第31話 藤本要のバカンス計画⑥

「おめでとう、でいいのかな?」


 洋一が、ロイドと紀伊の婚約を心から歓迎して拍手した。


「まだ、です。すぐに答えは出せません。妾の一存えで出せる答えではありませんし、一度本国に持ち帰る必要もあります」


「それはもちろん! いやー、その時が楽しみだなぁ」


 ロイドはもう確定したみたいに惚気る。


「おめでとう、紀伊様」


 マールも倣って拍手をした。


「マールさん、貴方までそちら側に回りますか!」


 ロイドの忠臣であるノコノサートとオメガは最初から敵。

 その中でまだヨーダかマールは味方、もとい中立だ。

 しかし、先ほどティルネに対して色目を使ったのが裏目に出たのか、今や乗り気でロイドとの仲を押しにきている。

 

 味方がいない! 紀伊は苦渋な面持ちで呻いた。

 まさかこんな出かけ先で婚約者が決まろうだなんて思うわけもなく、なんの身構えもしてこなかったのだ。


「まだ決まってはいないとはいえ、おめでたいことには違いありません。そこでどうでしょう、ジーパの素材を使った料理をここ、アンドール風に仕上げた料理なんていうのは」


「ジーパの食材をアンドール風に? 面白いね。どんなのだろう、ねぇ、紀伊様?」


「あなた、急に距離感バグりすぎですわよ!」


 ロイドはすっかり恋人の距離感で詰めてくる。

 それを避ける度に追い詰めてくるロイドに仕方なく隣に座る許可を出す。あまりの変貌ぶりに、今までこんな推しの強い男だと思わなかったと嘆く紀伊である。


「どんな食材が使われるか気になりますね」


「皆様は塗り壁という怪生をご存知ですか? ジーパの方では妖怪、魔獣のことを怪生と呼んで恐れているようなのです」


 バンッ


「塗り壁ですって!」


 これには紀伊も激怒する。

 しかし取り乱したのは紀伊だけだ。

 それ以外はそれがどんなものであるか理解ができていない顔である。


 無理もない、ミンドレイ国外に出るのも初めての箱入り少年少女達。

 自国内のモンスターすら理解が及んでないのに、国外のまで把握しているはずがない。


「ええ、美味しいんですよ。味は俺が保証します」


「本当に、本当なのでしょうね? 下手なものを食べさせたらただでは置きませんよ?」


 売り言葉に買い言葉。

 紀伊はどうにもこの洋一という男が信用ならない。

 何せ急に舞い込んだ婚約話の原因を作ったのがこの男であるからだ。


「大丈夫ですよ、玉藻様からのお墨付きです。皆がダンジョンに潜って塗り壁を討伐に行くほどの味、旨み。そしてその食感を気に入ってくださりました」


「あの時は驚きましたよね。宴会中でもお構いなく出かけられて」


 洋一の言葉にティルネが続く。


「それほどでしたのね」


 洋一はいまいち信用できないが、ティルネの言葉ならまだ信じられる。

 ジーパの心を持つ職人だからだ。


「それは一体どんなものなんだろう、紀伊様、よければ教えてもらえる?」


「仕方ありませんね」


 食い下がるロイドに、紀伊は埒が開かないと説明を始めた。

 洋一は手元でそれらを捌いては調理していく。


「見学させていただいてもよろしいですか?」


「油が飛び跳ねますのでご注意くださいね」


「心得てますわ。これで油は飛んできません」


 洋一の注意を、ヨーダは魔法を即座に展開することで対処した。


「器用ですね、それならば大宇丈夫そうです。見学される方は彼女の周りにどうぞ。油を使いますので、近づきすぎるとやけどしかねませんのでご注意を」


 再三の注意をした後、作業に戻る。

 手元にはソーセージ。

 それにこともを絡めて、油の中に投入した。

