第11話 教育方針

 ブートキャンプの様な日々が始まり、早、二カ月。


 今日も今日とて訓練の日だ。


 なんとなく思い描いていた優雅そうなお姫様生活とは真逆の、泥臭い泥人形との徒手空拳でやりあう日々。


「ねえ……ルイン? マナーとか文字を読む勉強とか、そういうのはしないの?」


「? 姫様には、まだ必要ないと思いますが、勉学にご興味がお有りなのですか?」


 いや、まあ、正直興味は無いけど。


 とは言え、ここ2か月ほどで身につけた物と言えば、魔物の対処法や急所の知識、効率的な体の動かし方や魔法の運用方法などなど……


 唯一、教わって良かったと思えるのはゴーレム関連の魔法くらいの物で、その他の一切合切が、私の苦手とする物ばかりなのだ。


 これならまだ、座学の方がましである。


「それよりも姫様は、もう少し体力方面での訓練を増やした方が良いかもしれませんね……」


「魔法で攻撃するなら必要なくない?」


「その様な事はございません。魔法において重要な物は、魂と精神と肉体の三つです。その中でも、肉体は鍛え方が明確で分かりやすく、我が国の教育方針の中でも最も重要視しております」


 私の考えていた魔法使いのイメージと、この国の魔法使いのイメージが、かけ離れ過ぎている気がする……


 実際、そう語るルインも、毎日欠かさずに訓練を行っているらしく。

 体も無駄のない引き締まった体をしている。


 魂と精神うんぬんは分からないでもないけど、何故に肉体も魔法に関わってくるのだろうか?


「魂と精神と肉体って、魔法と、どう関係するの?」


「魂は属性と生み出される魔力の量。精神は魔法の精度と規模。肉体は、その二つを繋いで支えている柱であり、守る壁でもあり、力を通す道です」


 なるほど。


 電子機器で例えるなら、魂が電源やバッテリー、精神が演算装置。

 肉体が、それらを収める筐体でI/O(インプットとアウトプット)機能も兼ねるって感じなのね。


 私の感覚では、転生前と魂と精神みたいな物は変わって無いと感じてるけど。

 それだと、死ぬ前の世界でも魔法が使えてないとおかしいのよね……

 という事は、この世界の人類や生き物の肉体が特別という事になるのかな?


「理屈は分かったけど、体を鍛えて、どのくらい恩恵が有るものなの?」


「そうですね……それは、実際に見ていただいた方が早いかもしれませんね。では、本日の午後は騎士団の所へ行きましょう」


「え……? その人達と一緒に訓練したりとかはしないよね?」


「いえ。それはまだ姫様には早いので、見学だけにいたしましょう」


 よかった。


 一瞬、脱走を考えたわ。



 お昼ご飯を食べ終えた後、小一時間程お昼寝をした。


 そして、連れてこられたのは、巨大な野外スポーツスタジアムの様な訓練場を一望できる貴賓席だった。


「先ず、あちらが騎士団に所属して、比較的新しい者達です」


 指さされた方を見ると、4~50人の集団が様々な訓練をしているのが見て取れる。


 見たところ、少しきつめの肉体改造訓練といった感じだ。

 丈夫そうな衣類と皮鎧に身を包み、重そうな荷物を背負って、アスレチックの様な障害物のあるコースを追い立てられる様に走っている。


「そして、あちら側が、数週間後には任務に就く予定の者達です」


 新人さん達から少し離れた所を指さされ、そっちを見てみると、そこは別次元な訓練内容だった。


 先ず、装備が全然違う。


 ほとんどの者がゴツイ全身鎧を身に纏い、身の丈を超える武器を片手で軽々と振り回し、ゲームやアニメの中でしか見た事ない様な、人外じみた動きで模擬戦をしていた。


「何……? あれ?」


「あれが体を鍛えた結果、魔法の効果も高まった者達の実例です」


 魔法……?


 魔法ってなんだろうね?


 私にはバトル物の登場人物達にしか見えないんだけど?


「魔法の効果って、魔法なの? あれが?」


「はい。姫様の視覚であれば、見ようと思えば視認できるはずです」


 ルインの指示に従い、視覚のピントを魔力を詳しく見える様に合わせると、たしかに全員が強い魔力を身に纏っているのが見えた。


「あれは……身体強化系の魔法を使ってる?」


「はい。体を鍛えれば、あの様に身体強化の効果も上がるのです」


 効果が上がるって、上がりすぎじゃない?

 私がいくら鍛えても、あそこまでの動きが出来るイメージがわかないんだけど……


「まぁ、体を鍛えると、ああなるってのは分かったわ。でも放出系の魔法とかにも意味があるの?」


「ございます。後程、こことは別の射撃訓練場を見ていただければ、ご納得がいただけるかと。それともう一つ、姫様には体を鍛えねばならない別の理由もございます」


「もう一つの理由?」


「はい。姫様が生まれたての頃は魔力に対する体の強度が弱く、度々体調を崩されておりました。最近は頻度が減りましたが、それでも油断はできません」


 乳児期のあれか。

 今でも、こっそりと趣味に魔法を使いすぎると、熱が出てダウンしてしまう事がある。


 魔力の制御はしっかりとしてるのに何故だろう?とは思ってたけど……


「……あれは、体の弱さが原因だったのね」


「今後、姫様が強大な魔法を習得するにしても、行使なさるとしても、今のままでは不安が残ります。ですので、先ずは体を最優先で鍛えるといたしましょう」

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