国木田独歩
あの唐変木め。最期まで迷惑を振り撒く。
あの日、俺の携帯に電子手紙が入った。履歴を見るか? これだ、見てみろ。全く巫山戯た内容だろう? そして奴らの部屋を覗けば、後は解るな?
そうだ、俺が発見した。遺書も巫山戯た物だった。二人で寝かせろと。無論効力のある、完璧な遺書だった。呆然とする他なかった。俺はその遺言状に従った。書状に添えてあった番号に連絡した。それからその人物へ現状を伝えた。相手は、特務課の参事官補佐だった。
俺はあの二人を救えた可能性は無いのか? そう考えながら、その人の到着を待った。彼は、状況を把握するなり、また他所へ連絡をした。暫くして到着したのは、マフィアの幹部と、その首領だった。
「検死は私がする。まあ、遺体をこれ以上傷付けるなという遺言があるが……二人が心中した事は明白だ。紅葉くん、それで善いね?」
遊女の姿をした幹部は、止まることを知らぬ涙を拭いながら頷いた。補佐が「彼女は卯羅さんの母親なんです」と、俺に呟いた。
「坂口くん。この件は、彼らと共に葬る。二人の存在を抹消してくれ」
俺は思わず、待て、と声を掛けた。こいつらが何れだけ唐変木だろうと、そこまではやり過ぎだろう。この二人に救われた依頼人がどれだけ居るか。この二人が何れだけこの街を護ったか。
だがそれは叶わなかった。
与謝野医師とマフィア首領とが、死化粧を施した。再び着飾り、一定の無機質な血色を取り戻した夫婦を前に、皆が涙した。尾崎の母親は頻りにその頬を撫で、呼び掛けていた。
「紅葉くん、卯羅ちゃんは漸くこの世界から消えられるんだ」
まるで太宰ではなく、尾崎が死にたがっていたかのような言葉だった。そして彼女はその言葉に更に涙した。
俺も棺を覗いた。幸せそうに互いを抱きしめ、眠る男女が其処に居た。男は女を慈しみ、女は男の胸に凡てを預けていた。
「大馬鹿野郎……」
俺はそう云ってやる事しか出来なかった。
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