 揚げ物用鍋にはソーセージの天ぷらがいくつも浮かび上がる。


 フライ用の網で、しっかり火が入っているのを見越して油から掬い上げる。粗熱を覚ましてる間にソースを作り始める。


 フライパンにはたっぷりの油。

 そこにしっかり熟成乾燥させた唐辛子やニンニクを刻んだものを投下して一煮立ち。

 それをベースにトマト、生姜、酢、塩で味付けしたソースを合わせて。

 刻んだネギなどを投入後、水で溶いた芋の粉を回し入れる。


 見るからに真っ赤で辛そうだ。

 そのどろりとしたソースに、先ほど揚げた天ぷらを投入し、よく絡ませてから皿の上に盛り付けする。


「どうぞ、塗り壁の天ぷらのチリソース和えです。パンもいいですが、これにはご飯を合わせたいですね。ヨルダ、ご飯は炊けたかい?」


「バッチリ」


 ヨルダがかまどの蓋をあげると、モワモワとした湯気の奥底からツヤツヤした米粒が顔を覗かせる。

 洋一は木べらで切るように混ぜながら、手に塩をつけておにぎりに仕上げる。中に穴をあけ、その中にんむり壁の天ぷらをイン。


 紀伊にはおにぎりを、他のみんなにはさらに盛り付けたまま提供する。


「お箸はいただけませんの?」


「ああ、ゴールデンロードの常連さんはお箸の方が扱いやすいかな?」


 言われて気が付き、箸を配膳。

 ヨーダはご飯の上に天ぷらのチリソース和えを乗せて頬張った。

 まるでその食べ方を知ってるような……?


 あっ!

 洋一はようやく目の前の少女の正体を理解する。

 いや、どこかでもうわかっていたことだ。

 即座に使った魔法構築。

 油避け以外にも、換気扇のような煙の誘導なんかもやっていたからだ。


 手際がいいなだなんて感心してしまったが、相手がよっちゃんならできて当たり前だ。


「お口に合いましたでしょうか?」


「最初の一口はピリリと刺激が強くて戸惑ってしまいましたが、しかしなかなかどうしてこちらのお米が辛みを緩和してくれます。そして食材の食感! プリプリですのね!」


 正体を見破った後も演技は続く。

 どこでバラそうか見誤ってるのか、それともバラすのも忘れて料理に夢中になっているのか。

 どちらかわからぬが、ヨーダはすっかりエビチリもどきに夢中になっている。

 

「お姉様、わたくしにも食べ方を教えてくださいまし!」


 妹がすがってきて、ヨルダの食事を中断させる。

 今いいところなのに、と少し不機嫌そうにした後。

 仕方ないかと箸の使い方のレクチャーをする。


 さっきの菓子切りと似たような要領だ。

 空間を固定し、滑らないようにする。魔法でそれをカバーすれば、刺すのも掴むのも容易ですわ、と教えていた。


 そんな適当な教え方でも、ヒルダはモノにしている。

 ロイドやマール、オメガやノコノサートもすっかり箸に慣れ親しんでいたので、こちらもご飯と一緒に食べ勧めていた。


「これは、すごいね! 塗り壁の正体がゴーレムだと聞いた時は驚いたが、調理一つでこんなに化けるとは!」


「本当に、信じられません。確かにこの辛さはジーパとは一線を画す一品でしょう。しかし妙にジーパ人好みの味わいに昇華されている。これは、先ほどの失礼を詫びねばなりませんね」


「いいですよ。食べなれないものを出されたら、誰だって戸惑います。それに食材が食材ですからね」


 洋一は流石に塗り壁は挑戦しすぎたか、と反省した。

 代わりに出したのは傘おばけだ。


「今度はこいつで手捏ねハンバーグでも」


「きゃーーーー!」


 食材を生のままで出しただけで、紀伊は驚き、ロイドに抱きついてしまう。すぐに自分がどのような格好をしているのかを察してロイドから離れるが、ロイドは満更でもない顔をしていた。


