私の小さなお手々なら……


 いや、その前に、私の魔法で檻を変形させれば簡単に取れちゃうんじゃ?


 …………えいっ!


 自分で生み出した金属以外を変形させたのは初めてだったけど、やってみたら、案外、簡単だったわね!


「どれどれ……」


 取り出して触って見た感じ、触った所からグングンと魔力が吸い取られる。


 でも、吸われない様に抵抗すれば、それも止められるみたいだ。


 うーん……

 吸われた魔力が、何に使われているのかねぇ……


「とりあえず、持ち帰って調べてみるか」


 と、私は、たいして考えもせず、異次元収納に吸魔の首飾りを放り込んだ。


 おっと、バレたら怒られるかもだし、似た物を作って……

 中に入れて、檻も元に戻して……


「……よし!」


 これで完璧ね!


「お待たせいたしました、姫様」


「ほわッ!?」


 戻ってきたルインに、いきなり声を掛けられてビックリした。


「いかがなさいましたか?」


「う、うんん、なんでもない。それじゃ、帰ろっか」


「? では、剣と鎧の方を、お部屋の方にお運びいたします」

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