空色の国 ⑥
草原は山なりに、緩やかな斜面が続いていた。浅い草むらは寝転がるには丁度よく、天然のベッドを髣髴とさせる。
「いやあ、それにしても。酷い目に遭いましたね。まさか暴力の国だなんて思いもよりませんでしたよ」
寝転びながら、メイが疲れたようにそう言った。話し掛ける相手はもちろんトウ。陽の匂い漂う草むらに座り、スケッチブックと絵筆を携えている彼女は、適当に相槌を打った。
「本当、人の噂はなんとやらですね。信じる方も馬鹿ですけど」
「……あれは、仕方ない。まさか、美しい国と、暴力の国と。二つの顔があるって、思わない」
絵筆を小瓶に入れる。中身は青色よりもさらに鮮やかで、自然的な水色。まるで空そのものがそこにあるかのような、色合いの絵具が入っていた。
トウは手際よく、その下書きのあるカンバスへと絵筆をなぞらせる。
あっという間に、そこに空が生まれた。
「確かにそうですけどね……。私たちだって、その場にいてようやく気が付いたわけですし、噂通りっちゃ噂通りなんですけど」
納得がいかない、という風に語る。絵を描きながら、トウは少し先を見た。
そこには何も無い地平線が広がっている。草原の先には、遮蔽物が一切ない。その先にある空は、ぽっかりと穴が空いたように青空を見せていた。
あの国を中心に、雲の流れが滞留している。雲がその国を避けるように流れ、そのせいで周辺に雲が留まっていた。
今トウたちがいるこの場所には日が差すが、少しあの国に近付くだけで、太陽の恩恵は受けられなくなる。
その不可思議さが、あの国の人たちをああさせてしまったのかもしれない。
「……出来た」
「それじゃあ行きましょうか。もうあの国に近付くのも、イヤです」
「でも、綺麗、だった……」
「命と秤にかけるものでもないでしょう、あれ。トウが描いた絵さえあれば、十分に伝わりますよ」
メイがいたであろう場所の草が揺れた。立ち上がったのだろう。トウもそれに続いて、リュックを担ぎ直して、立ち上がる。
「空から青色の滴が降ってくるのは、凄いと思いますけどね」
「……ただの、土砂降り、だった」
「色とか分からないレベルでしたからね。本当に、あの国民さえいなければ良い場所だとは思うんですけど。盗賊紛いのことをしなければ、もっと観光地とかに出来たんじゃないですか? あれだけ綺麗なら人も呼べるでしょう。よく分かりませんけど」
「……多分、生活の基盤に、なってる」
「盗むことが、ですか?」
「盗むことが……」
「それは、なんて回りくどい……」
神様を信じるってのも大変ですね、と。苦笑して、歩き始める。
空を見上げれば、雲がある。当たり前の光景を、トウはただ見つめる。
「何をしてるんですか? 置いていきますよ?」
「……うん」
先を進んでいたメイへと駆け寄る。
メイが不思議そうな声で、尋ねた。
「どうしたんですか? またさっきまでいた国のことを思い出してたんじゃないですか?」
「……そう」
「私はもう思い出したくも無いですけどね。次に行く国は、まともであることを、祈るばかりですよ」
「……ねえ、メイ」
なんですか、と。メイが歩きながら訊き返す。
「……メイは、神を、信じる?」
「……ええと、そうですね」
足を踏み出す度、草が掠れ、音を立てる。風が吹き、響く音色は、草原をさらに彩らせて。
次なる旅路を、期待させるようだった。
「きっと多分、また神様に頼る時が来るでしょうからね。ただ、しばらくは勘弁してほしいところです。トウは、どうなんですか?」
その質問に、トウは口を開く。いつも通りの無感情で、呟かれたその言葉を聞いて。
らしいですね、と。メイは笑った。
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