 その顔は、いいぞ、もっとやれと描かれていた。


「もう、びっくりさせないでくださいまし。ロイド様もですわ、いきなり抱きついてしまって申し訳ありません」


「この胸はいつでもあなたのために開けておいてますよ。いつ飛び込んできても大丈夫なように」


 この子、よくそんな歯の浮くようなセリフを言えるな。

 洋一は感心しながら調理を続けた。


 見た目が強面な傘おばけが素材とは思えぬほどに、ハンバーグとなった後は繊細な味わいが口の中に広がっていく。


「うわぁ、これは」


「ええ、想像を絶する旨みの洪水ですわ!」


 一度抱きついて恥ずかしさの上限が突破してしまったからか。

 はたまた一々恥ずかしがるのも鬱陶しくなったか、吹っ切れたようにロイドの後に感想を述べる紀伊。


 顔が熱いのか、手で顔を仰ぐ紀伊。

 ロイドは魔法を展開させて微風を真上から浴びせてみせた。


「あ、ありがとうございます」


「いいってことさ。いつでも私に頼ってくれ」


「そ、そうですわね。手が足りない時は頼るようにいたします」


 おっと、好反応だ。

 紀伊からいい反応がもらえて上機嫌なロイド。

 洋一にグッジョブとジェスチャーを送る。

 とてもいい笑顔である。


 食事はそれから何度も驚きの連続で、しかし腹が満たされれば、自ずとお開きのタイミングを見計らう。


「今日は大変お世話になりました」


「いえいえ、こちらこそ。粗末な料理でしたがお口にあったようなら何よりです」


「国に良い手土産ができました。では今日のところはこの辺で」


 すっかり今日の出来事に満足して帰り支度を始めるノコノサートやオメガ達。

 まだ今日は旅行一日目であることを忘れてるかのような彼らに、ヨーダは待ったをかけるのだった。


「なぜ、もう帰り支度を始めてるのでしょう? 楽しいバカンスはまだこれからでしてよ?」


「あ、そうですよ。そういえばまだ、アンドール国に向かってないです」


 マールが胸の前で手を合わせて賛同した。


「私としたことがうっかりとしてました。お姉様にとっては、これくらいのイベント、物の数ではございませんのね」


 マールに続いて、ヒルダが賞賛した。


「当たり前でしょう、まだここは街の最南端。目的地どころかスタート地点ですわ」


「そのスタートでこれだけの満足感。私はもう国に帰りたい気分ですな」


 国に帰りたい組は、もうこれ以上ないくらいの手土産を得た連中である。対してバカンス絶対遂行組は、この国でまだ何も成し遂げてない。


 主にマール、ヨーダ、ヒルダの三人娘である。


「予定的にはどれくらいを想定してるんですか?」


「三泊四日を計画しています。今日はまだその一日目ですわ」


「ふぅむ。だったら居残り隊組はうちで一時的に預かりますので、やんごとなきお方達は一度帰国してはいかがです?」


「そんなこと、できるわけが」


 声を荒げたのは護衛のオメガである。


「待て、オメガ。このかたの言ってることはもっともだ」


「父上、なぜ止めるのですか?」


「お前こそ、洋一殿の力量がまだわからないのか? 多分この方は彼女ヨーダよりも……」


「まさか」


 ノコノサートの憶測に、オメガは信じられないと慄いた。

 洋一が料理一辺倒で、全く戦えないと思っていたからだ。


「なんのお話かは分かりかねますが、腕に自信はありますよ。こう見えて、Sランクをいただいてます」


 冒険者のではない、商人のだ。

 それでも掲げて見せればノコノサートは引き下がる。

 どんな職業形態にせよ、Sに至れるものは規格外。

 賞賛に値する存在なのだ。


「やはりそれくらいの実力者でしたか、見誤りました。オメガ、これ以上世話を焼かせるな。彼女達が心配なのもわかる。でもまずは」


「ええ、ロイド様と紀伊様のみの安全を優先、ですよね?」


「その通りだ」


「ご理解いただきありがとうございます。彼女達は責任を持って俺たちがお返ししますので。何日までに国境まで届ければよろしいですか?」


「それならば……」


 ノコノサートが懐から取り出したメモにペンを走らせ、ページを破って洋一に渡した。


「その期日に、再び引き受けにくる」


「分かりました。ではその日に」


 洋一は即座にそのメモをティルネに手渡す。

 文字が読めないので、常にティルネが翻訳をする。


「それまでに、彼女達のバカンス欲求を少しでも薄められるよう、努力しますよ」


「ははは、たまの休日です。十分に羽を伸ばさせてやってください。本来なら、監督役として私が見届けねばならないのですが」


 今は優先すべき案件ができてしまった。

 だから急ぎミンドレイに戻り報告する必要がある。

 また近いうちに紀伊ルートで食事を催促するかもしれないが、その時は頼むとノコノサートから依頼の先払いを引き受ける。


「お気をつけて」


「またすぐ迎えに来る」


 全く違う心配をしながら、ロイドと紀伊を連れてノコノサートとオメガは元きた道を戻っていった。


「さて、それぞれには積もる話もあるだろう。まずは静かな場所に移動しようか」


 ティルネとマールの叔父、姪の関係。

 ヨルダとヒルダの姉妹関係。

 洋一とヨーダの相棒関係。


 バカンス居残り組と、アンドール現地組には奇妙な関係性があった。

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