第3話 生まれました
最初に感じたのは、何かの飲み物の味だった。
ミルクではない、どちらかというと柑橘系に近い、今までに飲んだ事の無いおいしさを感じた。
その飲み物を1滴でも口に入れられると、体に染み渡る様に広がり、それと同時に意識がはっきりしてきた。
「あうあー」
意識は明瞭になりはしたけど、目はぼやけ、体に力は入らないし、声もうまく発せない。
転生と聞いていたし、生まれたばかりの赤ん坊の体ではこんなものか……
「―――ッ!? ―――!! ――――――」
私の声に反応した人影が何かを言っているが、何を言っているのかまでは分からない。
それに、なんだか、風邪にでも、かかったみたいな、体が焼けるように熱く、息苦しくて、意識が……―――
意識が朦朧としてくると、また、あのさわやかで美味しい飲み物を飲まされた。
気絶しそうになる、飲まされる、気絶しそうになるを繰り返し、私の転生初日は終わった。
●
何故、少しの間しか起きていられないのか?
この問題は、あのミルクとも違う謎の飲み物を飲んでいる内に分かるようになった。
あの飲み物を数滴でも飲むと、意識がハッキリとして、体に感じる病気の時の様なダルさや鈍い痛みが消えていく。
でも、私自身の体から湧き上がる熱の様な何かは消えず、そのまま熱病に苛まれるかの様に意識が遠のいてしまう。
覚醒と昏睡を繰り返す内に、この熱の様な何かは、本物の熱とは別物だと気が付いた。
転生先の世界は剣と魔法のファンタジー風の世界との事だったし、これが魔力的な何かだとしたら?
たとえ自身の持つ力だとしても、上手くコントロールをしなければ、生まれたての赤ん坊の体には害となるのではないか?
そんな考えが頭をよぎり、試しに体の中から生まれる熱に意識を集中してみる事にした。
「あうー!」
気合の声を出し、体の中の熱を制御しようと努力を試みる。
すると、僅かに反応があった。
ゆっくりと、確実に、その力を体に負担のかからない物へと変えていく。
気を落ち着けて、勝手に湧き上がってくる力を押しとどめ、循環させ、自身には無害な物へと変換する……
しばらくすると、体を苛む熱や重圧が引いていき、息苦しさも消えていった。
「おぁー」
一息ついて瞼を開けると、私の気合と喜びの声を聴いて、誰かが私の顔を覗き込んできた。
まだ輪郭程度しか分からないけど、どうやら女性っぽい。
もしかして、この人が、この世界での私のママンなのかね?
彼女は、私がお腹を空かせているのかと勘違いしたらしく、もう一口、あの飲み物を飲ませて来た。
お腹は空いてないけど、これは助かる。
おかげで、風邪の直りかけの時みたいな、体に残っていたダルさも消えた。
これで、ようやく落ち着いて現状の把握が出来る。
それにしても、この世界の赤ん坊の生まれ方ってどうなってるの?
これが普通なのだとしたら、本能的な事しか考えられない状態で、この魔力らしき物を制御して順応しなきゃいけないって事よね?
人として以前に、生き物としてムチャが過ぎると思うのだけど。
もしくは、逆に、本能的な事しか考えられない状態の方が良いのかしらね?
呼吸だって考えてしているわけでもないし、元から備わっている力なら、生まれた時から本能的に操れるのが普通なのかも。
あと、また女かぁ……
できれば男の子に生まれ変わりたかったな。
男の子に生まれていれば、前の人生みたいに色々と我慢する必要もなかったのに。
などと、他愛もない事を考えていたら、今度は普通の眠気が襲って来た。
今度は気持ち良く眠りに付けそう……―――
●
普通に起きていられる様になって数日が過ぎた。
とはいえ、現状、赤ん坊なので、やる事もないんだけど。
寝て飲んで、世話をしてくれる母親らしき人や、様子を見に来た人達に「ばぶー」と愛想を振りまくくらいのものだ。
寝ているだけで、衣食住に困らない。
こんな楽な事はない。
とりあえず魔力のコントロールは続けるにしても、もう少し意識せずに出来る様にはなっておきたい。
魔法で火や水を出したり出来るのかも気になるけど、赤ん坊の内から変な事をやって目立つのも避けたいし、当面は制御の精度向上を頑張り、これを無意識に出来る程度にはしておきたい。
……ただ、まあ、暇である。
気分的には、ただ黙々とエアロバイクを漕いでるだけみたいな状況だ。
気を紛らわせる娯楽が欲しい。
となれば、ついに『ロボ物見放題(レギュラープラン)』の出番である。
使い方は、なんとなく分かる。
スキルを付与された時に、使用法も強制的に記憶に刻み込まれたらしい。
目を閉じて『ロボ物見放題(レギュラープラン)』を呼び出すと、動画系のサブスク風メニューが開き、古今東西、ありとあらゆるロボ物作品の一覧が出て来た。
「あうぅ……」
圧巻の風景だわ……
思わず、ため息が出た。
向こうの世界で生活していた時も、いくつかのサブスク系の動画サービスを利用していたけど、ここまでの品ぞろえを誇る所は無かった気がする。
ネットに無い物は物理メディアを買わざるを得ず、その出費もなかなかに痛かったのよねぇ……
先ずは、年代順に並べ直して、見たかった作品をピックアップしていく。
こんなに空いた時間が取れたのは学生時代の長期休み以来なので、これを機に古めの名作から攻めていきたい。
昭和から平成初期の頃の作品は年単位で放送されていたのが常らしく、話数がとても多い。
見たいと思っても、とんでもない時間が要求されるのが悩みの種だったけど、今ならそんな心配もない。
『ロボ物見放題(レギュラープラン)』は、視聴環境も様々な形態が用意されている点がうれしい。
普通のテレビサイズから、視界の端に小さく映す方式や、重低音も楽しめる大型映画館の様な物まである。
その中でも、VR形式で視聴できる機能が凄い。
まるで、その作品の中に入り込んだみたいに、様々な角度から映像の中の世界が楽しめる。
さすがは神様製の映像技術だわ。
まるで夢の様な時間……
そして私は、睡魔が襲い来るまで、魔力制御をしながら、過去の名作を貪るように眺め続けた。
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