第18話 おっさん、本領を発揮する⑥

「申し訳ございません、お客様。最近はあのように自分の実力を勘違いした若造が多くなってきて困ります。さて、お口直しに次の一品は当店の奢りとさせていただきます。本日のために用意したワインも一世にご堪能なさってください」


 ワイルダーは手を叩く。

 男装したヨルダがデーモングリズリーのヒレ肉のステーキを持って各テーブルに配膳した。

 ワインはワイルダーが受け持つ。

 グラスを並べ、そこにワインを注いだ。


「このワインの名産は?」


「北のシュレフワイゼンから取り寄せた限定品です。10年寝かせた一級品で、ナッツのような芳醇な香りにマイルドになった苦味が特徴の一本です。予約待ちで手に入れるのに3年を要しましたが、今日という日のために振る舞うには惜しくない逸品です」


「なんと、それは楽しみだ。ああ、説明を聞く前から鼻腔をくすぐっていたが、味はさらに格別だな。これは予約で待たされるのもわかるというものだ」


「ありがとうございます」


「ワインもすごいが、肉もまたすごいぞ? こんなにしっかりと引き締まった赤身でいながら、全く力を入れずにナイフが入るぞ? そして開いた先からは溢れんばかりの肉汁だ。これは一体どんな肉なのだ?」


「これはうち禁忌の森独自のルートから調達した逸品でして、絶滅危惧種のモンスターのヒレ肉となっています」


「これがモンスター? 信じられない! 家畜化されたモンスターと見間違うほどだよ。後学のためにも是非品種を教えてくれないかね? 仲間に自慢したい」


「私も聞いた話でしかないのですが、レッドグリズリーと呼ばれる災害級ディザスターの肉を討伐から長い年月をかけて熟成させた肉だと」


「ディザスターか。つまりワイバーンに負けるとも劣らないと?」


「希少さで言えばレッドグリズリーに軍配が上がるでしょう。味もさることながら、ワインと合わせた時の味わいもまたすごい。そこから先はぜひみなさんの口で味わっていただきたい」


「君がそこまでいうほどなのか? では一口……んむ!?」


 肉を頬張った貴族の男は目を剥いた…


「信じられない、なんたる旨みの洪水だ! 肉本来のワイルドさだけではなく、ほんのりとした甘さも感じられる。初めての味わいだ! 感動した!」


「ありがとうございます。そして食べ終わった後にワインを含んでみてください」


「そうだったそうだった。ああ、君が私たちを急かした理由はこれか」


 瞳を閉じ、体全身で味わう。

 暴力的な旨みが、より苛烈に体の中で暴れ回ってるようだ。

 それがワインを飲むと味が一つにまとまり、どこか儚さを思わせる。


 さらにこれっぽっちしか乗ってないのは肉に対して逆に失礼ではないのかね?

 と思わずこぼしてしまいそうだった。


「お気に入ってくださいましたか?」


「今日は君の頼みを聞いて正解だった。だが惜しいかな、この組み合わせが再度実現するのは数年先になる。今日は妻も呼んでくるべきだったか」


「でしたら今からでも呼んでみてはいかがですか?」


「でも君、在庫はいいのかね?」


 外はすっかりと夜の帷が落ち、星々が輝いている。

 こんな時間に出歩かせるのはなんら心配してないが、こんな高級な肉の予備はないだろう、という心配だ。


「多少でしたら融通が利きます。私どもとしては少しでも多くのお客様に味わっていただきたいと思っていますから」


「では使いのものを出させよう。それまでは違う料理でも味わっているとしようか」


「でしたらこちらのサラダもご堪能ください。裏の畑で採れたばかりのフレッシュな野菜です。ソースが霞むほどの旨さを保証しますよ?」


「サラダをそこまでベタ褒めするか。いや、君の勧めるメニューだ。いただこう」


 突き出しから、前菜、スープ、メインとここまで全てハズレがなかった。

 肉もワインも最高のひとこと。

 ならサラダも最高だ、そう思って口にする。


「なんだこれは!」


 貴族の男は打ち震えた。

 サラダと思って少しバカにしていたさっきまでの自分を殴りつけたい気持ちでいっぱいだった。

 ただのトマトが、このみずみずしさ。

 だが、それだけじゃない。


 霞むとされたソースでさえも素材の風味を殺さない。

 なんなら調和させるかのような優しさを保っていた。


 貴族の男は無言で、落涙しながらワイルダーと握手した。


「初めてだ、サラダで感動するなんて」


「これが野菜本来の旨味なのです」


 それからは呼び出された婦人達を揃えて再びパーティーが開催される。

 皆が皆、会話よりも食事に夢中になり、今日はなんの集まりだったか忘れるほどだった。

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