第20話 藤本要の場外戦術④
「お待たせしました、こちら、サービスのドリンクです。料理とご一緒にお飲みください」
「ありがとう」
テーブルの上に並べられた一品料理。
皿には独特の模様。
どう見てもラーメンどんぶりに描かれてるあのマークだ。
素人が描いたのがバレるほどのお粗末な出来だが、王国貴族はそれを持ち上げては珍しがっていた。
「これは、見たことのない紋様ですわね。ジーパの符術の紋様にも見えなくもないですが」
「さまざまな大陸の料理に精通しているのでしょうな。早速いただきましょうか」
オメガが匂いを嗅いで我慢できないという顔。
並ばなくてもいい列に並び、平民と同じ空間でのテーブル。
貴族でありながらなぜ自分がこんな目に遭わなければならないのだという顔をしている。
対して王族のロイドや紀伊は初めての体験とばかりに食事をとった。
「お、きたきた」
少し遅れて餃子がやってくる。間にはメッセージが差し込まれていて、メニューと同様にサンドワームがのたくった文字で描かれていた。
それを見て微笑むヨーダ。
オメガは自分の知らない一面を見せるヨーダに「こんな顔もできるのだな」とほんのり嫉妬する。
「そちらはなんというお料理ですの?」
「これはな、ギョーザと言う。食べるには作法があるんだ。ナイフやフォークでは不向きでな。この箸でいただくんだ」
皆が皆、ナイフやフォークのカトラリーを持っているが、その中で見慣れぬ棒切れを二つ持ってヨーダは扱い方を説明した。
「そんな棒切れ、使ったことないぞ?」
「これはとある民族が扱うカトラリーでな。こうやってつまんで口元に持っていく。ギョーザと言うのは特に破れやすく、中にたっぷり含まれた肉汁を楽しむものである。ナイフやフォークで刺すなんて御法度だ。だからこうやってつまんで口に運ぶ。そのためのサイズだ」
「わざわざそのように食べるためのサイズだと言うのか?」
「そこまで計算され尽くした料理だな。まぁ、無理して食う必要はない。これはオレが一人で楽しむから」
そう言って、王族の目の前だと言うのに自分の前にだけ持っていって独占するヨーダ。
並べられた小皿に、用意されたポン酢、胡椒を適用外量ぶちまけて頂く。
一見して体に悪そうな組み合わせ。
しかし器用に箸で摘んでは口に入れて咀嚼するヨーダを見て、オメガら三人も真似を始めた。
「難しいぞ?」
「そのために魔法を使うのもやぶさかではありませんわね。日々修行ですわ」
「オメガは不器用だな。日々身体活性魔法を扱う僕には簡単だ。ほら、つまめた」
「ぐぬぬぬぬ」
ヒョイパク、ヒョイパクとヨーダの皿から餃子が奪われていく。
「あーオレのギョーザがー」
「あらこれは、随分と刺激的な味ですわね。このピリリとした薬味はなんでしょう? 妾の国では扱ってないものよ?」
「ああ、確かに。この肉汁はフォークでこぼすには勿体無い。このつるんと柔らかな皮も中の具と相まって一つのハーモニーを奏でているようだ」
ロイドが感極まったように口を開く。
ギョーザ一つに大袈裟だ、と思わなくはないが。
王国のメニューは何かにつけて油まみれだ。
伝統料理がオイル煮の時点でお察しだろう。
香辛料はあくまでもオイルに香りをつける程度のものだ。
それでも十分に料理たり得ているのが魔法国の成り立ちだ。
それは何故か?
魔法は使用者のカロリーを大量消費するがゆえだ。
故に太りやすい一般人の肉体を考慮しないメニューが貴族の主食となっていた。
もちろん、体質に合わない貴族がいるのも事実。
【蓄積】の加護持ちが特にそうだ。
なのでいつしか『無能』と置き換えられた歴史もあるくらいに。
そこに香辛料を異なる使い方をするメニューを食べたら?
こう言う顔にもなるものだ。
ロイドは特に油の摂取しすぎて肝機能が疲労していた。
ギョーザとて脂っこさはあるものの、普段口にしている食事に比べたらだいぶカロリーの軽いものであった。
「これは陛下がハマるのも無理はない」
ついにはヨーダの分まで食べて、おかわりをする始末である。
「普通に召し上げれば良いだけではなくて?」
紀伊が当然の権利であるかのように言った。
自分ならそうするものだと疑っていない顔だ。
「靡かぬのだろうな。ただでさえ貴族の生まれ。どんな経緯でこの店をもったかもわからぬ。少なからず王国に不信を持っているだろう」
ロイドは惜しいことをしたなとギョーザを口にしながら述べた。
「それ故に平民にも分け与える心理が生まれたと?」
「人心とはわからぬものだ。常に勉強だよ。今回はここに来れてよかった。執務の息抜きにこの店はちょうど良い」
ロイドは満足したとばかりに席を立つ。
料理はどれもうまかったが、特にギョーザが気に入ったとシェフに伝えた。
そして、出ていく三人を見送って、一人残るヨーダ。
「ヨッちゃん?」
「久しぶりだな、ポンちゃん」
この世界で飛ばされて、初めての邂逅を果たした。
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