シュプレヒコール

YOSHITAKA SHUUKI(ぱーか

シュプレヒコール intro 2100文字



 がやがや、がやがや。


 僕が教室に入っても、クラスメイトの私語は止まない。当然といえば、当然だ。

 自分は先生じゃない。主導権を握っているわけでもない。

 どちらかといえば主導権を握られる側の立場だ。先生という飼い主が、生徒というペットに社会を押しつける。


 しまった。もはや、これは遠回しではない。


「コータロッ!おはよお。今日もおはやいなぁ」

 

 呼ばれて後ろを振り返える。そこには幼馴染のミナスケがいた。

 

「おはようミナスケ、今日の10連ガチャ回した?テキード・フロレアが10分の1で当たるってうわさの」

「たりめぇだろ。課金したわ」

 

 ミナスケ。男友達。剣道が大得意の、彫りが深い端性な顔立ち。対して自分は特に特徴のない、クラスに二三人いる童顔の持ち主で、影が薄い。

 

「で、けっきょく当たったの?」

「外れたわボケ。だかぁ、また課金するつもり。なにがなんでもあてないと、 モンスターコンプが不可能になっちまう。コータロウは?」

「今日やる予定」

「いいね」

 

 キーンコーンカーンコーン。それは私語を慎むアイズ。アイスのような冷たさが、僕の喉に突き刺さる。

 ミナスケは席に着席。僕は一人が恋しくなる。天井に顔を向けた。深呼吸。深い、深い、息を吸わないと、喉が詰まりそうになる。


 ガタンガラガラー。

「先生っ!」

 

 先生がしゃべる前に、僕は立ちあがり、声をふるわせた。

 

「せんせー……」

「まずはおちつけ。HRの後、発表する」

 

 いてもたたずにいられない。先生の点呼が、カウントダウンのように感じられ、じっとしていられなくなる。そしてそれはふいに訪れた。

 

「さて、みんなも知っている通り、天水コータロー。彼は風刺画コンテストに絵画を応募しました。天水、この画、 みんなにみせていいか?」

「はい」

 

 先生はスマホをとりだし、僕が描いた画を、僕のクラスに見せた。「おー」という関心の響きが辺りから聞こえる。

 それはスマホのコネクタから植物のツタが生え、人体のヒフとつながっている風刺画。現代のスマホ依存症を遠回しに皮肉した画。

 そもそも風刺とは、社会や人物の欠点や罪悪を遠回しに批判すること。一般の作品とは、感性や方向性が異なり、見て心が穏やかになるようなものではなく、心にシコリが生み出される。

 風刺は絵画のみならず、文学、音楽、漫才などにも用いられる。

「天水、がんばったな。特別賞だって。去年は散々だったが、ようやくお前のアイディアが評価された証拠だ」

「はは、はは、ありがとうございます」

 

 愛想笑いを浮かべ、先生の前まで距離を埋める。笑顔の奥にある本当の感情は『特別賞なんて嫌だ』であった。コンクールに応募したのなら、最優秀賞を狙いたいものだ。人間として当然の心理。

 だけど僕は先生の手前、感情をさらけ出すことは恥だと感じていた。もう中学三年生だ。言いたいことを言う年ではない。子供から大人に脱皮しなくてはならない時期なのだ。

 

「おめでとう、天水」

 

 特別賞にはトロフィーも賞金もない。あるのは誉め言葉と賞状だけ。檻から出ようとする子供を閉じ込めて、顔面に大人を張り付けて僕は噓を述べた。

 

「はは、ありがとうございます。先生」

 

 薄っぺらな紙を受け取り、壇上を降りた。顔を完全に上げることはなく、不完全な笑顔で席に着いた。

 SNSでこの後、風刺画コンテスト最優秀賞の絵画が発表される。僕の画を踏み越えた画はどんなものなのか、僕は一刻も早くそれが見たくなった。

 閲覧したい、見たい、みちゃいたい。

 どこか子供じみていく僕の心は、一体どんな得体の知れない形をしているのだろうか。


 ウーンウーンウーンウーン。

 若返る僕の心をかき乱す、無機質なサイレンが突如学校全体に鳴り響いた。

 僕はこの不協和音が鳴り響くたびに、心臓の鼓動が早くなる。

 

「みなさん。いつものように手を頭の後ろに組んで、地面に伏してください」

 

 この言葉は最早先生の言葉ではなく、この国の言葉だ。日の丸に引きずられるように、僕も手を頭の後ろに組んで、地面に伏せる。決して顔を上げてはならない。様子を窺ってはならない。抵抗してはならない。

 

 そもそもこの音は、この学校のみならず、日本全体に鳴り響いている。社会人や飲食店、その他大勢の企業もサイレンが聞こえると業務を一時中断し、手を頭の後ろに組んで、地面に伏せる。

 先生だって、運転手だって、総理大臣だって、天皇陛下だって……同じ。

 同様に、手を頭の後ろに組んで、地面に伏せる。

 一分立った。ブーブー。自分のスマホが振動する。

 聞こえる音は何もない。よかった。僕たちは狙われなかった。今日を生き抜いた。

 

「皆さん、もう顔上げて大丈夫ですよ」

 

 眩しい日の光が瞼の隙間から差し込んだ。先生がそこにいて、肉付きのいい二十顎をたぷたぷさせている。僕の心臓はまだドクドクしている。

 あのサイレンが鳴り響くと、日本国民はプライドをかなぐり捨て地面に捨てる。くっついて離れない液晶画面も、その時ばっかりは手放さなければならない。

 

「先生は知っています。あのサイレンが鳴った時、スマホの通知音が鳴り響いたのを。さあ誰ですか、いま名乗り出てくれば、没収はしません」

 

 僕以外にもルール違反はいる。名乗り出たのは、HR前に話していたミナスケだった。

 

 

 

 

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